『バージン・ジャンプ』

  登場人物

  おじいはん‥‥‥‥‥‥‥‥
  おばあはん‥‥‥‥‥‥‥‥

      風。鳥の鳴き声。遠くにせせらぎの音。梢のささやきなどがある。

おばあはん    ‥‥おじいはん。
おじいはん    猫なで声はやめなはれ。
おばあはん    ウフ、フ。
おじいはん    気持ち悪いやないか、悪いもんでも食べたんとちゃいまっか。
おばあはん    よろしいなあ。
おじいはん    なにが。
おばあはん    照れんかてよろしやん。
おじいはん    おばあはん、あんたここまで来て、てんごゆうたらあかん。あたいの目えみなはれ。
おばあはん    ハイ。
おじいはん    ちゃう。そんなトロンとした目で眼の奥のぞくんちゃう。あての顔をみなはれ。
おばあはん    ハイ。
おじいはん    そらな、浮気もしました。悪さもしてあんさんを泣かせもしました。
おばあはん    どこぞの女の泪と間違えてまへんか。あたいは泣いたことあらしまへんで。
おじいはん    後悔してます。でも、今は明鏡止水や。
おばあはん    へえへえ。
おじいはん    なんやねん、それ。
おばあはん    ギャグにもなりまへんでおじいはん。その水の下、なんぞ隠れてますんやから。あてには見えますで。あーあ、どの面下げての四文字熟語でっしゃろなあ。どこで覚えてきましたん。
おじいはん    なんやて。
おばあはん    なんだんねん。梅田のキャバレーでっか、難波のスナックなんぞやなかったら、所詮八尾の駅前の赤提灯でっしゃろ。
おじいはん    所詮とは、所詮とはなんやッ!
おばあはん    ほれみなはれ、ゆで蛸出ましたがな。
おじいはん    ゆでダコ出るんは、うちの六時半のデナー(ディナーではない)テーブルの上か、大阪府庁だけで充分や。イタリア人もフランス人も怒るぞ。
おばあはん    訳分からん。
おじいはん    訳分からんようにゆうてんやから、訳分かったら立場ないやないか
おばあはん    かわいないやっちゃ。
おじいはん    おまえにだけはゆわれたない。
おばあはん    なんやてッ!
おじいはん    なんやねんッ!
おばあはん    なんやねんとはなんやねん!

      間

おじいはん・おばあはん    (二人は笑う)
おじいはん    おばあはん。
おばあはん    へえ。
おじいはん    喧嘩もこれで最後やな。
おばあはん    へえ。
おじいはん    なにゆうてますん。昔から仲がええから喧嘩するいいますやろ。がんばりまっせ。
おじいはん    その、昔からゆうのはいつのことや。
おばあはん    それは、わてらの生まれるまえの、そのまたまえの、ずーとまえのまえからでっしゃろ。まあ、分からしまへんのや、分からんことは知らんかてよろしい。
おじいはん    そうか‥‥おばあはん、長い間世話になったな。
おばあはん    へえ、えろう世話さしてもらいましたが、いまさらなにいいますん。
おじいはん    照れんかてよろしい。今は明鏡止水やから、子供のように素直に心をひらいてますんや。
おばあはん    今頃のガキはなあ‥‥
おじいはん    ぼつぼついこか。
おばあはん    そうですな、日の落ちんうちにいきまひょか。
おじいはん    おばあはん、最後に、一つ聞かせてくれるか。
おばあはん    なんでしっゃろ。
おじいはん    も一度生まれかわったら、またこのわてと連れ添うてくれるか?
おばあはん    まあ、なにいいますんや、かなんなあ。でもハッキリゆうときます。ようそんな空手形だされしまへん。あたいはキムタクから好きやゆわれたら、オッケーだす。
おじいはん    そうか。
おばあはん    冗談ですがな、冗談。
おじいはん    そうか。
おばあはん    ほれ見てみなはれ、この紐。ごっついでっしゃろ。命の紐だす。おじいはんとあてを結ぶ命の紐、やせてもかれても運命の赤い糸だっせ。固く結ばれてますのや、安心しなはれ。
おじいはん    そやな。
おばあはん    はい。
おじいはん    ほんならいくわ。一緒にいきたいけど、おばあはんにあての男らしいとこ見といてもらわなな。手本にしてや。
おばあはん    よう見ときますで。
おじいはん    これが最後のご奉公や。村おこしの成功間違いない。若い子にいっぱい来てもらわなあかん。ほんならおばあはん、色々お世話さまでした。
おばあはん    いいえ、いたりまへんことばっかりで。
おじいはん    綺麗な夕日や。
おばあはん    おじいはん。
おじいはん    猫なで声はやめなはれ。でも明鏡止水や。
おばあはん    一言ゆうてよろしいか、あたいな‥‥
おじいはん    なんだんねん。
おばあはん    あたいは今日、どこぞ連れてってもらうやなんて、新婚旅行の別府温泉以来やから、もうごっつうシアワセ。
おじいはん    明鏡止水。たかが生駒山や。
おばあはん    まあ、顔あこうして。
おじいはん    もうよろしい。
おばあはん    大きな声で、教えた通りにいわなあきまへんで。そうせな後ろ髪引かれますで。
おじいはん    引かれる後ろ髪はないから大丈夫や。
おばあはん    向こうに行って待ってるで。すぐ来てや。一人やったら寂しいさかいな。頼むで。
おじいはん    へえ。
おばあはん    お先に‥‥「バージン・ジャンプッ!」

      音楽。野坂昭如「バージンブルース」入る。

おじいはん    あかん。違いますやろ。かなんなあ。おばあはん行きます。老いも若きも、おじいはんもおばあはんも、娘も処女も、男も女も、大人も子供も「明日に向かってバンジー・ジャンプッ!」

      二人は夕日にきらめき、風をきる。それはあなたの日常ににて美しい。

      幕

       (1999.08.25)

この『バージン・ジャンプ』 はkiss.FMの『STORY FOR TWO』第171話(1999.07.09)として放送されたものです。



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