始めにお読み下さい。

  ここに『未知座小劇場第39回興業上演台本』として記載する台本は、変更/改作/改編予定のものです。公演日は、2006年10月を予定しています。
  この意味でデモ版といえるものです。現在、三本立て上演に向けて進行中です。(06.02.04 記)



未知座小劇場第39回興業上演台本

 大日本演劇大系
  番外  独戯
  序の章 明月記
  第五章 大阪物語

[  総合目次  ]

 機,泙┐き    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 162
 供‖膾緤語・再び ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 003
 掘‘筏此      ΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑ。娃牽
 検〔牲邉     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 117
 后ゝ載しなければならなかったこと ・・・・ 148
 此,△箸き    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 162
 察‐絮虱歴    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 163

  大阪物語・再び

[  登場人物  ]
     
     
     女1  打上花火
     女2  曼珠沙華

[  目 次  ]

    [ 1     章 ] ・・・・・・・・・・  005
    [ 2     章 ] ・・・・・・・・・・  006
    [ 3     章 ] ・・・・・・・・・・  012
    [ 4     章 ] ・・・・・・・・・・  018
    [ 5     章 ] ・・・・・・・・・・  035
    [ 6     章 ] ・・・・・・・・・・  048
    [ 7     章 ] ・・・・・・・・・・  067
    [ あ と が き ] ・・・・・・・・・・  078

[  1 章  ]

      人が乗っても大丈夫な円卓がある。
      音楽。
      この音楽に和太鼓のリズムが重なる。
      女1登場。後ろ向きの歩行。ゆっくり動き始める。円卓に上る。そこは自分の場であり、日本であり、地球であり、宇宙。身体がその境界と渡り合う。円卓からゆっくり落ちる。
      この「ゆっくり落ちる」全体は、独特であり記憶の底に残る。
      再びテーブルに上る。再び境界を飛翔しようとする。一瞬限界が敗れる。……ようである。破裂。自身の内部。縮小。濃度が増すことにより引力が発生する。ついに自身が自身の重さに耐えられない。破裂。カオス。
      女2登場。歩行。おかもちを持っている。出前を持ってきたようだ。白の三角巾に白の前掛けという、いかにもの店員風。
      この間、救急車行き過ぎる。電車が通り過ぎる。ヘリコプターが舞って行き過ぎる。街の喧騒。

[  2 章  ]

      女1は、テーブルの上に膝を抱えて座り、静かに居る。
      女2の歩行は続いている。

女1 ……
女2 ……
女1 ……
女2 ……

      女2は舞台上、下手のだいじん柱近くの框の上に盛り塩。これから行われる戦場での武運長久を祈り、厄災退散と大地の豊穣を祈り五穀をまく。儀式は終わる。

女2 東西、口上あい勤めます。
女1 ……
女2 天におわす我らが大神様よ、種々の木の実を盛った神饌を高くかざして供えん。今、この祭壇の前にかしづき申し上げるは、名も無き流転流浪の河原者の口上なれば、一夜のいくばくかの慰みとして、聞きとどめおかれんことを。ただ、物語の神あらば、直ちに出雲の国より立ち返り、いで現れよ。今、平成の世の神無月、豊穣の世の開襟を失笑されるは、それもまたよし。これより物語るは、罪深き我らが願い、大地の願い、ふところ深き海原に浮かぶ藻屑なれば、一夜の宴の酒の肴に供されることもあろうが、ゆめゆめその真に受けての世迷いごとにあたうは、これ世の習いにあらず。古来、古より物語らんとする幾多の民は、われらが運命の喜びと悲しみを仰せのとうり黙々と語り続けてきたごとく、このようにこの祭壇の前にかしづく下僕もまた、幾多の民に習い共に、わが運命の喜びと悲しみを、誇り高き言葉で言上たてまつらん。願い叶うならば、天におわす我らが大神様よ、その天上に光り輝く夜空の星のごとくこのひと時を、安らかに見守りたまえ。厄災あらばこの世のすべてとともに 遍くご加護のあらんことを。

      と、一升瓶のラッパ飲み。残りの一口で酒しぶき。

女2 いざ物語らん。

女1 ……
女2 ……

      女2は円卓の椅子に座る。が椅子はない、椅子があるように身体を使う。

女2 ……
女1 ……

      女1は円卓の椅子に座る。が、椅子はなく、椅子があるように身体を使う。

女1 で、どうやった? 楽しかった。
女2 ……
女1 夕焼けがあなたの顔を真っ赤に染めた?
女2 ……
女1 ラッキーセブンのジェット風船が飛ぶのんよね。まあ、いいんやけどいやな人もいるやン。…こうして窓から、見るでしょ。私は言うの。「私はかもめ」。無重力はどっちが上かわからへんから、とりあえず適当に決めるんやけど、それがどうしたんの牛タンやん。お美代ちゃんの家は、また食い扶持へらされるようやから、もう、一番下のちっちゃい弟が、それいややん。父上さま、私が行きます、ゆうてしもうたんやて。器量かてまあまあやから、それもそれやろ。で、傘張りの糊刷毛がベロンとすべって糊が顔にべチョで、糊の悪い話しや。でも誰が信じる? 電気ゆうんやて。ランプより百倍明るいんやで。外でて上見たら、こんな細い線やで、どないやって油とうすんや。ちょっとやそっとのダイエットしたかてまにあいませんで。二子山さんでは、ご焼香を。

      女2はおかもちからラーメンを出す。

女2 ……
女1 いくら?
女2 え?
女1 お代
女2 ドルで?
女1 銅?
女2 銅は人形峠。
女1 人形はドール。
女2 そやからドールは人形でドルやないやん。
女1 may be !
女2 ドルでええよ。
女1 ……
女2 それともユーロ?
女1 モジョではダメ?
女2 うちで電子通貨もらってもなあ、かぶれてへんしなあ。
女1 もうかりまっか!
女2 ぼちぼち!
女1 もうかりまっか!
女2 ぼちぼち!
女1 しゃない、2もうかりまっか!
女2 ぼちぼち!
女1 なんで?
女2 ぼちぼち!
女1 いこじやな、5もうかりまっかでどう?
女2 9もうかりまっか!
女1 それやったら1ぼちぼちとかわらへんやん。出前頼んだの一時間前やで。そらないわ。
女2 ふーん、そう。780円。
女1 それは国益にならんて。
女2 内税にしてんやで。
女1 だれに消費税納めるん。
女2 あんた如きに、そこまで言われたない。内政干渉もいいとこや。
女1 こっちは国益にかかわることやで。内政干渉とかいわれてビビルわけには行きません。
女2 国益、国益ゆうてたら、全面戦争になるやろ。負けた方は国際戦争犯罪人やで。国際法廷に出廷するには、ドレス新調せなあかんやん。そんな予算どこあん。特別予算組めるん? この時期に国債発行して、まにあうん。どうせ来年の予算に食い込んでしまうんやから、頭なやまさんならんのはあんたや。そらあんたはダイエットにはなるやろ。でもな、こっちは金利が絡むんやで、臨時国会どないやって召集すん。あんたんとこまだ三種の神器あらへんやん。無理やて、そやろ。レート変わるんでっせ、それだけのリスク背負って790円。
女1 何で十円上がるん。
女2 ここにインテルの16384ビットのチップセット埋め込んでます。証券取引所と無線ラン組んでます。
女1 たいそうなウソついて。
女2 もう十円分しゃべった。
女1 8もうかりまっか!
女2 安いやろ、毎度。
女1 こんなん外交交渉ちゃう。
女2 世論の後押しがないとあかんはな。
女1 なんなんこれ。
女2 え?
女1 カラヤン。
女2 ババババーン、
女1 空や
女2 喜びの歌やね
女1 ラップは?
女2 (ラップ)…
女1 ラップかかってなかった。あんた食べたんやろ?
女2 伸びて消えたんちゃう。
女1 割り箸!
女2 ほえ?
女1 8もうかりまっかもとって、何で割り箸があらへんの?
女2 こんなご時世に何で吉野杉の割り箸! もってこれるん。ずれてんで。
女1 ……
女2 よう割り箸やったら何でもええ! ゆわんかったこっちゃ。あんただけが割り箸使うんちゃうわな、みんな使うやろ、年間消費量考えてみたことあるか? 山の一つ二つ丸坊主になるんや。植林するやろ、二十年はかかるンや。赤ん坊が、嫁入り前の乙女になる時間や。大切にせな。そやろ。乙女がババアになるだけやあかんはな。歴史を刻まなならん。人生はままならんなどと、そんなド・ドイツはサッカーや。割り箸! 叫ぶ前に国家百年の計を声高に歌い上げろ!
女1 ラーメンがない。
女2 ほえ?
女1 うちは、おなかすいてラーメンを食べたいのでした。そんなあかんことではないでしょう。ごく普通に豚骨のラーメンを割り箸パッチと割って、ズルズルと、ハーって、汗かいて、それだけのささやかな一瞬の潤いを、ここにそっと閉じ込めたいと、一億円の宝くじ当たればいいと思ったことありまへん。シルバーシートの前にはたたへん気遣いは、あるんです。液キャべも事前に飲むんやで。もちろん公衆トイレのトイレットペーパ、引き出すのは二巻きまで、それに分別ゴミ間違ったことあらへんのや。
女2 何がいいたいん。
女1 ラーメンはだれがどういおうと、日本の食文化に立派に根をおろしました。私は六年三組の給食当番のとき立派に主張しました。早生まれだったことは隠しません。先生、これはおかしい。何でラーメンは献立にないんですか。善哉と塩こぶがあるんなら、カレーライスとフクシン漬けがあるのに、ラーメンと割り箸と胡椒はないのでしょうか? それはもうシンデレラにガラスの靴とカボチャの馬車がないようなものです。これを三位一体といいます。いいですね、だから桃太郎には犬、サル、雉で日本一ではありませんか。ああ、もうこれは現代思想の冒険です。マルクスの『資本論』はエンゲルスあってこそではありませんか。考えても見てください。『マクベス』に三人の魔女が登場しなかったら、柄谷行人のマクベス論が困るだけでなく、刺身のつまの立場がありません。あのときの武史くんの鋭い、私に向けられた鋭い眼光は、風速2メートルのそよ風にのって行き場を失ってしまうではありませんか。
女2 ちゃう。
女1 武史君を出した、この帰納法は間違いかもしれません。
女2 標準語するんやない。
女1 はいはい。
女2 ハイは一回。
女1 ズルースー、スー
女2 あのな、ハッキリ言いたくはないけど、クックズーズールルズはいつまでいってもクックズーズールルズやン。
女1 おや、コッコッコッコココ、コケッココーやろ。
女2 ドアーはバッタン。
女1 まあ、あんたはバッタンなん。申し訳ないけど家はバタンや。
女2 ドアーはバッタン。階段はトントントン。
女1 まあ、トントントンは早起きお母はんのまな板の音に決まってんやん
女2 あんたのトントントンは、父さんお肩をトントントン。
女1 それは階段のドンドンドン。
女2 あのな言っちゃうけど、アメリカでは虹色は六色。
女1 目ぇわるいんちゃうか?
女2 そういう話やないやろ。
女1 日本では虹は七色。
女2 あんたどこの国の話ししてん。日本の話ししてどうすん。
女1 だから、パッチで二本、ジャパンになるんやん。割り箸の話しやろ。
女2 だから、パッチやないやろ。
女1 パッチでええやん。
女2 どこの文化の話や。バッシ! や。
女1 パッチやん。
女2 ああもう、割り箸はバッシ! やろ。昔からや。
女1 そないゆうならパッチンや。
女2 それはメンコや。
女1 なにゆうてん、パッチでこそ割り箸や。
女2 いつまでこだわってん、ズルズルと、ハーってまでいかれへんやん。
女1 ズルースー、スーやない。
女2 最初はズルズルと、ハーってあんたはゆうたやん。
女1 ズルズルと、ハーって聞こえたん。ズッルズルと、ハーッや。
女2 ラーメンは太古の昔からズルズール、ズルと、ハーハーに決まってるやろ。
女1 耳おかしいで、どこの世界にズルズール、ズルと、ハーハーがあるんや。ズズル、ハーと、これでラーメンというはな。
女2 意固地なやっちゃ。メリケンはんに嫌われる。
女1 うちはエベッサンや。はよ、ラーメン食わせて!
女2 ほえ?
女1 ラーメン。
女2 だれが?
女1 あんたはラーメン持ってきたんや。出前頼んだのわたし。
女2 お客さん?ラーメン持ってきたいつゆうた?
女1 ウソー、この時間はなんなん、これ出したやろ、ラップラップやろ、パッチでズルースー、スーや。8もうかりまっか。なしにすん。
女2 そんな通貨どこにあるん?思い込みのきつい女?
女1 ラーメンが消えた?

      女2はおかもちから手帳を取り出す。

女2 消えた!?
女1 さっきまでズルースー、スー、ズルズール、ズルで、バッシ!
女2 消えたんですね?
女1 唾液まで準備ができていました。ナマ唾ゴックンだったと思われます。
女2 食べてないんですね。
女1 ハアーッ、匂いますか?
女2 歯槽膿漏の女がナマ唾ゴックンできたが、いつの間にか。
女1 ズルースー、スー、ズルズール、ズルで、バッシ!
女2 それがすべて消えたんですね?
女1 そうやゆうてるやん。
女2 わかりました。被害届けを受け付けました。この状況から見て、明らかに盗難です。
女1 (あらぬ方を観ている)……
女2 こちらですか。
女1 (東南へ動く)…
女2 犯人はやはり東南の方角に逃げた。
女1 ……
女2 被害額はわかりますか?
女1 8もうかりまっか!
女2 え?
女1 十二時前のレートで8もうかりまっか!
女2 8もうかりまっか?

      ノートパソコンから着信音のベル鳴る。集中する二人。

女2 現場検証を行います。立会いをお願いしますが、むやみに動かない! 。あとで礼状に署名をしていただきます。

      ノートパソコンから着信音のベル鳴る。集中する女1。

[  3 章  ]

      女1は受話器をとる。なおこの受話器はノートパソコンの近くに置かれていた、ワイアレスヘッドホンマイクである。

女1 まもなく開局です。マイクテスト、チェック、チェック……

      着信音のベル鳴るなか女2がシンセサイザーで演奏する『レットイットビー』が流れるはじめる。

女1 それではオープニングに、今日までのメール投票、集計結果第一位です。歌います。

      ♪空は澄みきり 蒼く 果てなく広く
       あの思いは 海に ながれ出る
       人生とは そんなものだと
       なんちゃってね Let it be

       Let it be, let it be, Let it be, let it be
       Whisper words of wisdom
       Let it be

      ♪星空をみあげる 心がおおきくなるね
       そこはきっと 無限 だからさ
       人生とは そんなものだと
       なんちゃってね Let it be

       Let it be, let it be, Let it be, let it be
       Whisper words of wisdom
       Let it be

女1 それではお待ちかねのインターネットラジオを始めます。不定期国立ラジオ放送局の開局の時間が、今日もやってきました。もうすでにアクセスしていただいている、全世界の視聴者の皆さん。お元気でしたか?

       Let it be, let it be, Let it be, let it be
       Whisper words of wisdom
       Let it be

       だから軽く ジャンプしてみると
       あっけなくおさらばできるものさ
       人生とは そんなものだと
       なんちゃってね

       Let it be, let it be, Let it be, let it be
       Whisper words of wisdom
       Let it be

      ♪星空をみあげる 心がおおきくなるね
       そこはきっと 無限 だからさ
       人生とは そんなものだと
       なんちゃってね

       〜略〜

       Let it be, let it be, Let it be, let it be
       Whisper words of wisdom
       Let it be

      女1は歌い終わると、女2のエンディングの演奏の中、女1の次の台詞を始める。女2は演奏が終わると退場。
      右記の歌詞は意訳したものです。

女1 聴者の皆さん。お元気でしたか? お変わりありませんでしたでしょうか。相変わらずの騒がしいシャンプーで、いや石鹸で、いやいや世間で、ホイ、快調のオヤジギャグ三段論法とばして、相変わらずのわたくしです。それでは早速、ブラジルにお住まいの、あと十年で六十才になるおじいチャマからの、テキストチャットが届いています。日本のお孫さんへのメッセージです。ご紹介しましょう。みっちゃん、聞いてるかな。人生残り少ないかも知れないおじいチャマから、あと五十年も生きなければいけない、幼少の君への暑い厚いヨタ・カの星です。
   ……五尺七寸、極めて健康、……。……静寂。いま、この物言わぬ漆黒の闇に、身体を委ねながら、いまだ出会わぬ多くの人々へ、来る日を夢見て試験電波を発信します。CQ、CQこちら7MH、出力5鼻∋邯嚇吐犯信中、JE3……いやコールサインはありません。メリット5で極めてクリアな方、特にメリット1の混信中のあなた、タヌキなどやめて発信願います。
   みっちゃん、悪いけど君のあと十年で六十才になるおじいチャマのほうが混線しているようです。でなかったら、十年一昔前のハム無線によって、インターネットラジオが電波ジャックされたのでしょうか。インターネットが電波かだって? そんな細かい話しはさておいて、電磁層に操られ迷子になた7MHがTCP/IPと出会いました。そんなプロトコルがあるかだって。言うに事欠いたその杓子定規は三寸五分の尺貫法ですか? いいではないですか、パンダが歩くんですから、そんないい加減な無理を言ってはいけません。十数年さまよった電波の波動が、私の鼓膜を揺するなんて、それはもう無理難題に決まっています。無難をまともにに受け答えさせるのですか? 視聴者のやさしさはどこに行ったのでしょうか。君も砂の中に銀河が見えないクチですね。
   ……十数年、……それはもう二昔、……ずいぶんと遠くへ……思えば日々は多くの年月を数えてしまいました。ついに昭和と平成を股にかけた、名状しがたく横たわってしまった大いなる流れを、心の中であれ、皮膚であれ、美しい沈黙に秘めながら,日本と世界の状況を眺めてきたあなたに、心からのメッセージを贈ります。
   ………「わたしが訴えているのはあくまでも平和であります。その崇高なる原則は犠牲であります。同胞たちよ、漆黒の時が深まれば深まるほど、夜明けは近い」ファイナル………こんな痛みはまだ通用するでしょうか? 通用するなら、発信願います。
   みっちゃんまだ聞いていますか。君のあと十年で六十才になるおじいチャマは少々ヤケ気味ですよ。火傷しない程度に聞いちょくれ、
   ……わたしは今日まで生きてきました。一回コッキリの生しか生きることしかできないながら、だがそれを、決して他人とは取替えのできない固有の理由で。あなたもまた、そのようにして大いなる流れの中で、美しい沈黙……それはあたかも、いまこのように漆黒の闇に閉ざされながらも(天空高く一本の指を大らかに突き上げる)ひとたび天空高く舞い上がればそこは満点の煌く星座、数え切れぬ星の輝きがあると信じられるほどの確かな思いを込めた沈黙……そのような美しい沈黙を秘めてきたのであろうと、わたしは今、そんなあなたに想いを馳せます。そこではあなたはきっと、十全に孤立し、自由に食べ、十二分にクソをし、そして考えて生活している個人でありたかったのだと確信します。ですからあなたは、勇気に徹しぬく諦念を、孤独という寂寞を、ものの憐れという憐憫をこそ、美しい沈黙に秘めさせなければならなかったであろうと推察します。ときあたかも、大いなる流れのなかで美しい沈黙を秘め、なおその美しい沈黙に、勇気と孤独とものの憐れを、あらかじめ名付けることを諦観してしまったロマンとして秘めることで、二重の秘め事を秘めてしまったもの言わぬ、それは大いなる流れではなかったのでしょうか。だが、いえだからこそわたしはあなたに宣告します。もう帰るべきロマンはないのだと、美しい沈黙と引き換えに、帰るべきロマンの通路は取り払われてしまったのだと。未だ命名されず無名性の中で佇む美しい憂愁の沈黙よ、大いなる流れとはかくもしたたかであります。
   CQ、CQCQ、いまだ出会わぬ美しき憂愁の沈黙よ、こちら7MH、出力5鼻∋邯嚇吐犯信中、JE3………いやコールサインはありません。試験電波発信、発信願います。このメッセージが………「わたしが訴えているのはあくまでも平和であります。その崇高なる原則は犠牲であります。同胞たちよ、漆黒の時が深まれば深まるほど、夜明けは近い」ファイナル………と叫ばざるをえない向こうに、信じられぬほどの星空があるとはいいがたい痛みを……いや正確には、そこにはメッセージを発するその裏からそのメッセージを信じられぬという、痛みがあります。もうここではきっと、痛みこそメッセージなのであります。ついに痛みとは(いい切ろうとするが、言い切れない)………そして痛みとはッ! ……!
   クリアー5、いやクリアー1、このメッセージをメッセージ下さい。星座の煌く乱反射ににも似て、電波の赴くままに、メッセージ下さい。痛みこそメッセージなのであります。そして痛みとはッ!
   こちら試験電波発信中、漆黒の闇をこのメッセージが覆い尽くさんことを祈ります。きっとそのとき、そのときこそ、美しき沈黙は、あらかじめ失われた言葉を、ついに発するでしょうかッ!

      混線の雑音。電子音。乱反射。

女1 CQ、CQCQ、いまだ出会わぬ美しき憂愁の沈黙よ、こちら7MH、出力5鼻∋邯嚇吐犯信中、JE3………いやコールサインはありません。試験電波発信、発信願います。発信……痛みとはッ! ……ッ! 発信ッ……発信ッ……発信ッ……

      混線の雑音。電子音。乱反射のカットアウト。

女1 はい! みっちゃん楽しく聞いてもらえましたか。君のあと十年で六十才になるおじいチャマからの単純明快なメッセージでした。このほか、やたらとメッセージきてますが、全部昆虫、いやムシ。続いてニュースです。隣のちっとも美人じゃないけど色が白くてカワイイ美代ちゃんが高校二年生になりました。次は密告です。向かい隣の還暦迎えた善次郎さんは、まだ朝立ちがあります。すばらしいけど下ネタの密告は最低ですね。では時間までニュースです。内閣はこのほど、文部科学省から提出されていた臨時法案を、午後の閣議で了承し、明日から開かれる臨時国会の、衆議院本会議に法案として提出することを決定しました。この法案はわが国の標準語を東京弁から、関西弁に変更するという極めて大胆なものとなっております。国民的なコンセンサスもないなか法案が、臨時国会期間中に決議され、参議院に送られるかどうかはあたりまえながら、危ぶまれております。
   ……
   ……たくさん…… あなたはなくしましたか。……わたしはわからないくらいたくさんなくしたのだと思います。かと言って、なくした分を埋め合わせて余る何かを手に入れたわけではないのです。でもそんなに気にせずに……今日までやって来たのですから。大丈夫。ほら、聞こえるでしょ。耳を澄ますと、微かですが聞こえますよ。懐かしい音や、思い出したくもないあの音も。目を閉じてもいいですよ。瞼のうらに見えるかも知れません? でもね、泣くのはやめて……もう、泣くのはやめましょう。わたしにはどうにもできませんから。……涙は流していいことにします。少しだけなら構いません。……そうして元気がでたら……なくしたものを忘れましょう。

      人々の歓声が聞こえているはずだ。が、それは女の頭から外したヘッドホンから流れるクラシック音楽。やがて、その音楽は女の声を打ち消して、大音響でその場を覆う。しばらく流れる音楽。

女1 ……あの唐突ですが、幸せ、ですか? ……今でも……悔いはありませんか? ……それは、悔いなどありませんね………これからも、だから……ありませんか? そうですね……ありませんね。……そうです、きっとありません。だから……これからもね。……わたしは、もちろんありませんよ。……あなたはどうですか? だから……あの、幸せ、ですか? クエスチョンマーク……てんてんてん

      女は先程のヘッドホンワイアレスマイクをつけている。

女1 あなたは幸せですか? ……携帯電話の呼び出し音がなると、わたしの音なんかじゃないと判っているのに、バックに手をやるわたしが嫌いです。朝起きて、月曜日だと判っているのに、今日は何曜日だだったかしらと、ふと思ってしまうわたしが嫌いです。電子メールは、嫌いです。電車の中で化粧をするのは嫌いです。嫌いだ嫌いだというわたしはもっと嫌いです。朝靄の中を駈けていく新聞少年の、白い吐息が、きっとわたしは嫌いです。もっと嫌いなのは、バイクに載った新聞おじさんです。階段をバタバタと、早く起きろと走り回る、朝の五時半の足音が、本当は一番嫌いです。カトリーヌ・ドヌーブの『昼顔』は嫌いです。女性専用車両は、乗るのですが理由なく嫌いです。ニキビ面の、ませたガキのギラギラした視線は嫌いです。パジャマに着かえての、あすは不燃物と三度唱えるわたしは嫌いです。雨は嫌いです。だから、井上陽水の『傘がない』はもっと嫌いです。満員電車の、ニコチンとアルコールの混ざった人息きれは嫌いです。牛乳の匂いはむかしから嫌いです。こんな風に嫌いですと数える数ほどに、嫌いなものはないのに、嫌いだとあげつらうわたしが。嫌いです。

      女は一枚一枚トランプを見る。

女1 朝のスッキリした目覚めは遠い昔だね、レースのカーテンを射す朝日が、わたしの微熱を逆撫ですると、決ってその日は憂鬱な一日。布団を頭までこうやって被って……しばらく死んだふりをすると……

      やけに長い静寂。

女1 まどろむとね、うまくいく。そんな時よく夢をみる。もう特技なの。……今から2400年前、ギリシャの哲学者デモクリトスは、身の回りの物を小さく小さく切っていくと最後にどうなるのだろうかと考えました。もうこれ以上小さくならない原子を推論しました。いまでは素粒子と呼びます。エネルギーの粒です。わたしは素粒子の粒ですか?

      このとき、街並みの向こうにから音楽を従えて、女性の郵便配達員が近づくのが見える。白いヘルメット、ブルーの半袖の上着、紺のズボン、腰に巻きついた例のカバン、七枚剥ぎの足袋。能役者が橋掛かりを登場といった呈。

[  4 章  ]

女2 Macbeth!

      と橋掛かりで。やがて登場。

女2 Your facc,my thane,is as a book where men
   May read strange matters. To beguile the time,
   Look like the time, bear welcom in your eye,
   Your hand, your tongue. Look like th'innocent flower,
   But be the serpend under't. He that's coming
   Must be provided for; and you shall put
   This night's great business into my dispatch,
   Which shall to all our nights and days to come
   Give solely sovereign sway and masterdom.
      《マクベス夫人》ねえあなた、あなたのお顔はまるで本のよう、だれの目にも怪しい内容を読みとられてしまう。世間を欺くのには
      世間と同じ顔つきをして、目にも、手にも、口にも、
      歓迎の色を浮かべることですよ。みせかけは無邪気な花、
      でもその下には蛇を忍ばせる。せっかくお出向きの
      お方には、たっぷりご馳走しなくては。ねえ、今夜の大仕事を手早く片づけるのは、全部わたしにおまかせなさいな。
      首尾よくいけば、これから先に続く二人の長い昼と夜、
      至上の王権、支配権は二人のものになるのです。
      《マクベス夫人・坪内逍遥訳》……{ルビ あなた}貴下{/ルビ}、貴下の{ルビ かお}面{/ルビ}は誰の眼にも{ルビ ふしぎ}奇怪{/ルビ}な事の書いてある{ルビ ほん}書籍{/ルビ}のやうに見える。{ルビ はた}周囲{/ルビ}を欺すには周囲と{ルビ おンな}同{/ルビ}じようにしていらっしゃい。目にも、手にも、歓迎の{ルビ こころ}意{/ルビ}を示して、罪のない草花と見せかけて、其蔭の{ルビ まむし}蝮{/ルビ}になってゐなくちゃいけません。さ、来る人の待ち受けをせにゃなりますまい。今夜の大切な仕事は万事わたしにお任せなさいまし、未来永遠に無上の権力を得ると得ないとは、それで決るんですから。
女1 If it were done when 'tis done, then 'twere well
   It were done quickly.If th'assassination
   Could trammel up the consequence and catch
   With his surcease, success, that but this blow
   Might be the be-all and the end-all, here.
   But here, upon this bank and shoal of time,
   We'd jump the life to come.
      《マクベス》やってしまって
      それでやったことになるのなら、
      早くやった方がいい。暗殺というこの大きな網で
      将来を一網打尽にたぐり寄せる。あの男の息の根を止めて
      成功をもぎ取る、それができるのなら、ただのこの一撃で
      一切合切のけりがつくというのなら、この世で、
      そうだこの世でだ、時の海に浮かぶこの狭い砂州の現世で、
      それなら来世のことなど構うものか。
      《マクベス・坪内逍遥訳》(独白)やってしまえば、それで事がすむのなら、早くやってしまったほうが{ルビ い}可{/ルビ}い。暗殺という一網を{ルビ くだ}下{/ルビ}しさえすれば、一切の結果を{ルビ ら}羅{/ルビ}し尽くしてしまへるものなら、此一撃で以って万事が終局となるものなら、それが此世での、「時」の{ルビ こちらぎし}此方岸{/ルビ}、此浅瀬での終局であるのなら、未来なんか{ルビ かま}関{/ルビ}ったことはないんだ。
女12 (笑い)……
女12 Fair is foul, and foul is fair,
    Hover through the fog and filthy air.
      《魔女一同》きれいは、きたない。きたないは、きれい。
      泳いで行こうよ、霧でよどんだ空の中をよ。
      《魔女三人・坪内逍遥訳》{ルビ きれい}清美{/ルビ}は{ルビ きたない}醜穢{/ルビ}、
      醜穢は清美。
      狭霧や穢い空気ン中を{ルビ と}翔{/ルビ}ぼう。

      ………

女2 Methought I heard a voice cry 'Sleep no more.
   Macbeth does murder sleep', the innocent sleep.
   Sleep that knits up the ravelled sleave of care,
   The death of each day 's life, sore labour's bath,
   Balm of hurt minds, great nature's second course,
   Chief nourisher in life's feast --
      《マクベス》叫び声が聞こえた気がした、「もう眠りはないぞ、
      マクベスが眠りを殺したぞ」、無心の眠り、
      もつれた心労の糸玉を濃やかにほぐしてくれる眠り、
      昼間の生への安らぎの死の床、つらい労役を終えた沐浴、
      心の傷の軟膏、大自然の供する豪華な馳走、
      人生の饗宴の滋養の一皿----
      《マクベス・坪内逍遥訳》何処かで{ルビ どな}呼号{/ルビ}ってる声が聞こえるやうに思へた、「もう安眠は出来んぞ! マクベスが安眠を殺しッちまった」と。……あの、罪の無い、心の{ルビ もつれ}縺{/ルビ}れを{ルビ いい}好{/ルビ}い{ルビ あんばい}塩梅{/ルビ}に整へてくれる安眠を、其日々々の生の{ルビ じゃくめつ}寂滅{/ルビ}とも、労苦の{ルビ ゆあ}浴{/ルビ}みとも、傷ついた{ルビ こころの}精神{/ルビ}の{ルビ ぬりくすり}薬膏{/ルビ}とも、大自然が{ルビ きょう}供{/ルビ}する二の膳とも、生命の{ルビ おも}主要{/ルビ}な滋養物ともいうべき安眠を……
女1 That tend on mortal thoughts, unsex me here,
   And fill me from the crown to the toe top-full
   Of direst cruelty, Make thick my blood,
   Stop up th'access and passage to remorse,
   That no compunctious visitings of nature
   Shake my fell purpose, nor keep peace between,
   Th'effect and it. Come to my woman's breasts
   And take my milk for gall, you murd'ring ministers,
   Wherever in your sightless substances
   You wait on nature's mischief. Come, thick night,
   And pall thee in the dunnest smoke of hell,
   That my keen knife see not the wound it makes,
   Nor heaven peep through the blanket of the dark
   To cry, 'Hold, hold!'
      《マクベス夫人》かしずく悪霊たち、今こそわたしを女でなくしておくれ、
      私の全身になみなみと、頭の上から爪先まで、残忍と冷酷を
      漲らせておくれ、わたしの血をどろどろにして、
      憐れみに通ずる血の管を塞いでしまうのだよ、
      せっかくの恐ろしいもくろみに、良心の呵責などが
      揺さぶりに入って、なまじ実行を押しとどめることの
      ないように。さあ人殺しの手先ども、わたしの乳房に
      取り付いて、甘い乳を苦い胆汁に変えておくれ、お前らは
      目に見えぬ姿のまま、この世の悪事という悪事に
      手を貸しているのだから。そしてたれこめた夜、お前は
      地獄のどす黒い死の煙を死人をくるむように厚く纏うのだよ、わたしの鋭い刃の切っ先がえくった傷口を見ないで澄むように、
      天が暗闇の帷の切れ目から覗き込んで、思わずこう叫んだり
      しないようにー「やめて、やめて」
      《マクベス夫人・坪内逍遥訳》さァさ、恐ろしい{ルビ たくらみごと}企事{/ルビ}の{ルビ かいぞへ}介添{/ルビ}をする精霊共よ、早く来て{ルビ わし}予{/ルビ}を女でなくしてくれ、頭から足の爪先まで、醜い、残忍な心で、{ルビ いっぱい}充溢{/ルビ}にしてくれ! 予の血を{ルビ こごヾら}凝結{/ルビ}せてくれ、憫れむ心なんかヾ働いて、{ルビ むご}酷{/ルビ}い企をぐらつかせたり、実行の邪魔をしたりしない為に! さァ、此の女の胸へ入って来てくれ、やい、人殺しを{ルビ しごと}職{/ルビ}とする精霊共よ、此の甘ッたるい乳を苦い{ルビ たんじゅう}胆汁{/ルビ}に変ッちまってくれ、目に見えない姿をして、人間の悪事を手伝う{ルビ おのしら}汝等{/ルビ}、今何処にゐるか知らないが! さァ、真暗な夜よ、{ルビ おのし}汝{/ルビ}も来て、暗闇地獄の黒煙で、押し包んでしまってくれ、予の鋭い剣に己が切る{ルビ きずぐち}創口{/ルビ}を見せないために、天が{ルビ くらやみ}昏闇{/ルビ}の幕越しに隙見をして、「待て、待て! 」と呼ぶようなことがないために。……
女2 I am settled, and bend up
   Each corporal agent to this terrible feat.
   Away, and mock the time with fairest show,
   False face must hide what the false heart doth know.
      《マクベス》よし、決心はついた。そうとなったら
      全身の力を引きしぼってこの恐ろしい大仕事にとりかかろう。
      さあ行こう、時を欺くのは美しい装い、
      偽りの心中を隠すのは偽りの顔。
      《マクベス・坪内逍遥訳》ぢゃ、決心した。全力を引絞って、此怖ろしい仕事に取り掛かろう。さ、さ、あッちへ。何事もないような顔附きをして人目を欺こう。心に偽りがある時は、{ルビ かほ}面{/ルビ}を偽りで包んでゐにゃならん。
女1 Whence is that knocking?
   How is't with me, when every noise appals me?
   What hands are here? Ha! they pluck out mine eyes.
   Will all great Neptune's ocean wash this blood
   Clean from my hand? No, this my hand will rather
   The multitudinous seas incarnadine,
   Making the green one red.
      《マクベス》あの音はどこから?
      いったいおれはどうなったのだろう、音という音にとび上がる。
      ああ、なんという手だこれは? う! 目の玉がえぐり出される。
      大わたつみの果て知らぬ大海原でこの手を濯いだなら
      血の穢れを清らに洗い流してくれるだろうか。いや、この手の方が波また波のはるかな連なりを唐紅に染めなして、
      紺青を赤一色に変えてしまうだろう。
      《マクベス・坪内逍遥訳》や、何処かで叩く? ……どうしたのだ俺は? 音のするたびに{ルビ びくびく}悸々{/ルビ}する。……(手を見て)あ、何といふてだ? えッ! 目の玉が引摺り出されさうだ。{ルビ だいネプチューン}大海神{/ルビ}の大洋の水を傾けても、此の手を{ルビ きよ}浄{/ルビ}めることは出来まい。いやいや、あの限りのない{ルビ あを}碧{/ルビ}い波が、{ルビ かへ}却{/ルビ}って{ルビ まッか}真紅{/ルビ}になッちまふだろう。
女2 Think of this, good peers,
   But as a thing of custom. 'Tis no other,
   Only it spoils the pleasure of the time.
      《マクベス夫人》ごめんなさい皆さん、
      いつものことですのよ。なんでもありません、
      申し訳ないのはせっかくの楽しみを台なしにしてしまって。
      《マクベス夫人・坪内逍遥訳》(人々を制して)皆さん、あれは只ほんの癖だと思って下さい。まったく{ルビ さ}然{/ルビ}うなんですから。只、折角の興を醒まして、まことに。
女1 Avaunt and quit my sight! Let the earth hide thee!
   Thy bones are marrowless, thy blood is cold;
   Thou hast no speculation in those eyes
   Which thou dost glare with.
   What man dare, I dare;
   Approach thou like the rugged Russian bear,
   The armed rhinoceros, or th'Hyrcan tiger,
   Take any shape but that, and my firm nerves
   Shall never tremble. Or be alive again,
   And dare me to the desert with thy sword;
   If trembling I inhabit then , protest me
   The baby of a girl. Hence, horrible shadow,
   Unreal mock'ry, hence!
      《マクベス》出て行け、消えろ! お前は土の中のものだ!
      お前の骨に髄はなく、血は冷えきっている。
      そうやって睨めつけているお前の目には
      ものを見る力などないはずだ。
      《マクベス》男にやれることならなんでもやってみせる。
      毛むくじゃらなロシア熊の姿で出てこい、
      角で武装した犀、ヒルカニアの虎、
      いまのその姿でさえなければ、おれの筋肉は
      微動だにするものか。生き返って戻ってきてもいいぞ、
      それで剣を抜いて無人の荒野で決闘を挑んでみろ、
      少しでも震えるざまをみせたら、乳くさい小娘と
      ふれて回るがいい、失せろ、恐怖の影法師、
      存在しないまやかしの姿!
      《マクベス・坪内逍遥訳》(亡霊に){ルビ さが}退{/ルビ}れ! 目通りを避けろ! 地の中へ{ルビ はひ}入{/ルビ}ッちまへ! {ルビ きさま}汝{/ルビ}の骨には髄が無く、汝の血は冷たく、汝の目には物を見る力は無い筈だ、そんなにじろじろ見つめたって。
      《マクベス・坪内逍遥訳》(亡霊に)人の敢えてする事なら、何でもする。すさまじいロシア熊の姿で来い、角の生えた{ルビ さい}犀{/ルビ}なり、ヒルケーニヤの虎なりの姿で来い。其姿さへ{ルビ よ}止{/ルビ}してくれゝば、、此{ルビ しつかり}堅固{/ルビ}した筋肉が仮にも慄へるたうな事はないのだ。でなくば、生き返って来て、{ルビ あれち}荒地{/ルビ}で真剣勝負を{ルビ さが}挑{/ルビ}め。其時、若し{ルビ ふる}慄{/ルビ}へて引ッ籠ってゐるようだったら、俺を小娘の人形だと悪口しろ。退れ、怖ろしい影め! {ルビ くう}空{/ルビ}な{ルビ ぎぶつ}偽者{/ルビ}め、退れ!
女2 What sights, my lord?
      《ロス》見えたとは何か?
      《ロッス・坪内逍遥訳》何を見て、とおっしゃるのでございます?
女1 Macbeth, Macbeth, Macbeth.
   Macbeth shall never vanquished be until
   Great Birnam wood to high Dunsinan hill
   Shall come against him.
      《幻影2》マクベス、マクベス、マクベス。
      《幻影3》いいか、マクベスに敗北はありえない。
      バーナムの大森林がダンシネインの高い丘めがけて
      攻めてこぬ限り。
      《幻の二・坪内逍遥訳》マクベスよ! マクベスよ! マクベスよ!
      《幻の三・坪内逍遥訳》マクベスは、あの大きなバーナムの森が、ダンシネーンの高い丘の上へ、攻め寄せて来ないうちは、{ルビ いくさ}戦{/ルビ}に負けるということはないんだから。
女2 Yet here's a spot.
   Out,damned spot, out, I say. One, tow .Why
   then, 'tis time to do't. Hell is murky. Fie , my lord, fie, a soldier
   and afeard? What need we fear who knows it, when none can
   call our power to accompt? Yet who would have thought the old
   man to have had so much blood in him.
      《マクベス夫人》まだここにしみがある。
      《マクベス夫人》消えておしまい、このいやなしみ、消えて。一つ、二つ、
      そうら、時間ですよ。地獄はなんて暗いんだろう。どうしたの、ねえあなた、かりにも戦にでる男でしょう、それでこわいの?
      だれに知れたってこわいことなんかあるものですか、わたしたちを非難できるものなんていやしない。でもねえ、あの老人の体にこれだけの血が流れていただなんて。
      《マクベス夫人・坪内逍遥訳》(独白)まだこヽに{ルビ しみ}汚点{/ルビ}が附いている。
      《マクベス夫人・坪内逍遥訳》(独白)えヽ、厭ァな{ルビ しみ}汚点{/ルビ}消えッちまへと言へば! ……一つ。二つ。おや、ぢゃ{ルビ もう}最早{/ルビ}時刻なんだ。……地獄は暗い凄い処! ……まァ、何ですねえ{ルビ あなた}貴下{/ルビ}は! ……{ルビ いくさにん}武人{/ルビ}でありながら、こんなことが怖くって? {ルビ けど}気取{/ルビ}られるのを恐れる必要はないぢゃありませんか? 主権者を裁判することが出来る筈はありませんのですもの。……けれども、誰だって、老人に{ルビ こんな}如是{/ルビ}に沢山血があらうとは、思いがけてやしない。
女1 What is that noise?
      《マクベス》なんだ、あの騒ぎは?
      《マクベス・坪内逍遥訳》や、あの騒ぎは?
女2 It is the cry of women, my good lord.
      《シートン》侍女たちの声のようです。
      《シートン・坪内逍遥訳》婦人たちの泣き声でございます。
女1 I have almost forgot the taste of fears.
   The time has been , my senses would have cooled
   To hear a night-shriek, and my fell of hair
   Would at a dismal treatise rouse and stir
   As life were in't. I have supped full with horrors;
   Direness, familiar to my slaughterous thoughts
   Cannot once start me.
      《マクベス》おれは恐怖の味を忘れてしまった。
      以前には、夜の叫び声を聞けば
      五感が凍りつき、恐ろしい話には
      髪が命あるもののように総毛立った
      ものだった。だが恐怖という恐怖をなめ尽したいま、
      殺戮の思いに慣れ親しんだこの胸は、どんな悲惨にも
      驚くということがない。
      《マクベス・坪内逍遥訳》怖ろしいという味は、殆ど忘れてしまった。……夜の叫び声を聞いて冷水を浴びるように感じた時代もあった。凄い話しを聞くと、{ルビ かみのけ}頭髪{/ルビ}が逆立って、いきてゐるように、動いたこともあった。随分怖ろしい目にも逢って見た。今ぢゃァ人殺しにも慣れてしまったので、どんな怖ろしいことも、もう俺を{ルビ おびやか}脅{/ルビ}すには足らん。……
女2 Wherefore was that cry?
      《マクベス》なんの騒ぎだ?
      《マクベス・坪内逍遥訳》や、あの騒ぎは?

      と、女2は電報を渡す。弔電である。
      女1はこれを受け取り読む。

女1 The queen, my lord, is dead.
      《シートン》陛下、お后さまがお亡くなりに。
      《シート・坪内逍遥訳》お妃がお{ルビ かくれ}死去{/ルビ}になりました。

      女2が弔電を読むように台詞が始まる。やがて、女1の弔電を読む台詞が重なる。

女12 She should have died hereafter;
   There would have been a time for such a word.
   Tomorrow, and tomorrow, and tomorrow,
   Greeps in this petty pace from day to day,
      《マクベス》いつかは死ぬ身であった。
      そんな知らせを聞くときもあろうと思っていた。
      明日、明日、明日、
      時は小きざみな足どりで一日一日を這うように、
      《マクベス・坪内逍遥訳》({ルビ きぜん}喟然{/ルビ}として)やがては死なねばならなかったのだ。いつかは一度{ルビ そ}然{/ルビ}ういう知らせを聞くべきであった。……明日が来たり、明日が去り、又来たり、又去って、「時」は忍び足に、。
女1 To the last syllable of recorder time,
   And all our yesterdays have ligted fools
   The way to dusty death. Out, out, brief candle,
   Life's but a walking shadow, a poor player
   That struts and frets his hour upon the stage,
   And then is heard no more. It is a tale
   Told by an idiot, full of sound and fury,
   Signifying nothing.
      《マクベス》時の記録の終の一語にたどり着く。
      昨日という昨日は、阿呆の為に、塵に返る死への道を
      照らしてきた一筋の光。消えろ、消えろ、束の間のともしび、
      人生は歩き回る影法師、あわれな役者、
      舞台の出のあいだだけ大威張りでわめき散らすが、
      幕が下りれば沈黙の闇。たかが白痴の語る
      一場の物語だ、怒号と狂乱にあふれていても、
      意味などなにひとつありはしない。
      《マクベス・坪内逍遥訳》小刻みに、記録に残る最後の一分まで経過してしまう。総て昨日という日は、阿呆共が死んで土になりに行く道を照らしたのだ。消えろ消えろ、束の間の{ルビ ともしび}燭火{/ルビ}! 人生は歩いてゐる影たるに過ぎん、只一時、舞台の上で、ぎっくりばったりをやって、やがて{ルビ もう}最早{/ルビ}噂もされなくなる惨めな俳優だ、{ルビ ばか}白痴{/ルビ}が話す話だ、騒ぎも意気込みも{ルビ えら}甚{/ルビ}いが、たわいもないものだ。……
女2 I shoud report that which I say I saw,
   But know not how to do it.
      《使者》この目で見たとおりをご報告いたしますが、
      はて、どう申し上げたらよいものやら。
      《使者・坪内逍遥訳》御前様……確かに見えましたことを御注進申し上げるのでございますが、何と申し上げて{ルビ い}可{/ルビ}いか存じません。
女2 As I did stand my watch upon the hill,
   I looked toward Birnam, and anon, methought,
   The wood began to move.
      《使者》丘の上に立って見張りをいたしておりましたところ、
      バーナムの方に目をやりますと、それが急に、どうもその、
      森が動き始めましたので。
      《使者・坪内逍遥訳》丘の上で見張りを務めてをりまして、バーナムの方面を見ましたところ、どうやら森が{ルビ いご}動{/ルビ}き出しましたやうに存じました。
女1 Liar and slave.
      《マクベス》でたらめを言うな、たわけ。
      《マクベス・坪内逍遥訳》{ルビ うそ}嘘{/ルビ}を{ルビ つ}吐{/ルビ}け!
女2 Let me endure your wrath, if't be not so;
   Within this three mile may you see it coming.
   I say, a moving grove.
      《使者》お怒りはごもっともでございますが、でたらめでは
      ございません。
      この三マイル近くまで迫ってきております。
      あれは動く森でございます。
      《使者・坪内逍遥訳》もし間違ってをりましたら、どんなお怒りでも受けまする。が、御覧なさいまし、ここから三哩の処をやってまゐります。へい、森が{ルビ いご}動{/ルビ}いて{ルビ まゐ}参{/ルビ}ります。
女1 If thou speakest false,
   Upon the next tree shalt thou hang alive
   Till famine cling thee ; if thy speech be sooth,
   I care not if thou dost for me as much.
   I pull in resolution, and begin
   To doubt th'equivocation of the fiend
   That lies like truth. 'Fear not, till Birnam wood
   Do come to Dunsinane',and now a wood
   Comes toward Dunsinane. Arm, arm, and out.
      《マクベス》それが偽りならば
      お前を干ぼしにしてくれす。真実なら
      わたしに同じことをしてくれて構わん。
      待てよ、信じすぎては危ういぞ。真実めかして
      嘘を言う悪魔めの二枚舌がそろそろ
      怪しくなってきたからな。「怖れるな、バーナムの森が
      ダンシネインに攻めてこぬ限り」、それがいま、ダンシネンに
      向けて森が動いた。ようし武器を取れ、武器を、打って出るぞ。
      《マクベス・坪内逍遥訳》もし嘘だと、すぐ手近の木に{ルビ きさま}汝{/ルビ}を吊るして、餓死するまで{ルビ う}打{/ルビ}ッ{ルビ ちや}棄{/ルビ}っておくぞ。事実なら、俺を{ルビ さ}然{/ルビ}うしたって{ルビ かま}関{/ルビ}はん。……俺の決心がゆるんで、疑いが起こりかけた、悪魔めが、両義語で、{ルビ ほんたう}事実{/ルビ}らしい嘘を吐いたのかも知れん。「バーナムの森がダンシネーンへやって来るまで怖れるには及ばん。」ところが、今、森がダンシネーンへやってきた。……武器だ、武器だ、さァ、打って出ろ!
女2 Aa……I am sorry, I must be going because there is no time.
      《日本語》あの……悪う思わんといてな、時間がないんやけど。
女1 Wait. Wait. Please waiting for a moment, and Mr. postman.
      《日本語》なにゆうてんの、もうちょっと待ってや、ミスター・ポストマン。
女2 No! I am a mail woman.
      《日本語》ちゃう、メール・ウーマンや。
女1 Oh it has not understood at all. Are you a Lady?
      《日本語》ウソー! 女てか、信じられへん。
女2 Give me a break. I am a mail woman.
      《日本語》勘弁してや、女や。
女1 Oh You are a woman mail clerk, Mrs. Robinson.
      《日本語》女? 郵便局員? それホンマ、ミセス・ロビンソン
女2 What do you say? What is Mrs. Robinson?
      《日本語》なにゆうてんの、ミセス・ロビンソンとはだれや。
女1 Uo uo uor, Uo uo uor, Hei Hei Hei, Hei Hei Hei
      《日本語》(サイモン&ガーファンクルで)ウウウー、ヘヘヘイ、ヘヘヘイ……
女2 I am Ms.
      《日本語》未婚や!
女1 Oh Ms Ms Mistake. Certainty? The truth? It is unbelievable!
      《日本語》ミス、ミス、ミステーク。でも、だれが信じるん。
女2 The joke is stopped. Your joke is the same as your face, and the hobby is bad.
      《日本語》もうええ、冗談は顔だけにせいや。センスないで。
女1 My figure is unrelated, Mrs. Robinson?
      《日本語》ミセス・ロビンソン、顔は関係ないんちゃいますか。
女2 I am not Mrs. Robinson. Please play without permission. And, it obstructed it.
      《日本語》ミセス・ロビンソンやない。もう好きにせえ。知らん。
女1 Wait. Wait. Please do not return.
      《日本語》ごめん、ちょっと待って。そこに居てや。

      と、女1は電話の受話器をとる。

女1 Roux, Riririn, Plplu, Roux, Riririn, Plplu, Hello,Hello.Please wait a little because it is a visitor inside. Is it good?
      《日本語》ルー。プルルー、リリリン、もしもし、あの用事中なんで、ちょっと待ってください。お願い。

      と、急に女2へ。

女1 Sergeant Jenkins, be wait. Do not go because it becomes a foreign countries escape.
      《日本語》ジェイキンス軍曹、待て! 何処に行くんや。それは脱走やど。

      と、再び電話に。

女1 Hello, I am sorry. It prints with what. Can you speak Japanese? I cannot speak Japanese. However, it manages to talk about the Kansai language. No, it is not a Kansai valve. It is a Kansai language. The trouble was put. We wish to express our gratitude for your consideration. Are you Mr,Godo?
      《日本語》もしもしすいませんでした。御用は何でしょう。あの、日本語喋れますか? あたしダメなんですけど。けど関西語やったらいけます。いえ、関西バルブ(弁)やありません。関西語です。問題なければ関西語でお願いします。は、ありがとうございます。
   半音お声が、いつもより下がっています。お体が悪いのではありませんか? ……マスター!それではお言葉に甘え、関西弁で報告させていただきます。いえいえ、恐れいります。わたしなんぞは、寄る年波に負けまして、とんといけません。
女2 What happened?
      《日本語》なんですねん。
女1 はっ! 大変失礼しました。最近通信事情が安定せず、ときおり河内弁が乱入して参ります。一時の混線ですので、ご容赦ください。はっ! 熱海よりこちらに参りまして、はや二十年となります。つつがなく勤めに励んでおります。とは申しましても、いまだ関西弁になじめず、不肖、{ルビ ごろまきちから}語呂巻{/ルビ}力不徳のいたすところであります。何を申されます。いえいえ、大阪出身のマスターの、足元にも近づけません。近づくどころか、大和川のヘドロに足を取られて、道頓堀川から浮かび上がれない始末であります。女子供のいたす電子飛脚に手を染めましたが、キーボードの上で、器用すぎる私の指先が、素人同然の駆け出し漫才師の持ちネタより早く、眼にも留らずすべりまくるものですから、関西弁インプットメソッドがゆうことを聞いてくれません。ノートパソコンなど川原の草スキーで遊ぶ、袖口が青鼻こすり付けてテカテカに光った悪ガキにくれてやるのがちょうどでありました。それ以来私が、口ずさんでおりますのは関西語であります。
   マスター! ただいまより関西語にきりかえます。
女2 関西語!
女1 そうであります。マスター! ご記憶でありましょうか? ちょうど十年前の一月十七日、午前5時46分.関西弁が関西語になった瞬間であります。東京一極集中の弊害、地方都市無視の防災体制の遅れがもたらした、不条理な事態と犠牲者でありました。ご存知のように昨今も、日本の標準語を東京弁から、関西弁にという法案が審議されていますが、関西語は自立しなければなりません。関西は東京の属国ではないのであります。生ぬるいのであります。たかだか一国の中で、標準語の位置を狙ってなんといたしますか。マスター! 関西語は独立しなければなりません。独立してこそ犠牲者は浮かばれます。また、それでこそ独立国、関西は国語を持つことになるのであります。はい、ご安心ください。このほど憲法草案を起草いたしました。なずけて生駒草稿。前文、本文、付記とも一文「すべては疑いうる」であります。もちろん進行中であります。関西市民希望者で投票を行っております。得票6433、ただいま一位「レット・イット・ビィ」。五票差で「六甲おろし」、十八票差で三位、河内音頭「河内十人斬り」が続いております。いずれかがはれて、市民に口ずさまれる国歌になろうと、二言があるものではありません。今の私の日々は、独立記念日の式典で、供される「マクベス」上演の練習に余念がありません。はい、不肖、語呂巻力が「マクベス」を演じます。国家独立とは、影に日にさまざまな軋ェあるものであります。強引な戦略戦術もございます。不肖、語呂巻力、すべての責任をとり、人民裁判の断頭台の露と消える覚悟であります。まこと私に相応しいマクベスの最後であります。私はついにそのようにして、マクベスとして関西市民を信頼し、その市民の未来に希望を託すものであります。どうして私だけが生きのべられましょうか?
女2 ハイハイ

      と、女2は電報を渡す。祝電である。

女1 I pray you, speak not; he grows worse and worse;
   Question enrages him. At once, good night.
   Stand not upon the order of your going,
   But go at once.
      《マクベス夫人》いいの、話しかけないで、どんどん悪くなりますから。
      質問するといらだつばかり。すぐにお引き取りを。
      退出の順序などはどうか一切お構いなく。
      さあさあ、早速に。
      《マクベス夫人・坪内逍遥訳》どうぞ{ルビ なンに}何{/ルビ}も言わないで下さい。だんだん様子が悪くなる。問答をするに、尚ほ{ルビ げき}激{/ルビ}します。……すぐお開きにしませう。退席の順序なんぞにゃ{ルビ かま}関{/ルビ}はず、さ、すぐにお{ルビ さが}退{/ルビ}り下さい。
女2 Good night, and better health
   Attend his majesty.
      《レノックス》それでは失礼を。陛下のご回復を
      心よりお祈りいたします。
      《レノク・坪内逍遥訳》さようなら。陛下が速やかに御全快遊ばされますよう!
女1 A king good night to all.
      《マクベス夫人》皆さまお休みなさいまし。
      《マクベス夫人・坪内逍遥訳》では、どなたも御機嫌よう!
女2 Good night, and better health
   Attend his majesty.
      《レノックス》それでは失礼を。陛下のご回復を
      心よりお祈りいたします。
      《レノク・坪内逍遥訳》さようなら。陛下が速やかに御全快遊ばされますよう!

      と、女2は電報を渡す。弔電か?

女2 とりあえず今夜で最後です。残業でやってんやないの、あたしの好意なの。オールドイングリッシュ勉強なんであたしが、せんならんのや。そやろ、昼に配達指定して悪いことないやろ。別にあたしが届けんでもええやん。自分で自分に電報出すのは、そらあんたの勝手やさかい文句はありまへんのや。でも、今後一切、あたしに届けいなんぞ、そんな無茶ゆわんといて。よろしいな。民営化なってもあたしはしりまへんで。
女1 Is it a Kansai language?
      《日本語》それは関西語?
女2 This is a Kansai valve.
      《日本語》関西バルブ(弁)や
女1 Oh! It is good at intonation. It is beautiful.
      《日本語》ええやん。じょずやん、顔と同じように綺麗やん。

      と、女2は電報を渡す。祝電か?

女2 顔ほどやない。なにベンチャラゆうてや、知らん知らん、知らんで

      と、退場。

女21 She should have died hereafire;
   There would have been a time for such a word.
   Tomorrow, and tomorrow, and tomorrow,
      《マクベス》いつかは死ぬ身であった。
      そんな知らせを聞くときもあろうと思っていた。
   Greeps in this petty pace from day to day,
      《マクベス》時は小きざみな足どりで一日一日を這うように、
   To the last syllable of recorder time,
      《マクベス》時の記録の終の一語にたどり着く。
   And all our yesterdays have ligted fools
   The way to dusty death. Out, out, brief candle,
   Life's but a walking shadow, a poor player
   That struts and frets his hour upon the stage,
   And then is heard no more. It is a tale
   Told by an idiot, full of sound and fury,
   Signifying nothing.
      《マクベス》昨日という昨日は、阿呆の為に、塵に返る死への道を
      照らしてきた一筋の光。消えろ、消えろ、束の間のともしび、
      人生は歩き回る影法師、あわれな役者、
      舞台の出のあいだだけ大威張りでわめき散らすが、
      幕が下りれば沈黙の闇。たかが白痴の語る
      一場の物語だ、怒号と狂乱にあふれていても、
      《マクベス・坪内逍遥訳》小刻みに、記録に残る最後の一分まで経過してしまう。総て昨日という日は、阿呆共が死んで土になりに行く道を照らしたのだ。消えろ消えろ、束の間の{ルビ ともしび}燭火{/ルビ}! 人生は歩いてゐる影たるに過ぎん、只一時、舞台の上で、ぎっくりばったりをやって、やがて{ルビ もう}最早{/ルビ}噂もされなくなる惨めな俳優だ、{ルビ ばか}白痴{/ルビ}が話す話だ、騒ぎも意気込みも{ルビ えら}甚{/ルビ}いが、たわいもないものだ。……

      と、女1は手に持つ電報をテーブルに叩きつけた。「バン」という音と同時に音楽。

女1 紅蓮の炎と強風が荒れ狂うなか、おばちゃんが燻っている手を差し出し「小便で早く消して」と叫ぶんやが、恐怖のなか、ちじみ上がり、頑張ってもでまへんでした。
女1 混線、ブレイク、混線です。
女1 三月から八月までおっきな空襲は八回あった。B29がP51ムスタングの護衛できよった。いちどきに二百も三百もな。それが油脂焼夷弾すき放題、無差別にばら撒く。それはもう……猛火と強風で止まってる路面電車が揺れるんや。……数え切れん人が死んでもた。何も無い見渡す限りの焼け野原。うちの近くの大川の水面には焼死した人の亡骸が浮かんでた。
女1 混線やて!
女1 最後の八月十四日は1トン爆弾の雨や。城東線の京橋駅……
女1 城東線?
女1 森之宮から京橋走ってるやろ。
女1 環状線。
女1 ほう、電車に乗ってまで銭勘定するようになったか。結構なこっちゃ。……その京橋駅に一トン爆弾が落ちたんや。数百人が死んだ。狙いは大阪城一帯の大阪砲兵工廠やった、壊滅や。
女1 大阪城は!
女1 いまでも森之宮から京橋まで、電車は地面走ってるか?なんでか知ってるか?それはな、高架にすると、ごっつい塀があるのに、電車の窓から砲兵工廠のなか覗かれるちゅうわけや。難儀なこっちゃ。でも最後の最後の日に、そこも廃墟になった。鉄くずの山や。見晴らしのええこちゃろ。だから、1トン爆弾の雨の中でも焼け落ちなんだ、大阪城は、一際高くみえるやろ。

      ;【 注記1 】ここでの観客は日本人を想定しているので、発せられる英語は観客に言語として届かないであろうと容易に想像できる。
      ;そのように想定している。つまり、英語を俳優は喋っているのだが、何を言っているのか解らない、となるのだろう。そこで対訳の字幕を用意することにしよう。すると、日本人の俳優が演じ、英語を喋る舞台を、日本人が観ながら、日本語の字幕を見るということになる。
      ;ここでの字幕であるが、黒衣によるメクリで行う。であるが、黒衣は順当にメクリをめくる必要はない。しかし、それはあたかも順当であるかのように装わなければならない、ということが注意点である。
      ;なお、邦訳は坪内逍遥のものを使用しよう。なぜ坪内逍遥の邦訳であるかは、小田島雄志の訳より、現代のわれわれが単に分かりにくいからに過ぎない。
      ;以上の結果、観客は坪内逍遥の邦訳に注視することを諦めるかも知れない。この諦めるというプロセスを経て、台詞が古英語であるという違和感を払拭しうるだろうか。であるなら、俳優が台詞を喋るという演劇営為を、少しは対象化できるはずである。

      ;【 注記2 】台本中の英語の台詞は『マクベス』(大場建治 刊・研究社)からの引用である。また、一部『小説・熱海殺人事件』(つかこうへい 刊・新潮社)からも引用した。明記して謝意を表す。

[  5 章  ]

      ドアを「トントン」と叩く音。

女1 「ドンドン」叩かんかてベルついてますよ。

      ドアを「ドンドン」と叩く音。

女1 「ドンドン」叩かんかて聞こえてるって、どなたな。

      ドアを「ドンドン」と叩く音。

女2 初めてお伺いしますが、後藤はん、でっしゃろ! ようお聴き、これがドンドンドンや。
女1 だから、近所迷惑やて。
女2 これがトントントンで、ドンドンドンはこれや。
女1 はいはい、ようお越し、だれでもかまんからお入り。鍵開いてます。
女2 ハイは一回や。
女1 ハイ!
女2 (ドンドンと叩く)これは!
女1 トントントンや
女2 後藤はん、まだ見ぬあんたにお聞きしますが、いったい耳掃除いつしたんや、おとといか?
女1 母さんお肩を、
女12 トントントン!
女2 お邪魔します、こんばんわ。半身阪神ファンの田淵です。盆と正月一緒に運んできましたで。

      半身阪神ファンのなので、帽子、ハッピ、メガホン、タオルの半分がトラ模様のいでたちで登場。大阪のおばちゃんがよく持つ買い物籠も持つ。

女1 半身阪神ファンの田淵はん? でそのハンシンハンシンは最初が阪神、それとも半身? 
女2 順番がチャうやろ。何の御用ですか? が世間やろ? あるいは、名のらんかい? それが、エーと、エーと切符やろ。
女1 あつは、ぷふい、キマイラ。
女2 エーと切符や
女1 切符?
女2 仕舞いに怒るで、エーとチケットや。
女1 もう入って来たんやから、戸(「と」)はイラク。
女2 イラク?
女1 戸(「と」)は、イラン。
女2 そうやエー……チケットやろ(間)エチケットや。バンザイ! こんな長いネタ振り回わさして仕舞いに怒るで!
女1 あんただれなん。
女2 名前なんて……ここに居るだけで幸せや。
女1 でッ!
女2 こんばんわ。半身阪神ファンの田淵でんねんやわ。観てわからんか、ここまで心的領域を形象化さして、これ以上なに説明せえゆうんや。慮らんかい、標準語で喋ってんとちゃうやろ。見てのとうり傷心の身や。
女1 へー
女2 なんなんその感嘆疑問は、
女1 立派やなーて
女2 何が?
女1 大変やなーて
女2 どうゆうふうに、
女1 ところで田淵はん、
女2 田淵ほどきれいな放物線を描くホームランバッターはおらへなんだ。でもな、抗議すんのはボールひろうてからやて、試合続行中やん、そやろ、泣く泣く西武に奉公出したんは親心やて。それを友情に応えたかて、帰ってきてのヘッドコーチはないやろ。男涙は 忍んで、耐えて、意地でも監督やろ。で、岡田に、もうちょっとスマイルせやゆうたったんや、努力は認める、笑窪までつくれゆわんから、ちょっとは白い歯みせてのスマイルやろ。
女1 歯磨くのわすれたんちゃう。
女2 ムッスとすんやったら虫歯なおしてからや、奥歯かみ締められへんやろ。今日の六甲おろしはヤケに身にしみるなあ。
女1 淵ッ! ブチッとくるぞ!
女2 静かにしい。何のためにこんなに喋りながら無口になってるんか分からんやん?
女1 結構なお手前ですなあ。
女2 抹茶に茶柱の心境で、明鏡止水。
女1 誰が千姫や。
女2 うまいことボケまんなあ。はいはい、気いすんだらシャラップ。
女1 ……
女2 ストライクやな。間違いない、キンコンカンや。
女1 今、金柑塗った?
女2 姉ちゃんあんただれや。
女1 表札みたやろ、後藤さんです。
女2 後藤(「ゴッドー」と発音)はん? なんか他所いきやな。ホントは仙ちゃんやろ。
女1 仙ちゃん?
女2 わてが田淵はんでおます。あんたが仙ちゃん。収まりが非常にええ。なんでやろ。
女1 なんですって? 向かいが山本はんやから、奇跡でっせ。まったく本当のような話やな。田淵はん、あんた筋書きのないドラマ運んできたんか?
女2 ところで後藤はん。
女1 仙ちゃん。
女2 いつの間に。
女1 七回の裏にはすでに。
女2 ところで仙ちゃん、あんさんいったいここに住んで何年になりますんや。
女1 シャワーの水がプチパチプチの頃から、五年。
女2 ……
女1 ウソつきました。十年一昔、住めば都で、光陰矢の如し、畳のメ七回数え終わりました。八回目に突入した今年の春、愕然としたのは、あたしだけでしたでしょうか? 畳表のメが潔く擦り切れているではありませんか。ウソー、わたしは畳表のメに、目を疑いました。田淵はん、私の畳表のメは、いったいどこに消えていったのでしょうか?
女2 畳の淵踏んでまっせ。
女1 一つ一つ記憶を刻みつけた、あの私の畳表のメはもう、帰ってこないのでしょうか? 畳表のブラックホールに飲み込まれた、私の畳表のメはいま、どこをさまよっているのでしょうか。きっと私の記憶が多すぎて、比重が極限に達し、ビッグバンを起こしたに違いありません。限られた思い出でよかったのです。
女2 もうええか、で、耳掃除いつしたんや、やっぱ一昨日か?
女1 抱えきれない思い出を、これでは垂れ流すしかありません。一つの畳表のメに一つの思い出をそっとしまって見せましょうか。泣くに泣かれぬ天満橋、枯れてしまえと星を見上げた州崎橋、それでも追うに追われぬ水分橋、数えて収めた八百八橋の数ほどに、数に限りはあるたとえ、それなのに、この先、垂れ流さなあかんとは、そら殺生や。一足づつに消えて行く。夢の夢こそあはれなれ。あれ数うれば曉の、七つの時が六つ鳴りて残る一つが今生の、鐘のひびきの聞きをさめ。
女2 キンコンカンや。
女1 田淵はん、ゴーンやろ。
女2 またてんごゆうて、あてはな、こう見えても前は、近鉄ファンやったんや。もう昔の話や。
女1 それで、この半身阪神ファンかいな。
女2 物事は奥までみいよ、まあええ、つまりやな、このキンコンカンが聞こえんてか。
女1 え、何が?
女2 聞く気ないやろ。何年住んでまんのや。申し訳ないやろ。
女1 はばかりながら、共同便所の水洗の音、隣の学生の話し声、天井裏を駆け回るトムとジェリー、階段ギシギシ軋む音、丑三つ時に、どことなく聞こえてくる人生のため息、もう申し分なく過不足なくそろうて充分やから、文句はありません。
女2 ご立派やがな、これは電車や。
女1 ツレイン ?
女2 間違いなく、近鉄電車の踏み切りの音や。ええなあ、こうやってここにいるだけでキンコンカンやろ、涙でるやないか。この家はええ家や、アンさんは幸せもんや。人生に感謝せなな。ジーンと心に沁みるな。まるでパチンコ屋で聞く蝉時雨やなあ。
女1 訳わからん。
女2 いつでも訳わかると思うなよ。闇夜の晩かてあるんゃ。でも、このキンコンカンの情緒は嗅ぎ分けなあかんわな。はよ来いよキンコンカン、危ないぞキンコンカン、飛び込むなよキンコンカン。耳澄まさんか、ここは耳澄ますとこやろ、胸に手当てる。なんで細かいとこに手を抜くんゃ。弓手が下で、馬手が上、静かに当てるんゃ。ここはぐれたら一生もんや、ワレ根性入れたれよ。
女1 いつの間に河内弁になったん?
女2 細かいことゆうたらあかん。可愛げなくなる。夕焼け小焼けでキンコンカン、ハイ!
女1 ハイ! みなさん最高ですか!
女2 ……悲しい。仙ちゃん、あんたそんなこと口にして、恥ずかしさに押しつぶされるやろ。わかります。わかりますがそれをいっちゃお終いよ。
女1 言うに言われぬ信濃橋、けど、恥ずかしさこらえ、いわなあかんときは、殺生やけどいわなあかん。ためらう街に、傘もささずに濡れ鼠、チュウと鳴いて、大見得きって宙返り。蛙が鳴くからかえろ、ハイッ!
女2 泣きたいのはあんただけやおまへんで、でも体は鍛えなはれ……
女1 半信半疑の田淵はん。
女2 半身阪神ファンの田淵や。
女1 それでも半信半疑の田淵はん。
女2 ホンマノのことはこそっと、聞こえんようにいえ。
女1 悲しかったら泣きなさい。
女2 そうや、半信半疑で半身阪神ファンの田淵です。前は近鉄ファンでありました、もう昔の話や。全身阪神ファンにはなりきれてません。そんな田淵です。
女1 幸せは歩いてこない、手のひらに太陽を、三歩進んで二歩下がる。真っ赤に燃える君の血潮、人生はワンツウパンチ!
女2 ワアチャ、アチャ、アチャ! タッタッタッタッタ、百裂拳! お前はもう死んでいる。
女1 もしかして、それケンシロー。
女2 さもありなん。正確に。
女1 北斗神拳!
女2 はい、出ました。
女1 それ以外ありまへんやん。
女2 一撃ッ!
女1 ノースイーストッ!
女2 北斗!
女1 そやな、東南がこっちやから、ケンシロー、北東はこっちやッ!
女2 ストライクツウ。キンコンカンや……間違いなく北東の彼方から聞こえるキンコンカン。
女1 こんなんええんやろか。
女2 疑うな! 疑えば、屋根まで飛んで、壊れて消えた人生も、単なる影法師。バームグローブが動いてこそ人生やおまへんか。
女1 ……キンコンキンコン。
女2 それは阪神電車の踏み切りや。
女1 チンチン。
女2 何を言うてるんんや。聞こえるのは京阪のキンコンカナでっせ。
女1 南海やろ、京阪はコンキンや。
女2 なんやて、そしたら近鉄は?
女1 カンカン。
女2 あかんかん。阪神は?
女1 カンカン。
女2 あかんて、阪神も近鉄も同じやったら、メセナわからんなんやん。
女1 JRも南海もカンカン。
女2 仙ちゃん、あんたなにゆうてんの、しかりしいや。
女1 京阪も阪急もカンカン。
女2 仙ちゃん、仙ちゃんて……
女1 やっぱり、大阪は気楽にジャンプします!
女2 体鍛えて、あんじょうお気張り。
女1 ……
女2 若者よ、体は鍛えておけ。……どうしたん、仙ちゃんッ!
女1 あんた何しにきたん!
女2 阪神電鉄の軌間は1435弌つまり軌道間、二つのレールの間がな、少々大きいんだす。で安定してるから、列車の通る音が小さいのんや。
女1 線路に継ぎ目がないからやろ。
女2 何で鬼の首とった桃太郎みたいにゆん。楽しいか? そら新幹線のレールの長さは1500mもあるやろ。それがどないしたん。そら岡山には新幹線は止まるやろ。それがどないしたん。あんたのおかげか。
女1 じゃ阪神電車はどのくらいなん。
女2 なんで、近鉄電車て先に訊かへんの。美味しいとこは後に残そうよ。
女1 近鉄電車は?
女2 何で鬼の首とった金太郎みたいにゆうん。琴ヶ浜の内掛けやん。
女1 ほい。
女2 名手大関、琴ヶ浜が内掛け決めて、それは当然の決まり手や。それは当然やけど焼け火鉢、期待しますわな。決めますわな。それが琴ヶ浜の内掛けやん。
女1 近鉄電車は?
女2 ようお越し。自分で調べなはれ。
女1 知らんねやろ。
女2 はい、ここで問題です。1500mもあるロングレール、一体どのようにして運ぶのでしょうかお答えください。
女1 ガタンゴトやろ。
女2 そうや、聞こえへんのやろ。だから聞いたやん。
女1 聞こえへんゆうてんのに。
女2 だから聞いたゆうてんのや。あのな、耳掃除いつしたんや、おとといか?
女1 あんたはキンコンカンや。キンコンカン…
女2 そうや、そのとおりや。
女1 だったら何でガタンゴォトンや。
女2 だれがガタガタや。
女1 あんたが、阪神がガタンゴトで、近鉄がガタンゴォトンて区別したんやろ。
女2 つまり近鉄の軌間は1067个笋ら、違いはあって当然やろ。
女1 京阪は。
女2 京阪、阪急も1453弌
女1 銀河鉄道は。
女2 えっ、あんたはカムパネルラか、それともジョバンニかどっちや。
女1 関係ない。銀河鉄道の軌間はッ!
女2 宮沢先生しか知りません。
女1 半信半疑で半身阪神ファンの田淵なんやろ。なんとかしなさいよ。
女2 それとこれとはちゃうでしよ。
女1 そんな台詞は、脈絡ある話をして言いなさい。
女2 ハイ! まことにおかしい話でしたが、これは本当は軌間の話しではありませんので、銀河鉄道の軌間は……訊かんでおいて。ハイ、オチました。お後がよろしいようで。
女1 ハイ、お囃子。引っ込みます。拍手、さようなら。
女2 オフサイド!
女1 落語とちゃうん。
女2 もとい、ボーク!
女1 退場!
女2 よぉそんなアホなこと言ぅわ。こう見えてもうちは半身阪神ファンの田淵でっせ、抗議はします。
女1 監督を呼べ、監督やないと抗議は受け付けません。
女2 仙ちゃん!
女1 わたしが仙ちゃんです。何の文句を言いに来ましたんや。それとも事件、御用は?
女2 そらまあ。
女1 そらまあッ?
女2 そら、まあ!
女1 そらまあッ?
女12 そらまあ、まあッ!
女2 昨日な、スーパでなスーパーマンが一玉三百六十円もしてたレタスな、百円で投売りしてたんやで。えらい事件や。
女1 スーパーマンの出現が事件かい、それとも一玉百円がかい。それとも見たこともない、さぞ華麗な投売りだったんやろなあ、うちも一目みたかったなあ。
女2 一昨日な、向かいの商店街の奥の銭湯に……
女1 ほう、セントウいうぐらいやから、一番風呂でしたか?
女2 そらまあ…
女1 それとも血まみれの男が駆け込んで来ましたか? そこではさぞ凄惨なセントウシーンが繰りひろげられたんでしょうなあ。
女2 そら…
女1 まあッ!
女2 そらまあ、ダ洒落いうのんは、あんまり拘らんとスーと通り過ぎるんが粋やからな。普通銭湯ものはユウだけやから。
女1 ほう、そんなんいうのは何処のダレジャ。
女2 そらまあ色々あるけど、一番の事件は、一昨々日な、郵政民営化に先立って、一丁目と七丁目の特定郵便局が、売り上げ上げなならんやろうからて、ためしに接客のシュミレーションしたんやて。テレビでもニュースになったから、ひょっとして視たかなあ。
女1 初耳やで。
女2 えらい騒ぎやったんや。
女1 ほうそう、そら大変や。で、どっちがユウセイやった?
女2 ……
女1 で。
女2 そらまあ。
女1 そらまあッ?
女2 そら、まあ!
女1 そらまあッ?
女12  そらまあ、まあッ!
女2 ……仙ちゃん
女1 半身阪神ファンの田淵はん?
女2 ぼちぼち失礼します。
女1 え? ウソー。
女2 仙ちゃん。うちらちょっとだけ、お知り合いになれたやろか?
女1 多分、昨日よりちょっと。我慢したダ洒落の分だけは。
女2 事件やろか?
女1 どやろか。
女2 そやな。
女1 ……あの
女2 なんやろ。
女1 何もないで。
女2 そうか、じゃ、お邪魔しました。
女1 お邪魔されました。
女2 ……あの
女1 ……なんですやろ
女2 ……その
女1 ……はい、半身阪神ファンの田淵はん?
女2 最後に一つよろしいでしょうか?
女1 ええッ!
女2 それでは、今日こうしてお邪魔したのは、事件でしたでしょうか?
女1 多分、すべったダ洒落の過激さほどに。
女2 許容範囲だったでしょうか?
女1 それを強要しますか?
女2 貴方の教養の問題です。
女1 ハイ、中央アルプス千畳敷スキー場の大滑降です。
女2 おっしゃって。
女1 ほっておいても見事に滑りまくります。
女2 つかの間の退屈と、少しばかりの友愛に満ちた苛立ちを置いて帰ります。
女1 お別れですね。
女2 そんな嬉しそうな笑みを浮かべていわないのが、エーと、切符です。
女1 お別れですから、度を越して悲しみがこぼれているのです。
女2 大変よくわかります。が、仙ちゃん。あなたは、大阪のおばちゃんが、このまますんなり帰ると思っていますか。
女1 別れは、いつも、後ろ髪を引くものですから。
女2 掛布は髪ないで、どうなんの、かわいそうやんか。
女1 寄る年波には勝てません。
女2 やはり、もう少し引っ張ってくれへんとそこに帰れません。
女1 あの、
女2 あの、
女1 ええ、
女2 あの、これそこの「ドンドンドン」のとこに落ちてましたで。

      女1は何もなかったかのように封書を受け取る。

女1 お別れですね。
女2 だから
女1 だから、本当に、お別れですね。
女2 忘却の彼方へかえりましょうか? それとも最後にキーを外して、中島みゆき歌いましょうか?
女1 いえ、あの、実は、くだらない心配が一つ、
女2 ええ、是非。
女1 あまりなので、人に聞いたことが、
女2 ええ、分かります。ハイッ!
女1 ある日、臨終間際の息も絶え絶えのおじいちゃんが家族を前に、医者の手を採っていいました。先生、二人のドラ息子が心配で心配で、死んでも死に切れまへんのや。
女2 心して聞いてます。
女1 医者が、おじちゃんの手をとっていいました。
女2 なんとかしたらなな。
女1 心肺(「心配」)停止です。
女2 だれが名付けたか・私には・別れうた唄いの・影がある……足袋脱げ。
女1 半身阪神ファンの田淵はん
女2 ほんとの最後に一つよろしいでしょうか?履いて。(タップシューズを置く)
女1 ええッ!
女2 はよ履き。
女1 はい。
女2 意を決してお邪魔したんは、このスパイクでタップを切ってもらおうと思うてやってまいりましたんやで。
女1 最初から、何でそういわへんの。めちゃくちゃ回りくどいやん。
女2 それじゃーワープします。
女1 え?
女2 それ履かんということはないやろ。ワープでけへん。
女1 ハイハイ。

      女1はスパイク(タップ)シューズを履く。

女2 ハイは一回やッ。
女1 ハイ!
女2 (ドンドンと叩く)これは!
女1 トントントンや
女2 耳掃除いつしたんや、おとといか?
女1 母さんお肩を、
女12  トントントン!
女2 お邪魔します、こんばんわ。半身阪神ファンの田淵です。ワープしました。
女1 半身阪神ファンの田淵はん? でそのハンシンハンシンは最初が阪神、それとも半身?
女2 ガキのつかいやないから、大阪のおばちゃんは気短いの知ってるやろ。
女1 ワープまでしてもろうたのに、えらい失礼しました。で、御用は? うち忙しいねんやわ。
女2 単刀直入にいいます。お宅は読売新聞ですか。それとも「希望の光」読んでもらえてますか。ついでに町内会費払いましたか、でなかったら、押し売りお断りて書いててもらわな、一応挨拶してしまいます。
女1 いまさら挨拶なんかええて。
女2 挨拶抜きなんて、結構友達になってますやんか。
女1 無理やりな。
女2 その無理ついでに、タップ踏んで。
女1 そら無理やわ。
女2 無理やりワープしてここまできたんや。いまさら無理とはおかしいやろ。やり。それとも、でけへんゆうのはあんた、まさかジャイアンツファンやないやろな。ジャイアンツファンはスパイクでタップ踏まれへんのや。
女1 ハイハイ
女2 準備運動代わりにランニング!

      と、女1はランニング。

女2 息切れすなよ!なんな、そら無理やりやってんやん。いやいややん。だから、ゆうたやろ、せめて体は何があっても鍛えとかな、そうやろ、息切れすると、いやいやに見えてしまうやろ

      と、いうものの女1はタップを快適にリズムを刻む。

女1 無理やりやからそれでいいんやろ。
女2 。リーリーリー牽制!。リーリーリー牽制!。リーリーリー滑りこみ!それじゃー音楽行こかー・・・・歌い。

      笠置シヅ子『買物ブギー』流れる。

      今日は朝から 私のお家は
      てんやわんやの 大騒ぎ
      盆と正月 一緒に来たよな
      てんてこまいの 忙しさ
      何がなんだか さっぱりわからず
      どれがどれやら さっぱりわからず
      何も聞かずに 飛んでは来たけど
      何を買うやら どこで買うやら
      それがごっちゃに なりまして
      わてほんまに よういわんわ わてほんまに よういわんわ

      女1は歌いながらタップ。決まる。音楽の途中で、女2は、

女2 わてがほんまによういわんわ。一緒にいきましょ。

      たまの日曜 サンデーというのに
      何が因果(いんが)と 言うものか
      こんなに沢山(たくさん) 買物たのまれ
      人の迷惑 考えず
      あるものないもの 手あたりしだいに
      人の気持ちも 知らないで
      わてほんまに よういわんわ わてほんまに よういわんわ

      〜略〜

      ちょっとおっさん こんにちは
      ちょっとおっさん これなんぼ
      おっさんいますか これなんぼ
      おっさんおっさん これなんぼ
      おっさんなんぼで なんぼがおっさん
      おっさん おっさん おっさん おっさん×3
      わてつんぼで 聞こえまへん
      わてほんまに よういわんわ わてほんまに よういわんわ
      あーしんど
                       作詞・作曲/服部良一

      女1、2のタップ。決まる。

女1 ちゃうんちゃう。
女2 何が? 息あげんやないッ!
女1 スパイクはいて、何で『買物ブギー』なん。いくらなんでも無理あるやん。
女2 無理が通れば道理が引っ込む。草履(「道理」)代わりのスパイクシューズが今、無理して頑張ってくれたんやない。
女1 周り近所から、苦情きても、そんなんや言い訳でけへんやん。
女2 スカッとしたやろ。ええやない。
女1 ちゃうやろ、スパイク履いて、歌うたうんなら、ええか、半身阪神ファンの田淵はんに向かっていうのも失礼ながら、なにはさておき『六甲おろし』やろ。
女2 よろしい。
女1 当然やん。
女2 おおいによろしい。じゃ、厚いご要望にお応えしてまいります。
女1 そうこなな、でも、道上洋三バージョンは止めてや。
女2 ごちゃごちゃいわん。
女1 風はこっちやな、(指をペロッで)田淵はん、浜風よーし。

      と、女2は『六甲おろし』を弾く。女1はタップを踏み始める。女2、急にバンと鍵盤を叩いて止める。

女2 何で歌わんの?
女1 唇真一文字に結んで、風を切ってますから。
女2 そんなんやからあかんのや。
女1 えっ?
女2 いつもそうなん。あんたはやっぱ歌わんの。あたしはそやからと思います。だから、キンコンカンも聞こえまへんのや。すぐそこに踏み切りあるやん。頑張ってや。何票差あると思ってますんや。上向いて、ボソボソと歌ってるかどうか解らんような、視線上に投げ上げてるんか、足元の芝生見て歌ってるかるかどうか解らんようでは、もう情けのうなります。
女1 今度は、なに言い始めるつもり。
女2 仙ちゃん、ワープしたけど、うちらまだ、お知り合いになれたままやろ。もうすぐ友達やん。そやから分かるやろ。わてが何でこうしてお邪魔したか。無駄口たたきに来たんと訳がちゃいまっせ。
女1 半身阪神ファンの田淵はん。
女2 はいな、仙ちゃん。
女1 お知り合いとお友達はご近所ですか?
女2 半身阪神ファンと全身阪神ファンのほどには。
女1 お買い物のついでに、お邪魔していただいて、ありがとうおました。はよせんとお店締りますで。
女2 では仙ちゃん、しっかり歌ってください。このマイクをつけて、しっかり歌ってください。そうして、得票6433、「レット・イット・ビィ」、五票差で「六甲おろし」のこの五票差を逆転して下さい。不肖、明日は全身阪神ファンの田淵のおばちゃんは、必ずインターネット投票しますから。仙ちゃん、だから、がんばって歌ってください。あなたの歌声でみんなを元気づけてください。
女1 はい。
女2 貴方の独立する大阪の国語は関西語ですよね。
女1 はい。
女2 だから、カントリーソング(国歌)は『六甲おろし』です。
女1 はい。
女2 では失礼します。明日は全身阪神ファンの田淵のおばちゃんは、一言、そうお伝えしたかったのです。
女1 少しだけお知り合いになれた田淵はん。
女2 はい。
女1 それだけですか?
女2 練炭自殺誘いに来たと思いましたか。
女1 そのほうがましだったかも知れません。
女2 ぼちぼち失礼します。
女1 え? ウソー。
女2 仙ちゃん。うちらもうちょっとだけ、お知り合いになれるやろか?
女1 意を決してお邪魔したんは、このスパイクでタップを切ってもらおうと思ってやって来たんと違いますやろか。
女2 近所迷惑でっせ。
女1 最後に一つよろしいでしょうか?
女2 ええッ!
女1 キンコンカンが浜風に乗って、聞こえそうな、そんな気がしますが、自信がもう少しもてません。
女2 『六甲おろし』を無理やり歌って。タップを踏んでみますか?
女1 ぜひ強引にっ!
女2 心の準備はッ!
女1 ハイ、今スパイクは中央アルプス千畳敷スキー場の大滑降の上です。

      女2は『六甲おろし』を弾く。

      流れる雲に竿さして
      別れの歌、口ずさむ
      荒ぶるる意気、途切れ切れ
      明日に歌うは、青春の日々
      あ、あ、汗
      青春の日々
      なめんな、なめんな、なめんな

      〜略〜

       あ、あ、汗
       青春の日々
       なめんな、なめんな、なめんな

      女2が弾く曲に重なって、レコードの原曲『六甲おろし』(作詞/佐藤惣之助 作曲/古関裕而)が流れる。この曲で女1、2はタップを踏む。
      やがて女2退場。
      『六甲おろし』消える。
      女1は一人でタップを刻む。タップの音だけが響く。響く、まだ響く……
      静寂のなか、女1の息切れの「ゼーゼー、ハーハー」がやけにうら悲しく聞こえる。

[  6 章  ]

      静寂の中の女1の息切れの「ゼーゼー、ハーハー」はやがて、忍び笑いから、大笑いに変わる。時間にすれば、五分強ほど笑うことになる。その笑いは文楽の義太夫語りの、あのあきれる程長い笑いである。
      この笑いの中、音楽入る。タップシューズを脱ぐ。

女1 (笑い)わは、わーは、わーはは、わーっはあははは…………

      女1は女2から受け取った封筒を開く。

女1 ……(笑い泣きで読み始める)前略……ずいぶんとご無沙汰しちょりますが、そん後、お変わりねえかえ。お便りも出さんじ、今日まで来たんは、時間がねえからでも、よだきかったけんでも、貴方んこつ忘れたけんでも、ねえんで。ただ、あんたに近況をお知らせしてん、ご迷惑かち思うて、今日まで失礼しち来ました。ここじ貴方は「なしかえ」「どげなっちょんのかえ」と訊くんじゃろうえ。そげえ訊かれてん、うちん近況は、雨蛙がないち、雨が降るぐらいじ、たいしたこたねえんで。隣の猫んたまが、うちん顔見ち欠伸をしち外に出ちいくぐらいんもんじゃ。大事件ちゅうたら、駅前んなんもねえ通りに、オムライスしかねえファミレスができたぐらいじゃ。ためしに「小倉アイス」たのんじみたら、やっぱ「オムライス」がでちきたんで。たいてえ、明日からも何もねえじ、たいてえ、こげな幸せが続くんじゃろう。そしち明後日もじゃ。それが不満ちゆうのじゃねえんでえ。仙ちゃんへ……昨日の仙ちゃんより。
女1 ……あの唐突ですが、幸せ、ですか? ……今でも……悔いはありませんか? ……それは、悔いなどありませんね………これからも、だから……ありませんか? そうですね……ありませんね。……そうです、きっとありません。だから……これからもね。……わたしは、もちろんありませんよ。……あなたはどうですか? だから……あの、幸せ、ですか? クエスチョンマーク……てんてんてん

女2 (英語)Macbeth!

      と橋掛かりで女2。いでたちは半身阪神ファンの応援グッズ一つ、郵便配達員の腰カバン、座布団二枚、買い物カゴで登場。女2は老女である。

女2 (英語)Macbeth!

     ……

女2 (英語)Your facc,my thane,is as a book where men
   May read strange matters. To beguile the time,
   Look like the time, bear welcom in your eye,
   Your hand, your tongue. Look like th'innocent flower,
   But be the serpend under't. He that's coming
   Must be provided for; and you shall put
   This night's great business into my dispatch,
   Which shall to all our nights and days to come
   Give solely sovereign sway and masterdom.
      《マクベス夫人》ねえあなた、あなたのお顔はまるで本のよう、だれの目にも怪しい内容を読みとられてしまう。世間を欺くのには
      世間と同じ顔つきをして、目にも、手にも、口にも、
      歓迎の色を浮かべることですよ。みせかけは無邪気な花、
      でもその下には蛇を忍ばせる。せっかくお出向きの
      お方には、たっぷりご馳走しなくては。ねえ、今夜の大仕事を手早く片づけるのは、全部わたしにおまかせなさいな。
      首尾よくいけば、これから先に続く二人の長い昼と夜、
女1 ? ??, ??? ??? ????, ?? ?????? ?? ??. ?? ? ???? ??? ???? ? ? ??? ??? ??? ?? ???? ???. ? ???? ??? ??? ? ?? ????……? ??? ??? ???? ???.?? ??? ?? ??? ?? ???, ???? ?? ?? ??? ????, ??? ? ?? ? ?? ?? ??.
      《マクベス》やってしまって、それで事が済むものなら、早くやってしまったほうがよい。暗殺の一網で万事が片付き、引き上げた手元に大きな宝が残るのなら、この一撃がすべてで、それだけで終わりになるものなら……あの世のことは頼まぬ。ただ時の浅瀬のこちら側で、それですべてが済むものなら、先行きのことなど、誰が構っておられるものか。(福田恒存・訳)
女12 (日本語・笑い)……
女12 (日本語)きれいは、穢い。穢いはきれい。さあ、飛んでいこう、霧のなか、汚れた空をかいくぐり。(福田恒存・訳)
   ………
女2 (手話)叫び声が聞こえたようだった、「もう眠りはない、
     マクベスは眠りを殺した」あの無心の眠り、
     心労のもつれた絹糸をときほぐしてくれる眠り、
     その日その日の生の終焉、つらい労働の後の沐浴、
     傷ついた心の霊薬、大自然が用意した最大のご馳走、
     人生の饗宴における最高の滋養(小田島雄志・訳)
女1 (英語)That tend on mortal thoughts, unsex me here,
   And fill me from the crown to the toe top-full
   Of direst cruelty, Make thick my blood,
   Stop up th'access and passage to remorse,
   That no compunctious visitings of nature
   Shake my fell purpose, nor keep peace between,
   Th'effect and it. Come to my woman's breasts
   And take my milk for gall, you murd'ring ministers,
   Wherever in your sightless substances
   You wait on nature's mischief. Come, thick night,
   And pall thee in the dunnest smoke of hell,
   That my keen knife see not the wound it makes,
   Nor heaven peep through the blanket of the dark
   To cry, 'Hold, hold!'
      《マクベス夫人》かしずく悪霊たち、今こそわたしを女でなくしておくれ、
      私の全身になみなみと、頭の上から爪先まで、残忍と冷酷を
      漲らせておくれ、わたしの血をどろどろにして、
      憐れみに通ずる血の管を塞いでしまうのだよ、
      せっかくの恐ろしいもくろみに、良心の呵責などが
      揺さぶりに入って、なまじ実行を押しとどめることの
      ないように。さあ人殺しの手先ども、わたしの乳房に
      取り付いて、甘い乳を苦い胆汁に変えておくれ、お前らは
      目に見えぬ姿のまま、この世の悪事という悪事に
      手を貸しているのだから。そしてたれこめた夜、お前は
      地獄のどす黒い死の煙を死人をくるむように厚く纏うのだよ、わたしの鋭い刃の切っ先がえくった傷口を見ないで澄むように、
      天が暗闇の帷の切れ目から覗き込んで、思わずこう叫んだり
      しないようにー「やめて、やめて」
女2 ??, ??? ???. ?? ?? ? ??? ?? ??? ?? ???? ? ???.?, ???. ??? ? ? ??? ??? ??? ??. ???? ??? ?? ? ?? ? ???? ?? ?? ???.
      《マクベス》よし、心は決まった。あとはからだじゅうの力をふりしぼって事にあたるのみだ。さあ、奥へ。晴れやか顔つきでみんなを欺くのだ、偽りの心を隠すのは偽りの顔しかないのだ。(小田島雄志・訳)
女1 (日本語)あの戸を叩く音は、どこだ? どうしたというのだ、音のするたびに、びくびくしている? 何ということだ、この手は? ああ! 今にも自分の眼玉をくりぬきそうな!大海の水を傾けても、この血をきれいに洗い流せはしまい? ええ、だめだ、のたうつ波も、この手をひたせば、紅一色、緑の大海原もたちまち朱と染まろう。(福田恒存・訳)
女2 (手話)ごめんなさい皆さん、
   いつものことですのよ。なんでもありません、
   申し訳ないのはせっかくの楽しみを台なしにしてしまって。(大場建治・訳)
女1 (英語)Avaunt and quit my sight! Let the earth hide thee!
   Thy bones are marrowless, thy blood is cold;
   Thou hast no speculation in those eyes
   Which thou dost glare with.
   What man dare, I dare;
   Approach thou like the rugged Russian bear,
   The armed rhinoceros, or th'Hyrcan tiger,
   Take any shape but that, and my firm nerves
   Shall never tremble. Or be alive again,
   And dare me to the desert with thy sword;
   If trembling I inhabit then , protest me
   The baby of a girl. Hence, horrible shadow,
   Unreal mock'ry, hence!
      《マクベス》出て行け、消えろ! お前は土の中のものだ!
      お前の骨に髄はなく、血は冷えきっている。
      そうやって睨めつけているお前の目には
      ものを見る力などないはずだ。
      男にやれることならなんでもやってみせる。
      毛むくじゃらなロシア熊の姿で出てこい、
      角で武装した犀、ヒルカニアの虎、
      いまのその姿でさえなければ、おれの筋肉は
      微動だにするものか。生き返って戻ってきてもいいぞ、
      それで剣を抜いて無人の荒野で決闘を挑んでみろ、
      少しでも震えるざまをみせたら、乳くさい小娘と
      ふれて回るがいい、失せろ、恐怖の影法師、
      存在しないまやかしの姿!
女2 ???? ? ???
      見えたとは何か?
女1 (日本語)マクベス、マクベス、マクベス。
   マクベスはけっして滅びはせぬ、かのバーナムの森の樹が
   ダンシネーンの丘に立つ彼に向かってくるまでは。(小田島雄志・訳)
女2 (手話)まだここにしみが。
   消えておしまい、この忌まわしいしみ! 消えろと言うのに! 一つ、二つ。さあ、いよいよやるべき時刻なんて地獄は暗いんだろう! なんです。あなた、なんですか! 軍人だというのに、恐れたりして! だれが知ろうと、恐れることがありまして!私たちの権力をとがめるものがありまして? ! それにしても思いもよらなかった、あの老人にあれほどの血があろうとは。(小田島雄志・訳)
女1 (英語)What is that noise?
女2 ??? ?????.
      侍女たちの声のようです。
女1 (日本語)おれは恐怖の味を忘れてしまった。
   以前には、夜の叫び声を聞けば
   五感が凍りつき、恐ろしい話には
   髪が命あるもののように総毛立った
   ものだった。だが恐怖という恐怖をなめ尽したいま、
   殺戮の思いに慣れ親しんだこの胸は、どんな悲惨にも
   驚くということがない。(大場建治・訳)
女2 (手話)なんの騒ぎだ?
女1 (英語)What is that noise?
女2 (日本語)なんの騒ぎだ?
女1 (手話)なんの騒ぎだ?
女2 (英語)What is that noise?
女1 ? ?????
      (ハングル)なんの騒ぎだ?
女12 なんの騒ぎだ?
女2 なんの騒ぎだ? いったいなんの騒ぎだ!
女1 (ゴミ回収車の音楽の口真似)……
女2 えっ、早いやん、不燃物? 可燃物やたかなあ。資源ゴミや、どないしょ、間に合わへんがな。(と、消防車のサイレンの口真似)
女1 はい、救急車です。急性アルコールの方はどこですか?
女2 あかん、串かつ、油かけっぱなしや。あわてるな、騒ぐな。
女1 (パトカーのサイレンの口真似)……
女2 冷静な対応を! 市民の皆さん、騒ぐんやない!
女1 騒いでいるのは(と、女2を指差す)……
女2 あたし?
女1 そうや。
女2 あんたのほうが声おおきおまっせ。
女1 はいはい。
女2 ハイは一回。
女1 はい。
女2 ところで夜遊びはどこな? 門限過ぎてるやろ。ええ加減にしてもらわなな。
女1 失礼ですが……
女2 ストップセンテンス。そのフレーズの後は聞き飽きた。「失礼しました。御見それいたしました。お許しくださいませ、お代官さま」云々。お城も見えへんのに、そんな常套句(城東区)は、あのな、市内ならまだしも、河内なら何とする。
女1 結構がんばって、ついていっていますが、先見えへんのやけど。
女2 人生先見えてて、何の因果か応報か。語る世間に鬼がいて、救う仏も浮かばれる。そやろ、若造、素直にそやおいい。
女1 そかなと思うけど、ほんとは訳わからんやん。
女2 娘!(間) 素直にそやおいい。
女1 本当にそのとうりです。
女2 返す踵が軽すぎる。惜しいことしたな、次は生娘(間)素直にそやおいい、やったんゃで。
女1 最近、無理はしませんのや。
女2 ……チェ・ジュウさん。
女1 はい。
女2 無理しっぱなしやないか。
女1 人生、その通りでおます。
女2 この火盗改め鬼の平蔵最後にもう一度聞く。お加代、夜遊びときたら、火遊びとなるが、それに相違あるまい。
女1 はあ?
女2 この期に及んで、しらをきりやるか。火遊びを昼にして何とする。アバンチュールにならへんやろ。忍んでこそや。
女1 どうでもええけど、そういうことやないやろ。
女2 言うにことかいて、メザシを頼んだわたしはどうなんの。
女1 なんかいま、ごっつうホップした。
女2 昨日な、飲み屋でビールのあてにあてはメザシ頼んだんだス。オッちゃん、メザシ一つ頂戴。シラーや、二十四や。
女1 キビシーイ、六四、二十四で無視やな。
女2 解説すんやない。
女1 で!
女2 頭の髪の毛、黄色と黒に染め分けたオッちゃんが、視線メニューに投げやんの。しゃないから、思いっきり「優勝!」ゆうたった。
女1 バンザーイ!
女2 オッちゃん、声さらに張り上げて「優勝メザシ、一丁!」
女1 バンザーイ! ……まあまあや貸して、貸して。(と、女2の応援グッズを取り、着けて)、あてはよう分からんで、「三十一番」一つ頂戴、って頼んだんだ。たったの三十一円。
女2 掛布の背番号三十一。
女1 何出てきたと思いまっか。
女2 まさか?
女1 そのまさかですがナ。小鉢に入りきらへん、すき焼き用の大きな麩が一つ。どうせえゆうんや。そらまあ、歩は一兵卒で安うおますが、
女2 あのなあ、掛麩ゆうぐらいやから、なんか掛かってんゃろ。
女1 はいな三十一番。そこでんがな。オッちゃん小鉢手に持ち、あての頭見ました。髪の毛睨みました。青海苔しこたまパッパ、パッパ、パッパでハイお待ち。本物の掛布がきたらどないすんや、髪の毛ないで、青海苔振りかけへんてかい。
女2 そらないやろ。
女1 坊さんが来たらどないすんのや、禿やないぞ、髪の毛あんぞ、剃りあげてるだけやないか。
女2 ねえちゃん無茶ゆうたらあかんわ、そんな店あらへんやろ。姉歯のオッサンが来たら鬘やて見抜いてパッ、てか。そんなことゆうたら、掛布はんおうじょうしまっせ。
女1 ほんまやて。
女2 ほんまやったら、うちのいうのもほんまや。火遊びときたら夜遊びになるやろ。で、薪をくべたのは誰や。
女1 薪くべた? 何でここで焚き火の話しになるんや。
女2 この火盗改め鬼の平蔵を甘く見ると、痛い目を見るのは、お豊、その方やぞ。
女1 お豊? お加代から、お豊にいつなったん。もうすきにジャンプし。
女2 薪くべ、薪くべ、薪くべと、人身を煽り、国家転覆を企む輩は、その方に相違ないか!
女1 へえへえ、相違おます。
女2 この期に及んで二言を申すか。
女1 何のことかいっこうに。
女2 ええい、ならこれに見覚えがあろう。(と、弔電を出す)この訴状によると、夜毎「薪くべはけっして滅びはせぬ、バーナで森も焼き尽くせ」と、奇声が闇夜に響き、とある。お志乃、どうだ。二言はつけまい。
女1 それいうんなら「マクベスはけっして滅びはせぬ、かのバーナムの森の樹が」や。めちゃくちゃ訛ってるやん。
女2 ついに吐いたか! どうや、少しは楽になったと思うが、全部吐いてまえ。えっ! そのバーナの森とはどこの裏山のことや。
女1 マクベス、マクベスやて。
女2 発音悪いんちゃうか。
女1 マクベスッ!
女2 発音違いと温情を指し示したが、それもならぬとは強情なやつめ。
女1 ほんまやて、マクベスやて。
女2 ほんまほんまと、聞き飽きる。どこにほんまばっかリつまってる人生がありますんや。そんなんや、成り立ちませんやろ。ええな、ウソも真の人生ならば、咲いてみせまひょ空花よりも美しく、騙る心は痘痕も笑窪の方便と、言えぬあの世は今日のうち。まいどまいどと会釈を預けて行過ぎる。ぼちぼちでんなと受けて流すは淀川で、流れて揺らめき舟を押す。もうまるで、まごうかたなき映して漂う白雲や、ないかいな。だからもう、風に柳と吹く身の上に、ほんまほんまと、いきせききって棹差すな。
女1 なんやよう分からんが、無理してるのはようわかる、気がする、と思うわ、たぶん、そうやろ。
女2 それや。
女1 雰囲気は何とか分かるような、思いはなんとか、ここまで来るけど……
女2 はっきりせんちゅうこっちゃ。
女1 まあ、
女2 ほんまかどうかわからんちゅうことやろ。
女1 そうやな。
女2 やっと吐く気になったか。では素直に申すがよい。薪くべる裏山とはどこや。
女1 マクベス。
女2 ああ、パーや。なけなしの韻を踏んでまで苦労したんや。
女1 マクベスはどうゆうてもマクベスやろ。
女2 二度も三度もまったく、シェイクスピア翁の作なることぐらいは、知ってるわい。この火盗改め鬼の平蔵、何度も甘く見ると巾着袋だ。(と、巾着袋を出す)この巾着袋を、ただの巾着袋と思うなよ。ほれ、ここのこれ切ったら、どうなるか知らへんぞ。ならぬ堪忍、するが堪忍、それでも余る堪忍は、この巾着の中に入ってもろうてきましたんや。どや!
女1 やめてェ!
女2 やめてやと、ねえちゃん余裕やないか。
女1 あほらし、やめて以外なにゆうん。あほちゃうん。
女2 あんたそれはゆい過ぎや。人聞き悪いやないか。
女1 もう我慢でけへん。黙って聞いてるだけやと思わんといてや。
女2 あまりの展開に、頭にきたな。頭突っ込んで、そんなとこに入るんかい。巾着袋放りぱなしで、ほっぽいてどこに行く気や。このネタどうするん。
女1 ワイワイ、どや、どや。どや、こうする。(と、箪笥から靴下を出す)
女2 ようまあ、そんな都昆布、箪笥に隠してたこっちゃ。
女1 これどうしたら都昆布に見えるん。
女2 ブラブラ振ってみ。ほら、そんな箪笥預金はない。
女1 箪笥預金やない。見てのとおり絹の靴下や。シルクや。
女2 夏木マリがどうしましたんや。
女1 ごちゃごちゃいわん。闇夜に、絹を裂くよな女の悲鳴や!
女2 ついに奥の手出してから、自分で出されへんのやろ。悔しかったら、自分で出してみてみい。
女1 ええんやな。
女2 そんなもったいないこと止めとき。あたしが出したる。家でやと、なんなと使い道あるやろ。な、そうし。
女1 女が一旦、下着出したんや。もう止めれん。人生一度は、絹を裂くよな女の悲鳴の例えより、ホンマもんさせてもらいます。さあ、どのくらいの高周波でいきましょか。ご要望におこたえさしてもらいます。
女2 好きにせえ。
女1 この高周波、電磁層まで届けと、思いのたけで参ります。ホントに、参ります。
女2 またホントいいよったッ! あかん、あかんやろ。隠し弾だせゆうんやな。よろしおます。ご期待にお応えしまひょ。
女1 勘違いしてるやん。持って行くとこ間違ごうてる。品評会してるんちゃうんやで。
女2 どや(と、買い物籠から絹ごし豆腐をだす)。
女1 どやとはどや。
女2 絹は絹でも絹ごし豆腐や。おそれ入れ。
女1 恐れ入りました。絹の靴下に、絹ごし豆腐を、てらいなく差し出す、その発想と勇気に恐れ入りました。
女2 一言多い。
女1 明日の朝の味噌汁の具や。その豆腐さぞ名のある絹ごし豆腐やろなあ。さすがやねえ。どこで買うのん。ひょっとして、大豆よりニガリが超一級品ちゃうん。当たりやろ、当たったやろ。隣近所とは訳がちゃいます。海洋深層水からの恵み「にがり靖国 」。
女2 お園、おばちゃんの特技を教えようか。
女1 結構ですのやけど。
女2 遠慮いたすでないない。
女1 めっそうもおまへん。
女2 長らくお邪魔したのう。もうすぐ失礼をいたす。さて、何を隠そう、わたしの特技はこの豆腐の角で、頭をカチ割ることさ。できるなら、ひとこと、ついにひとこと「あ、痛い」と叫びたいのさ。畳のメを汚すが、堪えてつかあさいよ。マイ、フレンド、救急車はいりまへんで。
女1 何考えてん。
女2 色々、一杯。
女1 ちゃうやん、そんな豆腐の角で、頭をカチ割ってやで、どうなんのや。そらまるで、あれやん、つまり、その、変人以上やん。
女2 天才か?
女1 すんなり言えたら、ゆうがな、つまり、だから、分かるやろ。ええいクッソ。
女2 だからッ、思い切れッ! どうや、こうして無心にこの柔肌の一点に目をやると、身もだえすんやろ。その身もだえを思い切らなあかんのや。見てみなはれ、このなんともいえん、三次元のコーナー。人生そのものやなあ。互いに九〇度でガップリ四つや、いやガップリ三つのミステリアストライアングル。身動きとれまへんのや。身震いしてしょうない。行き場を失い、引くに引かれず立ちすくむ。人生やなあ。涙やなあ。笑いやなあ。情念が渦巻いてるなあ。ゆうに言われず、涙した朝もあったはずや。わかるで、ようわかる。泣くに泣かれず涙をかんで、こぼす笑顔がほろ苦い。思わず叫びたい瞬間もある。そらそうや。そうやろ。なそうやろ。
女1 なにゆうてん。豆腐の角の他愛もない話しを、面白おかしくすんのも、ほどほどにして、はよなんとかし。
女2 山折哲雄はんかてゆうてるんや。日本近代の壮士節は、山田晋平に引きつがれ、古賀メロディーによって甘くささやかれたが、その情念はついに美空ひばりによって完成された。これが演歌や。わたしの身もだえを、ついに思い切る、この思い切るのが情念や。情念はやがて己を物語る。そうして、この他愛もなく見えるかもしれない、切ない人生が、身震いする物語によって浄化されんや。いわく言いがたいはかなさよ、例えようもないもののあわれよ。わたしの愛してやまぬ無常よ、すべてを語りつくせ。(間)なんかいえ。
女1 すんなり言えたら、ゆうがな、つまり、だから、分かるやろ。ええいクッソ。
女2 ここまで持ってきたんや。今日こそなんとかせえ。あんさんが今日用意した、絹の靴下は宵闇の水面に映る満月や。
女1 そんなことあらへん。あたしの高周波は電磁層を突きぬけ、満天の煌く星座へ乱反射のごとく交信をかわすのです。電波の赴くままに……
女2 水面に映る満月は舟浮かべたらおわりや。
女1 (ついに、買い物籠を漁る。意を決して買い物籠を掲げる)でも。でも、でも……それでも……、
   ポッカリ月が出ましたら、
   舟を浮かべて出掛けませう。
   波はヒタヒタ打つでせう、
   風も少しはあるでせう。
   沖に出たらば暗いでせう、
女2 櫂から{ルビ したゝ}滴垂{/ルビ}る水の音は{ルビ ちか}昵懇{/ルビ}しいものに聞えませう、
女1 ――あなたの言葉の杜切れ間を。

      中原中也「湖上」から引用

女2 そんなに揺するんやない。
女1 この大阪のおばちゃんの買い物籠はそんな舟でありました。
女2 そうやトム、そうや(「トム・ソーヤ」)
女1 まじめに。
女2 このまじめなおばちゃんを捕まえて、なにゆうん。
女1 では生真面目に。これは大阪のおばちゃんのそんな買い物籠でした。
女2 大阪のおばちゃんがその籠持つからこそ、大阪のおばちゃんは大阪のおばちゃんなのか、その籠が大阪のおばちゃんを仕立てるのか、籠が属性か、大阪のおばちゃんが属性か、それは、華やかな、長い、それでいてあつかましい、栄光の大阪のおばちゃん史の暗部に隠れ、後先ありません。
女1 では、いわばこれは大阪のおばちゃんそのものですね。
女2 まっこと、御意。
女1 そんな大阪のおばちゃんの懐に、水が滴る櫂を挿し、それでも漕ぐ手は止めないで、上に下にとかき回しませう。そうして取りい出だしますは、これ、「黄金のゾウリ」であります。
女2 あんさん、お国は?
女1 河内です。
女2 そこでは、薄揚げさん「黄金のゾウリ」ゆうん。
女1 いいえ。
女2 でまかせゆうたらあかんわ。
女1 常光寺界隈向こう三軒両隣では、小さい頃から「金のぞうり」と言いました。
女2 そんなアホな、笑われまっせ。河内音頭16ビートで踊られへんて。
女1 常光寺の本尊は地蔵菩薩です。お稲荷さんではありまへん。お揚げさんはお供えできまへん。そこで、南北朝時代の御世の昔から、お地蔵さんのお御足を守るため、この「金のぞうり」をお供えするのです。
女2 へー、ようできた、ホントのようなはなしやな。
女1 いま、ホントといいましたね。
女2 えっ?
女1 そんな返し文句は、「黄金のゾウリ」のまえでは、からっきしです。

      女1は女2の左手に「黄金のゾウリ」を置く。

女1 さあ、絹ごし豆腐に「金のぞうり」を履かしてください。
女2 えらいセンスやなあ。
女1 おばちゃんの発想ではついてこれまへんか?
女2 どうなっても知らんで。厚揚げならまだしも、巾着になって、お餅に成済ました絹ごし豆腐が鰹出汁に染まるなら、ああ、やっと帰れたその巾着の、堪忍袋の緒を切るが、それを承知でええんやな。
女1 覚悟の上です。
女2 それでは参ります。マイ、フレンド、畳のメを汚すが、堪えてつかあさいよ。
女1 自信があります。今夜はそんな気がしてます。絹の靴下から、突拍子もなく呼び出して、てらいなく差し出す、勇気に満ちた絹ごし豆腐の情念を頂けたら、そいつにのしをつけてお返しできるかも知れません。
女2 南無八幡、えべっさん。お願いしまっせ、メリケンはんッ!

      と同時に、女2はすばやく左手の薄揚げを、右手の絹ごし豆腐に重ねる。続いて同時に、両手の天地を逆転。下から左手、薄揚げ、絹ごし豆腐となる。女2は左手を掲げている。
      同時に、音楽。

女1 それが「黄金のゾウリ」です。絹ごし豆腐が「黄金のゾウリ」を履いているのです。最高やないですか。それこそ、ついに美空ひばりの向こうにたち現れたれた、もう一つの演歌の可能性の姿です。今絹ごし豆腐は情念と化し、身もだえしながら思い切ろうとしています。
女2 えっ、ウソー。
女1 大阪のおばちゃんには見えへんのですか?
女2 見えるとか見えんとか、そんなお話しやないやろ。大阪のおばちゃんはここで感じるから、それで十分や。
女1 そうです。よくできました。
女2 ありがとさん。
女1 できるなら、プルルンと、少しだけプルルンと、震度3.5でプルルンとッ
女2 プルルンッ! どうや?

      何も動かない。

女1 もう少し強く。
女2 あいわかりました。それではプルルン!
女1 プルルン!
女12 プルプル、プルルン!

      ここでプルルンと動いたのは、女1と2であった。

女1 身もだえをふん切って、思い切ります。マグニチュード7.1で

      同時に、音楽。

女12 プルプル、プルルン!

      今度は、絹ごし豆腐がプルルンと動く。

女2 プルルンやで、プルルンや!
女1 おばちゃん、思い切った!
女2 身動きとれまへん。身震いしてしょうない。
女1 身震いしているのは「黄金のゾウリ」を履いた絹ごし豆腐です。
女2 なんともならん。
女1 おばちゃんの思い切りと絹ごし豆腐の身もだえがブルルンです。
女2 ブルルン!
女1 語り始めましたか。笑っていますか?
女2 人目には可笑しかろう。だが、自分では笑われへんわい。
女1 泣いているのですか。
女2 どっちか言えば泣きたい気分や。
女1 泣いてください。

      女2は泣く。それは文楽の義太夫語りの、あのあきれる程ためた泣きでいある。

女1 お待たせしました。豆腐の角で、頭をカチ割るのは、今です。
女2 (絶叫で、豆腐の角での頭のカチ割り)!

      音楽、カットアウト。

女2 あ、あ……
女1 見えますか。
女2 何が?
女1 大阪城が、バーナムの森が、倒壊した高速道路が……
女2 あ、あ、あ……あかん。痛ない。豆腐の角が欠けてもた。
女1 聞こえますか。
女2 何が?
女1 それは、つまり、踏み切りの音が、カントリーソングが……
女2 キャーッ! ウソ、なにこれ、ツーと伝わるこの冷たいもん。
女1 えっ?
女2 何ということだ、この手は? ああ! 今にも自分の眼玉をくりぬきそうな! 大海の水を傾けても、この血をきれいに洗い流せはしまい? (と、豆腐の雫をペロリ)
女1 情念みせて、もっと語り!
女2 優勝メザシ!
女1 なんなんそれは?
女2 分かった。単純やん、出会いがしらはあかんわな。この買物籠持つの忘れるとは、まあ何とおこがましい。不遜でありました。まったく失礼小金治。
女1 なにゆうてますん。これ大阪城やろ。感じたやろ。バーナムの森が動くんなら、大阪城かて動くゆうたんはあんたやろ。
女2 これ大阪城なん、何となんと(南都雄二)。大阪城が黄金のぞうり履いてんの。
女1 ……おばちゃんあんた、違う言い切れるん。
女2 ひえー!
女1 語の真の意味で、違うと論証できるん。
女2 ひえー! 、それは詭弁やん。
女1 詭弁を逆手にとって、それは大阪城でおます。
女2 この黄金のぞうりの上に鎮座ましますと、あたいがトマトを載せると、これはトマトであって、すでにトマトでなくなるのでしょうか。トマトソースでもいいのですね。すると、絹ごし豆腐はいつ大阪城になったのでしょうか?
女1 それは戻り値なしの詭弁のブラックボックスです。
女2 三度、ひえー! ついにこの黄金のぞうりは変数ですか? 変数値が日本だとすると、それは日本であって、すでに日本ではないのですね。思わず標準語してしまいましたが、それは大阪であって、すでに大阪でないのですね。これはそんなソースコードでありましたんですか?
女1 天神祭りの宵宮に……
女2 天神祭り?
女1 あてがな、菅原道真はんお迎えに上がり、お旅所にお御連れする、御迎船の舳先のお迎人形やったころ、大川の水面に映る大阪城はものごっつう綺麗やったなあ。ところが大阪城はん、水面でゆらゆら揺らめくだけやないんや。御迎船動くやろ、すると大阪城はんも、一緒に来るんや。そんなあほなことあるかいて、奉安船に、供奉船にも、奉拝船にも聞いてみたんや。するとみんな、大阪城はんご一緒に、後ろきてはりまっせと、口をそろえてこともなげにいいよる。驚くには驚いたが、大阪城はんもお供をするとは、さすがは天神祭りや、船渡御やと感心したもんや。
女2 そう思うたのは、あてだけやおまへんで。氏子総代、浴衣仕立てでお参りに来ていたみんなかて、そうやったと。
女1 通天閣かてゆうた。
女2 なら、水面の上に、なけなしのわずかな思いを投げて、川底見上げた夜空に、あんたはいったいどんな星を出したんや。。
女1 バーナムの森が動くんなら、大阪城かて動くと。
女2 確かにゆうた。ゆうたことになるんやろうな。
女1 そんな、それは無責任やん。
女2 オープンソースは、自己責任はあるが、あんたへの責任あらへんわい。
女1 もてあそんだな。
女2 もてあそばれたな。
女1 それでも大阪城は動く。
女2 アイスピック代わりにカチ割り氷作ったこの頭が、豆腐の角で、カチ割れたら、きっとなんでもみえるやろうと、あんたに大見得切ったのは、この大阪のおばちゃんや。
女1 あてには見えへんのや。
女2 バーナーで焼きつくすんは大阪城か?
女1 そうやな、なくなるんやから、動いたのかも知れまへん。
女2 お忍っ、ついに吐いたな。
女1 もうええて。火盗改め鬼の平蔵受け継いで、今夜はいつもと違って、とっておきの絹の靴下で、あんたの十八番の絹ごし豆腐を導き出しました。そんな絹ごし豆腐に「黄金のゾウリ」を履かせることがでけたのは、修行のたまもの、それもこれも大阪のおばちゃんのおかげであります。感謝申します。申しますが、動かへなんだ。
女2 お仙っ!
女1 ……
女1 半身阪神ファンの田淵はんっ!なんですか。
女2 半身阪神ファンの田淵は、半信半疑の田淵でもありましたが、ご無沙汰している間に、全身全霊の田淵となりました。
女1 全身全霊の田淵はん。
女2 はい仙ちゃん、何ですか?
女1 プルプル、プルルン! はなぜだめだったのですか?
女2 それはお応えできまへん。環境が違います。
女1 環境?
女2 仙ちゃん! 自己責任でやってみますか。
女1 自己責任で!
女2 今日もまた「あ、痛い」といえへんかったこの全身全霊の田淵に成り代わり、一言「あ、痛い」とゆうてみまへんか。
女1 まいどです。
女2 不肖この全身全霊の田淵、音頭とります。よろしいか。
女1 お願いします。
女2 ええー、さてこの場の皆様へぇー、ちょいと出ました私は、お見かけどおりの若輩で、ヨーホイ、ア、エンヤコラセー、ドコイショ……
女1 はよせえ。
女2 黄金のゾウリ、お履かせくだはい。行けーッ!

      と同時に、女1は新しく買い物籠から出して用意していた左手の薄揚げを、右手の絹ごし豆腐に重ねる。続いて同時に、両手の天地を逆転。下から左手、薄揚げ、絹ごし豆腐となる。女1は左手を掲げている。

女1 いかがでしょうか。
女2 まあ、そこそこではないかと。
女1 では、プルプル、プルルン! 行きます。
女2 まって!
女1 え?
女2 右手に!
女1 右手に!記憶の向こうに! 忘れ去れぬ憤怒をッ。
女2 これや(と、イカリソースの容器をテーブルの上に置く)
女1 え?
女2 クラスや、継承し。
女1 意味わかりまへん。
女2 人生わからんかことはしこたまあります。いちち、すべてわかったら、細木数子の商売上がったりや。
女1 イカリ、ソースですね。
女2 色々あるやろ。肝心なのは、プルルンで体ゆすったらあかん。揺するのは絹ごし豆腐。あんたの体動いたら、その容器の中身が動くからすぐ分かる。ええな。
女1 はい。一つええですか。
女2 何ね、仙ちゃん!
女1 見てくれはいかがでしょうか。
女2 あんた何に拘ってるん。
女1 視線に晒されるこの想像力は、コミカルですか。それとも、そこそこ絵になっていますやろか。
女2 知らん。だれも見てへん。でもな、世間のみなさまには訊かんとき、黙っとき。いろんな誤解を生んでもしょうないで。とりあえずその自意識には笑顔で応えとき。
女1 無矛盾ではないのですね?
女2 豆腐にソースは、矛盾ではないわな。少々の違和で、二の足踏むわな。
女1 少々の違和感に耐えて見せます。
女2 仙ちゃん! あんたなんか文句あんのやろ。それでもごちゃごちゃゆわん。
女1 はい、こうなったらこの身もだえを、黄金のゾウリを履いた絹ごし豆腐に送ります。そんな身もだえを豆腐の中で、プルルンと揺らめかせてごらんに入れましょう。ブルルンにプルルンを増長させ、臨界点のその瞬間、絹ごし豆腐が思い切ったその瞬間を見切りましょう。それは豆腐の角に、この頭を預けた瞬間です。見事、絹ごし豆腐の角で、この頭カチわってご覧にいれましょう。そのとき私の情念は「あ、痛い」と語るのです。
女2 今の仙ちゃんなら、きっと出来る。
女1 全身全霊の田淵はん、それでは自己責任で参ります。
女2 お供します。
女1 (間)プルルン!

      と、音楽。女1は豆腐の角に頭をぶっつける。

女2 プルプル、プルルン!

      と、女2も豆腐の角に頭をぶっつけた。

女1 あ……
女2 あ、あ
女1 あ、あ、あ……
女2 仙ちゃん!

      女2はすでに豆腐から頭を離している。

女2 頑張らんかワレ!
女1 あーっ!
女2 ……
女1 あい、あい……
女2 聞こえん。もっと大きな声で!
女1 あい、あいッ!
女2 愛では地球救われん。「あい・た」や、「た」た抜きすんやない。あいた、で血を流せ。
女1 出来るなら、「た」が出ぬ悔しさで額の上から血の涙を流したいほどです。
女2 仙ちゃんそれや。まだ、その絹ごし豆腐、額から離すんやない。いま仙チャンは身もだえしてますんや。静かにそっと、てらいなく絹ごし豆腐に思いをはせてみて。聞こえるやろ、絹ごし豆腐の呟きが。聞こえるはずや。それを、あんたの口で物語っておあげ。絹ごし豆腐の身もだえを浄化してあげな。あんたしか、でけしまへんのや。ここでて行きたいんやろ。畳のメともおさらばや。
女1 全身全霊の田淵のおばちゃん。
女2 目えつむるんやないで。息止めろ。
女1 全身全霊の田淵はん! ……国家とは。
女2 なんやて、こんな時になにてんごゆうてんや。笑われへんて、そんなギャグ、東京弁に任しとき。死語、死語や。
女1 死語のようなギャグに付き合ってきたんはあたいや。国家とは!
女2 後藤はん! それはあたいの台詞や。しっかりしい。
女1 あんたの口癖、物まねしただけや。なんか知らんが、今のうちなら応えられる気するわ。いつものようにがまんするから、やって。
女2 知らん。
女1 お別れすんのが怖いんか? もうこうして二十年も三十年も付き合うてきたんやから、これが潮時やろ。
女2 なに意地はってんや。畳のメ、そのテーブルの下残ってんで。あんたには重とうて一人で動かされんやったんやろ。知ってんで。ズーと「一緒に動かして」て言いそびれてきたの知ってんで。おみとうしやて。
女1 それでも、ホンマモンやって。
女2 息止めろ。ホンマ、ホンマとゆうんやない。国家が、国家足りうる骨格としての属性とは。
女1 一つとして軍隊。
女2 さらに!
女1 一つとして貨幣。
女2 さらに!
女1 一つとして権力。それがすべてです。これらの鉄扉面を剥ぐとそこには恐怖という二文字が静かに眠っている。これをロマンという。
女2 ……模範的な解答ありがとうおました。どんな本読むとそんな骨董品みたいな、呪文に出会うんだす。天牛にかてそんな古本もうないで。そんな暇あるんやったら息止めろ。
女1 なんか息苦しいわ。
女2 後藤!
女1 全身全霊の田淵はん、なんだすやろ。
女2 仙ちゃん、そんなんや大阪城は動かへん。息止めな動かへん。
女1 誰も、動くと思うてへんがな。わかってるて。もうええて。やっぱり、「あ」で、「い」やったんやて。
女2 そんなもん、軽くうちゃって、軽やかにジャンプすんや。
女1 軽くうちゃって、軽やかにジャンプ……

      女1はガクリと崩れ落ちる。ソース、絹ごし豆腐、薄揚げはそのまま。
      この女1の「ガクリ」と同時にオルゴールの音静かに入る。

女2 軽やかにうっちゃてな、ジャンプせなな。琴ヶ浜の内掛けを見事にかわして、大見得切ってもええで。そうすると、バーナムの森が動いたくらいやから、大阪城かて軽く動くやろ。そら動かんかったら、あんたの方から、近づいてったり。なにゆうてんや。詭弁やあらへん。動くというのは運動の問題やあらへん。相対的な位置の問題やから、距離がちじんだゆうんは、関係が変化したということだっせ。それが動くゆうことだ。しかしやな、この奥の手使うと、後先わからんなんので、結果を保証でけへんゆうんが、なんともならんとこで、人にはよう勧めんのやけど、それでもかまんゆうなら、そらもうあんさんの勝手だすさかいにな。ようは、あんじょう気張ってもらわなならんとゆうことですわな。

      オルゴールがやけに物悲しく聞こえる。
      女2はオルゴールの流れるなか、豆腐を食べる。

      ;【 注記 】文中のハングル・マクベスは姜姫止さんによるものである。また、大分弁は藤野茂子さんによる。謝意を表します。

[  7 章  ]

      オルゴールの中、女1、2はそのまま居る。

女2 もしもし、どないしましたんや。こんなとこで居眠りして、風邪ひきまっせ。しっかりしなはれ。
女1 ……
女2 まあまあ、そらなんだ。手の上に御揚げと冷奴載せて、まさか、あんさんその口ん中にお味噌入れてんやないやろな。こらまた、あんさん家のお味噌汁の出汁はソースですかいな。そう、ソースなんどという駄洒落は、辺見まり。それともイタ飯系。
女1 ……
女2 なんなん、その変に尊敬した眼差しは。
女1 おはようさんで。どちらさんですやろ。
女2 はいおはようさんではありまへん。まだ日い越してまへんで。
女1 で、御用は?
女2 いや、そう直球投げられても。いや、見るからに、ダイエット成功したんやなて。スリムになったやん。何キロ落ちたん。
女1 七キロ。
女2 ウソこけ、ごまかせるんなら、こんばんわ。
女1 どちらさんですやろ。
女2 語呂巻力。
女1 え? どちらの?
女2 語呂巻ときたら、NPO落語会の力や。それくらいは分かるやろ。その力がきたんや。ラーメンもってきたとでも思うたかい。
女1 まいど。
女2 オイド。
女1 もうかりまっか。
女2 マッカリは鶴橋でっせ。まあ、ぼちぼちでんな。
女1 ようお越しいただきまして。
女2 眠たい眼で礼いわれたない。
女1 おや、伝さん、まあおあがり。ささ、こっちすわんなはれ。相も変わらずブラブラ遊んでるっちゅうやないか。それはいかんで。そいで今日の用向きは。おや、手土産に饅頭持ってきてくれたとは、下心がありそで、なさそで、ウッフン。というてもまあ、あたしは、ウニも大トロも嫌いなんで、どうしょもなりまへんな。とゆうてもせっかくや、すまんが伝さん、手水もらいまひょか。
女2 意気込みはあるよやけど、「饅頭怖い」と「手水廻し」一緒にやっては、それではどんならんやろ。しょないな。まあ、お座り。稽古つけまひょ。
女1 よろしゅう、おたのもうします。
女2 何やいな、おまはん。もう忘れたんかいな。お弟子連れてくんやないから、まず座るまえにその座布団返さんかいな。お客さんに、気を新たにしてもらうんやな。
女1 こら、えらい、えらいすんまへん。
女2 お客はん追い帰すんか、手前に返さんかい。むこうに埃まうことになるやろ。
女1 こらまた、重ね重ね、えろうすんまへん。
女2 侘びだけは一人前になってからに、気ィつけなはれや。
女1 へーい!
女2 で、どういう具合やったんかな。
女1 へい、あてはどうも、枕ゆうのがにがてでおます。これをなんとかマスターして、そこそここなしたいと、そう思うてます。
女2 で、その枕の後に演劇落語、舞踊落語、スポーツ落語、架空落語、文学落語、喧嘩落語、シュールレアリスムス落語、チャット落語のどれやりたいんや。
女1 こらまた、えらい仰山おますんやな。
女2 嗜好性の話をしてんやがな。
女1 いえいえ、枕ゆうても、色気の話とちゃいます。
女2 なにゆうてん。
女1 めっそうもおまへん。その上、伝兵衛師匠にネタでお手を煩わしては、さらに申し訳おまへん。出来ますんなら、この枕ふりで一流になりたい、こう思うとります。
女2 そんな落語があるかい。あるんなら、修学旅行ぐらいや。
女1 その心は……
女2 枕投げは、まあ大目にみましょう。
女1 今の出来は上中下でいいますと、
女2 なんやと、その突っ込みはオーバーランやぞ。
女1 何をおっしゃいますか。言い過ぎでも行き過ぎでもおまへん。さすがやなあて、上方落語界でも、今の切りかえし、瞬時にはなかなか、国宝級やて思いましたんや。
女2 ほう、そか。まあ、それほどでもないでー。
女1 謙遜も一流でおますなあ。
女2 そか、そかそか。で、枕そこそここなすとはどの程度や。
女1 どういいますんか、そこそこでおますよって、それをどの程度やゆうと、これまた……
女2 そんなんや、枕抱えて討ち死にやど。なんなといいようがあるやろ。頭打って考えんかい、そやろ。
女1 へえ、
女2 ほなゆうてみ。
女1 こうまあ、座らしてもろうて、客つかむなりいじるなり……
女2 そんないじるなんちゅう、下品があるかい。
女1 こら、失礼おます。その枕の話芸を、語りの中に昇華させとうおますんや。
女2 で
女1 枕ん中で語りつくそう思うとりますんやが……
女2 それがどうなんや。
女1 いやそらまあ、ハッキリしたことは申しあげれんのだすが、こう座布団がフワフワと飛ぶんやないかと。
女2 なんの話しや。
女1 へい、
女2 そら、いやまあ、ヘイばっかりゆうて、屁こいてんとちゃうど。
女1 へい、座布団動かしさせてもらいました。
女2 もう動かしてるやないか、なんなと好きにせい。

      と、女1は座布団をテーブルの上に置く。そこに座る。

女1 えー、お忙しいなかのお運びをいただき、毎度の古い話で失礼します。きょうは、話によっては、このテーブルが空を飛ぶという、これまた飛んでるのに飛んでもないという一席をお聞き願います。でもまあなんですな、ボツボツ、年の瀬になりますんで、わたしだけでっしゃろか、なんとのう気ぜわしいなります。早いもんで……
女2 こら待たんかい。急に始めんやない。出囃子はどないしたんや。そこまで手え抜くこたないやろ。
女1 こらまた失礼しました。おーい仙公、ちょいと手を貸せ。仙公、師匠がお呼びだ。仕事だ、手あけて顔だしてくれ。
女2 お前さん、だれ呼んでますんや。
女1 へい、都合のいい同居人がおりまして、手伝わせますんで、少々お待ちを。仙ちゃん、急いでくれ、師匠お待ちかねだ。仙ちゃん!
女2 なにゆうとんや、さいぜんより誰も見かけしませんがな。ええからあんさん、やり。
女1 あいにく道具がおまへんさかいに……
女2 口でええがな。
女1 口三味線で。
女2 かまん、かまん。朝丸のでもやっとけ。
女1 へい。
女2 はい、それでは座布団返しました。

      女1は出囃子の口三味線を始める
      女1と女2はそれぞれ座布団を返す。女2は袖からの出の動き。さて女1は口三味線をしながら、箪笥を開けて羽織を出して着る。この羽織、女2が阪神タイガースの応援グッスとして使っていた、片割れである。

女2 えー、お忙しいなかのお運びをいただき、毎度の古い話で失礼いたします。きょうは、話によっては、このテーブルが空を飛ぶという、これまた飛んでるのに飛んでもないという一席をお聞き願います。でもまあなんですな、ボツボツ、年の瀬になりますんで、わたしだけでっしゃろか、なんとのう気ぜわしいなります。早いもんでんな。正月三が日はそう前やなかったように思います。歳とるほどに一年が早なりますんで、昨日が正月やったんゃないかと勘違いするお方もおりますやろな。こうなりますと、お年玉、毎日あげんならんわけで、羽根突きの羽根と同じで、お年玉落とす暇あらしまへん。
女1 まあ、これは冗談ですな。冗談で済まされへんのが、歳をとりますと、一日がいつまでたっても終わらん方も出てまいります。朝起きてご飯済ませますんやけど、昼時になりますとやはり腹すいてきますんやろ……
女2 ばあさんや、朝飯まだか?
女1 なにゆうてますんや。さっき食べたやおまへんか。
女2 ほうか、わしは食べたと思うとった。
女1 またてんごゆうてからに、食べた、ゆうてますやろ。
女2 そうやったなあ。やっぱり食べたのに食べへんかったか。
女1 えー、これを落語界ではゲーデルの不完全性定理・朝飯バージョンと申しますんですが、ここに赤の他人が入りましても、このお二人には無矛盾なものですから、どちらが正しかということを証明できないんでありますな。こうなると、証明できないということを証明してしまうという、何といいますんか、反科学的な結論になりましてな、厚生省がお手上げしてしまいよりましたんですわ。福祉行政の対象が行方不明になりましたもんやから、パンクしました。怖いもんですなあ。落語家の枕の二言三言で、天下の一省庁が解体してしまいましたんでおます。まあ、時の政府も面子がありますんで、いまでは厚生労働省と名前を変え、失地回復にいそしんでおると、人づてに聞いておます。これは極秘情報でおますんで、内緒にしておいていただきたいと、まあ、こう思うとります。
女2 すんまへん、そこのおばちゃん、冗談でおます。
女1 というのも冗談でおます。
女2 というのも反冗談なんで、そんなにあせると、株失敗しまっせ。
女1 まあこれに比べて、冗談になりまへんのが、上方の演劇の世界ですな。あれは軟弱でいけまへん。
女2 ほー、こらまた過激なお言葉。
女1 訳分からんのは、始末におえません。
女2 まったく話のネタにもなりまへん。
女1 ニコッとする方もござりまひょうが、声が大きかったら台詞が通ると思っている輩が多すぎます。また、間が悪いと間尺なくだめ出しする演出も居まして、まったく間の抜けた話で、いいようが、あれはありませなんだ。
女2 まァ!
女1 特に、テント芝居とゆうのが奥さんこの世の中にはそういうものもありますんですわ、これがもうどうもこうもいいようがありまへんですわ。お芝居を、こらもう完璧に肉体労働と勘違いしてます。汗かきゃいいというもんではありまへんわな。
女2 奥歯に苦虫挟んでゆうてんか。ズバッとゆうたらんかい。
女1 幟が風に揺れてまして、よう見えなんだけど「未知」とか「小」とかいう字がちらちらしとりましたわ。あら、吹き飛ばされんちがいますかな。
女2 そら「未知座小劇場」ゆうとことちゃうか? ホントかどうか知らんで。
女1 難儀なことにこれが、来年、数年ぶりに、テントで芝居するゆいはじめよりましてな、関係者が難儀しとるゆうのを、聞いとります。
女2 も一つ難儀なことに、俳優をオーディションで決めるゆうことで
女1 それはあかんやろ。他人を巻き込んだらあかんやろ。
女2 まもなく日時決めるゆうとりましたで。
女1 とはいうものの、
女2 まあそれもこれも、
女12  来年の話でおますんで、鬼が笑うて、へそで茶沸かします。
女12  ……

      と、女2はここで、阪神タイガース応援グッズの羽織を、高座の落語家よろしく脱ぐ。

女1 へーそ……
女2 こら待てワレ、おまんの実力からしてその「へーそ」の返しは、一昨日は眼えつぶろう。でもやなあ、ここで羽織を脱がんかい。あたしゃ、のんべんだらりと羽織脱ぐやつは、もうなんちゅうか、信じられまへんのや。ここ、ここやろ。枕もキリついたとこや。ここで脱がんのなら最後まで脱ぐな、
女1 へい。
女2 はよ脱げ。
女1 師匠、お言葉を返すようになりますが……
女2 なんや、脱がへんちゅうんやな。
女1 これはあたいのトレードマークですよって、脱ぐちゅうのはなんともはや。
女2 あんさん何様や。
女1 いつものように、純正阪神ファンの田淵だす。
女2 田淵はん。それは分かってますがな。
女1 ほんじゃ、なんでっしゃろ師匠。
女2 純正阪神ファンの田淵はん! ……
女1 はい。
女2 ……あい分かった。わては脱ぐ。

      と、女2はここで羽織を脱ぐ。たたむ。箪笥に仕舞う。それは女1が羽織を出したところである。

女1 いかがですやろ。枕並べて討ち死に、という具合にはまいりまへんやろか。落語が、枕で始まり、枕で終わる。そんな語りで、このテーブルを、見事飛ばしてみたいと……
女2 豚もおだてりゃ木に登る。役者はんは舞台で空を飛ぶ……いいますわな。ま、ええやろ、やってみせてもらいまひょか。そんで、もしもの並べる枕は、用意してんのかい。
女1 はい、そらもう。
女2 ほー、こらまた用意だけはええやないか。
女1 これでおます。(と、箪笥から林檎を一つ出す)
女2 なんやこりゃ。これが枕か?
女1 林檎でおます。
女2 見たままやないか。返す言葉に利子はつけなはれ。
女1 いまは、一つのただの、見たままの林檎でおますが、これが二つになったり、姿を変えたり。
女2 あんさん、落語家が手品しょうちゅうんかい?
女1 いや、タネや仕掛けはないんでおます。
女2 田淵はん、それはな、あんたのゆうてんのは魔法や。
女1 人智の及ぶ話しでして……
女2 田淵のおばちゃん、あんさんの話は、まったく要領をえまへん。つまりこの林檎が
女1 空を飛びます。
女2 手品でもなく、魔法でもなく。
女1 はい。
女12 ……
女2 やってもらいまひょ。
女1 ありがとおます。稽古よろしゅう願います。
女2 でけへん。あたしに出来るのは、ここで聞かしてもらうだけや。気兼ねのう、しっかり気張りなはれ。
女1 肝に命じて。
女2 田淵はん、この林檎なあ、枕になったら、やめてもらいまっせ。いや、枕ならそれでええんやないか。まあええ、討ち死に覚悟でいきなはれ。
女1 はい。

      と、女1はテーブルの座布団に座る。ワイヤーレスマイクをつける。

女1 参ります。CQ、CQCQ!

      と、音楽入る。

女1 CQ、CQこちら7MH、出力5鼻∋邯嚇吐犯信中、JE3……いやコールサインはありません。メリット5で極めてクリアな方、特にメリット1の混信中のあなた、タヌキなどやめて発信願います。
   てなことを二十年前はやっていましたが、いまは貴方も、私も片手で出来るネットラジオです。ネットラジオ局の開局時間が、今夜もやってきました。全世界の視聴者の皆さん。お元気でしたか? お変わりありませんでしたでしょうか。相変わらずの騒がしいシャンプーで、いや石鹸で、いやいや世間で、ホイホイホイ、快調のオヤジギャグ三段論法とばして、相変わらずのわたくしです。それでは、独断と偏見で選ぶ、田淵はんのお気に入りチャットのコーナー。まずは、チャットネーム大阪の後藤さんから。なになに、独立しました。遊びに来てね。パスポートもビザもいりまへん、そこんとこヨロシクッ! どうやら海外結婚で日本を脱出する模様ーです。ウソー、独立しましたが、国ではありません。わたくし後藤は、日本から独立した世界市民です。日本語表記住所、大阪府大阪市。皆さんも気軽に独立してね〜ェ。……
   こら後藤、もっと詳しく説明しろ。
   それではもう一つ。イギリス沖の北海、シーランド公国からのチャット。ヘイヘイ、わが国の国土は海の上、バスケットボールのコート程度、1967年9月2日に独立してからズーと快適よ。モジョ使えるようにしようかな? 独立記念パーティするよ。P2Pよ。こらわれ勝手にヘイヘイヘイ。
   おっと、後藤はん、イラッシャイ〜。なになに、もっと気楽に……国家とは、一つとして軍隊……

      と、ガリガリキーと混線音。

女2 CQ、CQ……こちら7MH、出力5鼻∋邯嚇吐犯信中、JE3……いやコールサインはありません。
女1 ブレイク、ブレイク。混線、混線やて。

      と、混線音やむ。この後、混線が起こり止む。

女1 少々焼け気味の田淵のおばちゃんです。面倒くさいんで音声チャットに切り替えます。登録IDお持ちの方、もうバンバンきて、バンバン。
   お相手くるまで、こちらから。ミチミチ道ちゃん聞いてますか。
女2 CQ、CQ……こちら7MH、出力5鼻∋邯嚇吐犯信中、JE3……いやコールサインはありません。……五尺七寸……いまだ出会わぬ多くの人々へ、来る日を夢見て試験電波を発信します。CQ、CQこちら7MH、出力5鼻∋邯嚇吐犯信中、JE3……いやコールサインはありません
女1 後藤ちゃんですよ。聞こえてますか? 途中でメンゴ、それは一つとして貨幣……一つとして権力、これらの鉄扉面を剥ぐとそこには恐怖という二文字が静かに眠っている。これをロマンという。言葉を変えれば恐怖とは情報のことですよ。ですから気楽に……
女2 クリアー5、いやクリアー1、このメッセージをメッセージ下さい。星座の煌く乱反射ににも似て、電波の赴くままに、メッセージ下さい
女1 ……わたしは今日まで生きてきました。一回コッキリの生しか生きることしかできないながら、だがそれを、決して他人とは取替えのできない固有の理由で。あなたもまた、そのようにして大いなる流れの中で、美しい沈黙……それはあたかも、いま漆黒の闇に閉ざされながらも(天空高く一本の指を大らかに突き上げる)ひとたび天空高く舞い上がればそこは満点の煌く星座、数え切れぬ星の輝きがあると信じられるほどの確かな思いを込めた沈黙……そのような美しい沈黙を秘めてきたのであろうと、わたしは今、そんなあなたに想いを馳せます。そこではあなたはきっと、十全に孤立し、自由に食べ、十二分にクソをし、そして考えて生活している個人でありたかったのだと確信します。ですからあなたは、勇気に徹しぬく諦念を、孤独という寂寞を、ものの憐れという憐憫をこそ、美しい沈黙に秘めさせなければならなかったであろうと推察します。ときあたかも、大いなる流れのなかで美しい沈黙を秘め、なおその美しい沈黙に、勇気と孤独とものの憐れを、あらかじめ名付けることを諦観してしまったロマンとして秘めることで、二重の秘め事を秘めてしまったもの言わぬ、それは大いなる流れではなかったのでしょうか。だが、いえだからこそわたしはあなたに宣告します。もう帰るべきロマンはないのだと、美しい沈黙と引き換えに、帰るべきロマンの通路は取り払われてしまったのだと。未だ命名されず無名性の中で佇む美しい憂愁の沈黙よ、大いなる流れとはかくもしたたかであります。
   ……
   だから、気楽にジャンプ。そして静かに一言「It becomes independent. 」。これですべてが始まります、かも。
女2 大阪のおばちゃん聞こえますか。
女1 毎度!
女2 オイド! で、それで、あの、そのやな……
女1 なんやねん。
女2 大阪城、動きましたか。
女1 ホイ、ガタンゴトンヤ。
女2 田淵はん、大阪城空飛びましたか?
女1 あんさん、そら環状線に乗ってみなはれ。
女2 またこの勿体つけて、腐りまっせ。
女1 はいはい。
女2 はいは一回。
女1 一二三で眼つむりなはれ。行きまっせ。一、二、三!

      と、音楽大きくなった。

女1 どや。
女2 待ち。
女1 どやて。
女2 あんた、聞きたいんか。
女1 別に。
女2 ほな、止めとくわ。
女1 イケズすんやない。
女2 そやな、
女1 ふん、
女2 まあ、これは言わずが華や!
女2 わーはっ……
女1 わーはっはっ……
女12 わーはっはっはっはぁっ……(笑い。その笑いは文楽の義太夫語りの、あのあきれる程長い笑いである)

      混線の音。

女2 ところで今日やろ。
女1 何が?
女2 ああ、しらばっくれて。インターネット投票や。締め切り今日やん。結果でたんやろ。聞かせて。
女1 それでは、全世界の視聴者の皆さん、お待たせしました。あなたの、あなたの、そしてあなたの待ちに待った、発表の時間です。ファンファーレ。
女2 え? (と、ファンファーレ)……
女1 集計結果第四位6431、河内音頭「河内十人斬り」、第三位6433「レット・イット・ビィ」。
女2 ヨッシャー! 来た来た。浜風に乗って来い。
女1 第二位6440、「六甲おろし」。
女2 なんなん、途中経過ではなかったやつが一位になったんか。そら可笑しいで。
女1 え、ここでお知らせします。この第二位の「六甲おろし」、その健闘を称え、わが国の応援歌と決定しました。
女2 ヨッシャー! ヨッシャー!
女1 では、栄えある一位、カントリーソングの発表です。
女2 (と、ファンファーレを弾く)……

      この女2のファンファーレの中、音楽と混線音が大きくなる。女1の発表曲名が聞こえない。また音楽等元に戻る。

女1 ……(手話で「ヘイ・ジュード」と言わざるをえなかった)
女2 拍手!
女1 それでは……
女2 あのな、この曲まだ著作権あんのんとちゃうん。つまり国家行事のたびに著作権経費発生することになりまっせ。大きな財政負担やで。(と、演奏の準備)
女1 それは大丈夫や。亡くなった日から数える、著作権切れの期日は、明日でちょうどになります。
女2 そう。
女1 それでは国家斉唱をして、今夜のネットラジオを終わります。ではシーユー・アゲイン!さようなら、グッバイ、またね、再見、ティアーモ、ティアーモ、ティアーモー(手話で「さようなら」、ハングルで。広東語で、イタリア語で、フランス語で、ドイツ語で、スペイン語で……語等々と続く。メルシー、アモーレ!アモーレミオ! ティアーモ、ティアーモ、ティアーモ〜!

      女2は演奏。女1は歌う。

      ♪もうおさらばさ、
      おもいなやむのもいい
      軽くジャンプして、
      流れに掉さすのもいい
      軽くいうのさ またな、おさらばさ
      歌ってみろよ別れのうた
      軽くジャンプするのさ、
      気楽にね 波乱万丈

      ♪外はきっと青空さ
      空をみあげるまでは
      誰にもわからない
      軽くジャンプしするのさ
      気楽にね 晴天の霹靂

      一番が終わるころレコード「ヘイ・ジュード」が入る。林檎にライトが絞られる。
      この中、演奏をやめた女2は退場。

女1 シーユー・アゲイン!さようなら、グッバイ、またね、再見、ティアーモ、ティアーモ、ティアーモー(手話で「さようなら」、ハングルで。広東語で、イタリア語で、フランス語で、ドイツ語で、スペイン語で……語等々と続く。新潟公演では「みっちゃん、また! 」が入る)メルシー、お久しぶりでした。皆さんお変わりありませんでしたか。お元気でしたでしょうか?またいつか、どこかでお会いしましょう。アモーレ!アモーレミオ! ティアーモ、ティアーモ、ティアーモ〜!……(手話で「さようなら」)……

      と、林檎にライトが絞られるなか、女1は退場。
      間。
      枕が適量数ドサと上部から落ちる。
      と、同時にレコードの二番に差しかかっていた音楽が、急激に小音。
      と、同時にCO2。
      と、同時に場が明るくなる。
      やがてレコード音大きくなる。「枕」と「林檎」に光絞られる。
      音楽の続く中、やがて暗転。

      幕                                 (05.08.20)

[  あとがき  ]

 久しぶりに台本のこのスペースに文字を置くことになる。心情としては、久しぶりという感じはまったくない。何かが持続しているか、そう装うか、事実はまったく違うのか、今のところ定かではない。さし迫られてする整理にゆだねることにしたい。
 さて、ご多分にもれす、この台本はパソコンのエディタで起こした。
 ワープロソフトを使わなくなって久しいが、縦書きのできるエディタになかなか出会えず、MacのエディタからWindowsの「秀丸」等々渡り歩き、今回はシェアーウエアの「QX」で仕上げた。縦書きのできるエディタはいくつかあったが、この「QX」が馴染んだということになった。また、目論見としては、音声入力で台本を仕上げる、というのも掲げたのだが、これは環境設定がままならず中途で挫折の憂き目をみてしまた。
 これらはさておき、台本執筆にワープロソフトやエディタを利用するようになって困りつづけたことは、編集履歴が思うように残せないことであった。こまめに別版でバックアップを行えばいいのであるが、やはりついつい、保存は上書き保存となり、細部の編集履歴は残りにくい。つまりは、意思や、試行の経緯がみえないのである。これを何とかしたいということも、今回の目論見であった。
 試行錯誤の結果、LinuxでCVS(バージョン管理システム)サーバをたて、WindowsからCVSクライアントアプリケーション・WinCVSで話をするという、台本のためのCVS環境構築をおこなった。これは見事に成果をみた。台本の各版は二百数十ほど版を重ね、これらのすべての変更編集比較を可能とした。
 細部の報告はここでは割愛するが、大阪演劇情報センターでは、これらのシステムサーバ環境を、演劇関係者に無料で利用していただけるようにした。機会があり、希望であれば試していただくことは可能です。また、今回の私の台本書きをシュミレーションとするなら、本格利用の準備は整ったことになる。詳細はご連絡ください。

 あとがきを借りて、二三報告しておきたい。
 今回の企画『大阪物語』は、来年(2006年)のテント公演を明確に射程した一環として位置付けられている。ありていにいえば、この展開の中で、テント公演の展望が理論的にも人的、経済的にも出せるのかどうかということである。この経緯での『大阪物語』である。
 また、この公演は『{ルビ かがり}鹿狩{/ルビ}{ルビ みちぞう}道三{/ルビ}追悼公演』と銘打っている。
 鹿狩道三は新潟の演劇人であった。われわれ未知座小劇場のテント公演に数回の出演があた。無理をいって迷惑をかけたり、楽しく遊んだ。享年四十三歳、若くして逝った。昨年のことであった。
 ここに居る私は『大阪物語』を書くということが、どう追悼たりうるのか、という枷をはめることとなった。これは、彼とともにわれわれが抱えていたであろう演劇的課題を、歩一歩進めることになるのだが、彼が独自に、その現場で抱えていたであろう演劇的課題を、となるとそれには自信がない。ただわれわれが、彼とともに幻視していたであろう演劇的課題に対し、幾ばくかの、今はまだ定かではない仮説を、提示できたのではないかとする。そのような少しばかりの自負を、やがて打ち砕かれることもあるだろうが、この文章を読んでいただいているあなたと、いまは亡き鹿狩道三に、静かに差し出そうと思う。
 私事になるが、これはべつに奇をてらってのことではなく、ペンネームを「闇黒光」、演出名を「河野明」とした。この事態はすすでに「闇黒光」が成立した初期の意志に戻ったに過ぎない。それは「闇黒光」が個人のペンネームではなく、台本執筆者の表象であった、というのが経緯である。たまたま他の方が、使う機会がなかった、ということになってしまったのであった。思えば、この表象が想起されたのは三十数年前、埴谷雄高の『闇のなかの黒い馬』が出版され、近くの踏み切りで女子大生の投身自殺があった、その日のクラブハウスの情景は、今でも記憶のなかで明瞭である。
 余談は幾多あるが、要は演出の責任性をこれまでと違った形で、明瞭化してみるということである。今後はこれでいくことにしました。
 最後に、台本の原稿用紙の升目を埋めている最中に、左記の引用文を、関係者に送る事態になった。よりよく書いて送ることが出来なかった。制限字数が百二十字なのに千二百字と思い込んで書き始め、極端に縮小したりもした。この「あとがき」をかり、めめしくも今となって修正しようというわけである。左がその提出した文の引用である。正確には百二十字と千二百字の中間に位置したものである。

   『演技について』
     -- 大日本演劇大系『大阪物語』にそって --

 演技について想うとき未知座小劇場では、物語について考えること、それは行為することのリアリティーへと通じる錯誤に思いをはせることになる、という縛りの中にあるが、これらの仮説はやはり架設であるので、ここ『大阪物語』では次のように命題化することにした。
 無駄は演劇営為たりうるか?
 言うまでもなく、ここには「無駄なことをしても意味がない」や、また「他にやることがあるではないか」といった思いが隠されている。これを近代主義的な発想として切り捨てることは容易いが、文化云々はさておき「演劇とは大いなる無駄である」ということはふまえるしかないであろう。
 で、試行されるのは標準語の「関西語」化と、国歌の「レッツ・イッツビー」と「六甲おろし」の選択決定である。
 こうして『大阪物語』の幕はあがる。

 この文に立ち入ると、迷路にはまるので、違う「大日本演劇大系『大阪物語』にそって」をメモ風に書き留めることで補足としたい。
 私はこれまでの自身の台本を、大鉈を振るってその世界をみると、ベケットの『ゴドーを待ちながら』のウラジミールとエストラゴンの世界に視線を置いたように思う、としよう。で、今回の『大阪物語』で初めて、ついに現れなかった、ゴドーの側に視点を置いたように思われる、としよう。
 この文を綴りながらの、一般化の誘惑を受け入れてしまうが、つまりベケットの『ゴドーを待ちながら』の「ゴドー」を観念とすると、それは「希望」であったりまた「情報」等々であったりする。これは、作品論として、まあ置いておきたい。だが、『ゴドーを待ちながら』をマンガとりあえず「マンガ」と言っておきますとして読むと「ゴドーさん事故にあって間に合わなかったんだ」等々となる。これを類型化すると、

  々圓にいけなかったゴドーさん
  行く気のなかったゴドーさん
  自分をゴドーさんと思っていないゴドーさん

 これらのいずれにも興味が尽きない。が、最悪はい法屮Ε薀献漾璽襪肇┘好肇薀乾鵝廚ゴドーさんと思っていないゴドーさん、という究極を、置く場合である。までに止めておくのが幸せである。仮にい鬟瓮咼Ε垢領悗澄▲押璽妊襪良坿袷汗定理だといい始めると、もう収集がつかないのでいやになる。いやになるが、興味が尽きないのでこれまたいやになる。
 『大阪物語』ではゴドーは大阪のおばちゃんとなった。十年前なら、まったく違った大阪のおばちゃんになっていただろう。いや、大阪のおばちゃんではなかった、というのが正確だろう。
 もちろん、このように設定して台本の執筆をしたわけではない。最後の「幕」という字を置いた時点での事である。明日になれば、きっと様子も変わるというところでの話しである。そのようなことなので、ここでいう「大鉈」を「いいかげん」としていただくと幸いこのうえない。

 で、この思いのブレをなんとかするために、以下の自身の文章を、資料として記載することで、ここでいう重ねての補足である「あとがき」を閉じたい。
 なお、この拙文も同じく、台本執筆中のものであった。
 最後に、筆を置くまえに、少々、自嘲の感を免れ得ないと黙視してきた「コンポジション16」について若干。もちろん抽象絵画の祖といわれるカンジンスキーのコンポジションからの引用である。引用といえば実におこがましい。カンジンスキーのコンポジションという作品は、No,15まで書きつがれたとするなら、その、16が『大阪物語』であるとする、ほとんど身のほど知るための、ささやかな決意である。それはまた「大日本演劇大系」としてのマニフェストである。『大阪物語』をカンジンスキー論として展開できる日の来ることを、祈りつつ……  ;(2005.08.20 記)

  大日本演劇大系・番外『独戯』

[ 登場人物 ]

     男   
     女   
 コーラス隊

[ 目次 ]

  [ 序  力場      ] ・・・・・・  083
  [ 一  口調と逸脱   ] ・・・・・・  085
  [ 二  歩行      ] ・・・・・・  086
  [ 三  晒す      ] ・・・・・・  086
  [ 四  飲む      ] ・・・・・・  087
  [ 五  位置     ] ・・・・・・  087
  [ 六  笑い      ] ・・・・・・  088
  [ 七  位置◆    ] ・・・・・・  089
  [ 八  道行き    ] ・・・・・・  092
  [ 九  出刃包丁    ] ・・・・・・  093
  [ 十  電話     ] ・・・・・・  094
  [ 十一 電話◆    ] ・・・・・・  095
  [ 十二 電話     ] ・・・・・・  099
  [ 十三 電話ぁ    ] ・・・・・・  099
  [ 十四 語り      ] ・・・・・・  100
  [ 十五 関係      ] ・・・・・・  103
  [ 十六 ラジオから手紙 ] ・・・・・・  109
  [ 十七 ラストシーン  ] ・・・・・・  111
  [ 十八 フィナーレ   ] ・・・・・・  114
  [ 十九 後記      ] ・・・・・・  115

[ 序 力場 ]

      大日本演劇大系とは何か。まずこれは冗談ではなく、多くの問題を抱えながらも、ある意思を内包させた位置と意味を持つものとしてある。もうー度いうが、これは冗談ではない。

      イメージプランとして語るしかないというのが、現在の位置というしかないのであるが、それはさておきまずは発想を、演劇という一つの文化の範喘から放つが、その演劇を相対化する。相対化する者の力量にその作業は規定されつつも、演劇という一つの文化を相対化する位置を獲得する。換言すれば、発想は自然展開として演劇を射程しない。この位置から演劇を、われわれが展開してきた芝居を総括する。
      この総括の指針と仮設は、自身の身体である。
      この内実の展開こそ大日本演劇大系の舞台である。
      つまりは、その軌跡はあまたある演劇の、あるいは演刺史の総括である。それを称して、われわれは大日本演劇大系と揚言することにする。
      さて、そのとき、われわれは演劇が演劇である磁場に留まっているかどうかは、いまは何も語れない。ただいえることは、先は長いということだけである。
      上記は、意思を諭として成立させようとするマニフェストといっていいが、今回の舞台を射程し、それをドラマツルギーとして概略することで、力場を閉じよう。
      四畳半とはなにか。それは日本そのものである。思想的にも、場としての成立のしかたとしても、四畳半の拡大再生産こそ、日本という概念である、なにかに大きく譲って戦後と言い換えてもいい.ここで論証する暇はないが、われわれの身体がその結果であるとしてもいいであろう、
      極論すれば、四畳半の概念の本質とは天皇制であるのだが、その天皇制とはまったく関係のない今上天皇の崩御が昨日であった。
      さて四畳半は宙にうくであろうか。あるいはどのように宙にうかないであろうか。そこに割り入って、何かを仮設しようとする身体が、役者たらんとする身体である。
      論としてではなく、生きてみようというのである、
      ・・・・・・・
      客入れである。
      音楽が流れている。あの懐かしのビートルズ。三十分程の特集。
      下手のテレビからはビートルズ主演の映画がながれる。
      そこは四畳半。しかしデホルメされていて客にそのようには感じられはしない。ただ圧
      倒的に長いテーブル。番傘二つ。独、戯とそれぞれ艶やかに描かれている。
      袖幕が奥行をだして一二袖まである。
      袖幕各中央よりには竹が立っている。
      さて、テーブルにはアップルが一つ二つ。勿論これは物理的にリンゴであると同時に、
      レコード会社のアップルでもある,.あたかもビートルズのLPジャケットの’ように、それは置かれている。
      ズボンとシャツそれなりにある。
      酒の瓶転がっている。
      電話器がある。
      マイクとヘッドホンの着いたラジオカセットある。
      出刃包丁がある。

[ 一 口調と逸脱 ]

      音楽ビートルズの『レボルーション』にかわる。
      音楽フルボリュームヘ。光りはつれて溶暗。
      暗転のなかテレビから臨時ニュースを告げる音。音楽CO。
      アナウンサーの声(男の声)割り入る。音楽の画面電源が入ったまま真っ白になる。
      台詞入るとゆっくりと男にスポッドが入る。
      テープからそれなりに流れていた男の声を、生の声で乗っ取り、ある方向への逸脱。
      逸脱のエネルギーと力の展開。

男  臨時ニュースをお知らせします。臨時ニュースをお知らせします。謹んで臨時ニュースを中し上げます。昨年から引き続いて、各方面からの心配を集め、成り行きが見守られてまいりました御容体は、一時は小康状態を取り戻したものの、昨夜未明容体は、虎ノ門病院で危篤状態ヘと急変し、直ちに面会謝絶が宮内丁から発表さるなか、医師団の手厚い看護の甲斐もなく、昨夜未明、お已くなりになりました。謹んで発表いたします。昨夜未明、今上天皇ヒロヒト老衰のため崩御!
   これに伴い直ちに内閣から政令布告、何人たりとも遊戯、遊行、遊芸、嗜好、享楽、快楽の類はつとに慎み、みだりに外出せず。すみやかに喪に服すべし。汝臣民は耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍べよ。
   これより番組は追悼番組となります。

      うずくまっていた男、すでにヌック七立ちあがっている。

男  謹んで臨時こユースを申し上げます。昨夜未明、昭和はその落日を告げたッ!

      同時に、下駄と竹の杖で大きく踏み肘す。下駄と杖の踏む音一発。
      同時に、水前寺清子の『涙を抱いた渡り鳥』が大きくCI。
      照明は激変。

[ 二 歩行 〕

      竹の杖、下駄、白無垢は動く。
      独自の腰の移動。それによる休勢。重心移動の発見。
      男は長いチーブルの上を歩き始める。
      音楽に乗って、歩くという行為を展開する。

[ 三 晒す ]

      風呂帰り。
      男のいでたちは、赤い六尺褌。白無垢を羽織る。竹の杖。高下駄。手には風呂道具。頭はは入道。その順に日本手拭で鉢巻き。休は白塗り。

[ 四 飲む ]

      テーブルに腰を下ろす。洗面器から力ツプ酒を三つ。一つ開けて一気。もひとつ開けて三口で飲む。「ああIっ」と絵もいえぬ飲みっぶりとその音。三つ目のアルミの蓋に手をかけるが、そっと置く。二つの空いたコップをすすり、指で拭き舐める。

[ 五 位置  

男  (笑い)ごちそうさまでした、風呂上がりにかけつけ三杯いくまえのこの二杯目の幸せを咬みしめる優しさに拘るとき、腹八分、過ぎたぎるは及ばざる、及ばざるは過ぎたるにあらず、覆水盆に返らず、考えるは三文の徳、考えざるは三文の損、どうでもいいけど布団敷く前に便所へ行け、もひとつおまけで見かけた美人は三歩下がってツバ付けろ、それでもやっぱり金だけは落ちたものでも挨拶励行……人生そんなこんなの格言が、歴史を越えて遠い嘘のように思えるのは、このわたしだけでしょうか。いえいえ、言いわけはご無用。なんたって一飲みした後のこのスルメを咬みしめるおじさんの思考回路は、それはもう新潟の冬でありました。落ちを自分でいうのも、耐えられる年ごろですので、一筆啓上、辺り一面雪で真っ白、汚れを知らぬ、純白の乙女のようなすがすがしい朝なのです。拝啓、いささか回りくどい落ちでしたが、少ししだけ可笑しかったらにこりとか、そよよとか、くすくすとか笑っていただくと、いささかこのわたくしも、話す張り合いというものが出てまいります。

      笑い。
      と、竹の杖を物干しサオにし白無垢をかける。

[ 六 笑い ]

      悲哀と共に情感のごもった笑顔と笑い。
      快活な笑いが何かを思い出したような笑いになる。決まる。
      間。
      快活な笑いが何か悲しい笑いになる。決まる。
      間。
      快活な笑いが何か怒った笑いになる。決まる。
      間。
      笑いながらタオルを絞る。ボタボタと落ちる滴。合わせて深いため息。なしくずしに笑い振り切るようにタオルをバンと鳴らす。クルリと背を向ける。
      「パン」と同時に音楽。すぐさまフルボリューム。光は背中のみ。
      ゆっくりとタオルを物干しにかけた。星空でも見るのだろうか、首をゆっくり上げた。
      男の自己への没入の過激さの展開。四畳半そのものがそこにある。
      哀愁に満ちた背中。

[ 七 位置◆ 

男  考えるんじゃありません(音楽小さくなる)……、考えるなョ、思いをめぐらすんじゃない、考えるなというのに。そんな人生がどこにある。たかがスルメじゃないか。思うな、考えるんじゃない!……こうしてしていると、フト考えてしまう。考える程のことじゃない。なのに考えてしまう。そうするめえと思うのに。だから君の名前はす・る・め、なんちゃって(音楽は消えている)……咬みしめているのは、わたしの爪に火をともすように、つつがなくすごしたこの人生でしょうか。それとも、成就されることなく、あの失意のうちで、出て行きどころなく苦渋を砥めてしまった、青春の輝きとでもいうものでしょうか。グツグツと発酵し、ついに飽和点に達し、追憶に化けてしまった、青春の、もう一度繰り返せといわれれば、金輪際御免被りたいあの、栄光と、不安。若さゆえ輝くあの可能性と残酷の日々。ああ若さゆえ悩み、若さゆえ苦しみ、初めての口づけに、マイベイビイウォンチュ、ウォンチュシイユアゲイン。ああなんてスッパかったカルピス。それは青春の味。だがなあ、なめるんじゃねえ若造ォ。この俺はなあ、スルメー枚ありゃ、ニ升はお茶のこさいさい、女のけつだ。軽いっていってんだよ、それをなんだ、なんでスルメばっかしあてにするんですか、だと.ざけるんじゃねえ、こうして……咬みしめる人生、斜すに預けたカウンター、ゆらめくコップの酒に尋ねてみれば、まるでおでんに染みこんでしまった、ダシの味ににて奥深い話が聞こえてくるじゃねえか。そうだろ、それが立ち飲みの、赤いちょうちんに思い入れたコッブ酒の美学だろうが。咬みしめる人生捜すようじゃ、酒の味なんてわかりゃしねえんだ。人生なんてのはな、いいか、耳の六かっぽじいて良く聞けッ、恥ずかしさに耐えられねえから、一度しかいわねえッ。人生なんてのは八百八橋をけつから渡るようなもんだ。ああ恥ずかしい。顔から火がでる雨が降る。こんな自責の念にかられるのは、このわたしが若かりし頃、初めてラブレターを出した次の日の朝、鞄片手に息咳きって駆けていく、角のコーヒイ屋曲がった三歩目に、君が泣きそな顔でいたっけな。吹き抜けていくの.は朝のそよ吹く風でありました。君のうなじをそよそよふーっと吹き抜けてフエミニンシャンプーの香りがそよそよぱーっと、このわたしを包んだ時の恥ずかしさににて、ああ振り向かないで天下茶屋の人。若かったおじさんは歩道の敷き石はがして、手が血まみれになるまで穴を掘ったものさ。すると君がホホをリンゴの(リンゴを持つ)ように真っ赤にして、蝶蝶が豆腐にとまるような声で、若かったおじさんにだけに聞こえるように「おはよう」といったのさ。すると世界は「おはよう」でいうぱいになってしまい、穴に入りながら、心にポッカリおいた穴に、また若かったおじさんは入るしかなかったんだ。穴に入りながら、そんな少年の穴に入ってしまった若かったおじさんは、恥ずかしさと嬉しさを追い越してやってきたガキの処世術。誰から教えてもちったんでもないのだけれど、死んだふりをしてしまったのさ。いや、あのとき青春のまっただなかで、不安と恍惚に溺れながら死んだんだ。そのとき、若かったおじさんはリンゴでありました。そして幼心は発見した。火を吹くような、雨の降るような恥ずかしさで人は死ねるんだと。二重底の穴から這い出すのに、何年かかると思ってるんだ。人目に晒されるより恥ずかしいんだ。一度しかいわねえッ! なんだよその顔は、パンダがイカに墨ふっかけられてような顔しやがって、可愛くねえんだよ。八百八橋をけつからわたるに意味があると思ってんのか、意味なんて所詮ねえんだ。リンゴはリンゴだ。ほらこうして、酒のなくなったコップの上にこのリンゴを置きましょう。このフォルムを何と名付けましょうか。それは決まっています,これが人生です。コップは台ではありません。リンゴは花ではありません。二つの無意味が手をつなぎ、己の悲哀を咬みしめます。見つめるわたしはなんでしょか。慰めなんかはいりません,美しいとでもいいましょか。声をあらげて笑いましょうか。(と笑う。と同時にリンゴにかぶりつく)……(笑って、食べながら)そんな人生でも咬みしめてみると、これがやっぱり一つ一つ味があるから人生、涙流したって止められねえよな。だが若造、咬みしめる人生探すようじゃ一人前にスルメ咬んじゃねえ。そんなときはこダして、最後に残ったカウンターのつまみ、口に押し込んで(最後のワンカップを開ける)人生ふっきるように、一気に飲み干すんだ。そうだろう若造ッ,そうすりゃ人生咬みしめる暇なんてねえんだッ!‥だがおじさんはな、ちょっとだけつまみ残しておくんだ。最後の一ロ一気にあおる。フーッと一息ついて、コップをタンとカウンターに置く。そっと残したスルメを口に入れるんだ。そいつが赤ちょうちんの、    コップ一杯にかけた、立ち飲みの美学といわせていただけますかッ!
   ……本当はな若造ッ、人生咬みしめてるんじゃねえ、咬みしめる人生が在るわけでもねえ。この歳になると、忘れちゃいけない世迷ごとの一つや二つはあるもんだ。そいつを今夜も忘れまいと、こうしてスルメを咬むんだ。今夜のためにだッ!明日なんてわかりゃしねえーツ!(クルリと背をみせる)
   (間)……
   お前エーッ!(すでに正面をむいている)

      同時に音楽・沢田研二・『時の過ぎ行くままに』が大きくCI。雨がふる。

[ 八 道行き 傘と雨と出刃包丁と ]

      音楽・沢田研二『時の過ぎ行くままに』を曽根崎の森とし、傘と出刃包丁を携えた、そして居ない女との道行き。

男  お前エーッ!

      傘に走る。「独」の傘をさす。フラフラと雨のなかに行く。絵になるタメ。

男  お前エーッ

      フラフラと後ずさり。出刃包丁を取る。決意でヌックと構える。しかしまたフラフラと前へ出る。そこは雨のなか。傘さす手はなえ男は雨に濡れる。出刃包丁を握る手に徐々に力が入る。ゆっくりと出刃包丁を頭上にせりあげる。しかしまたフラフラと後ずさり。長いテーブルの一番奥。最後の何かをみての道行き。
      ゆっくりと前へ進む。

男  お前エーッ!

      ネオンやらが瞬き、車のライトが行きすぎるかもしれない。

[ 九 出刃包丁 ]

      傘を閉じる。雨は止んでいる。
      テーブルに座る。

男  (女で)ふしぎね。あのひと、信じきっていたものね。この世と、あの世のあいだには、深い川がながれているって。一度渡ったら、最後。二度と引き返せない川。それが境。ほら、こうしてって……の包丁、手に持って、喉首の前にあててさ……この手を、ちょっと動かしたら、その川が現れるのよ、こうして咽にあてると、もう水の音が聞こえてくるって……真顔で、あのひと言うんだもの。そのたんびに、わたし、ひっつかんでその包丁もぎとったけど、生きた心地がしなかったわ……
   なにかしてるときだって、なにかというと、ちょっと手をとめ、ぼんやりとしてるのよね。気がついて、声かけるでしょ。水の音を聞いていんだって。こうなのよ。そんなことがしょっちゅうだったから……しまいには、わたしもね、ほんとに、どこか、身近をさ……見えない川が、ながれているような気がしてさ、どきっとすることあったわ。水道の蛇口の水音にだって、下水の水が雨でながれる音にだって、つい耳澄ましたりしてるのよ、ほら、冷えるわ。おあけなさいよ。

      電話が鳴る。電話にスポット。
      照明一変する。

[ 十 電話  

      男、受話器を取る。
      受話器を耳につけず、見つめ合う間。

男  (受話器を放して)もしもし、ハイ、モシモシ、よくかけていただきました。二泊三日、あなたがハワイ旅行決定です。一言感想を。もしもし、ハイ、モシモシ、よく聞こえません。(受話器を口元に近づけ、大きな声で)大きな声でしやべって下さい。話がみえず聞こえないのですから、こうしていると、まったくわたし何をしているのか、ほとほと困ってしまいます。もしもし、ハイ、モシモシ、そうです、わたしが受話器を受話器として使っていませんでした。
   (無言の間)待てッ、ラーメンー杯で切るんじゃない(受話器を投げた)もうすでに問題は、ここがラーメン屋かラーメン屋じゃないかなどというのような段階にとどまってはいないのだ。状況を甘くみるんじゃない。ここでこの電話を切れば、わたしはこの日本に電話が登場して以降、あまたあったであろう、すでに無限の領域に達しているであろう聞違い電話のその原因のすべての罰と罪を、わたしの全存在を賭けて、脇目も振らずおまえに(と受話器を指差した)大いなる鉄槌を下すぞッ!だから切るんじゃない。これは天誅だだ。天誅と思い込め。人間やめるのか!? じゃ人間としての余裕と大らかさを持つべきだ。何をいっている。いますでに、問題は君(と受話器を指差した)の人間性が問われるという段階に達したのだ。怖いことじゃないか、たかが間違い電話などと思ってはいけない。こんな戒厳令下ともいっていい夜に間違い電話を発し、受けたという、それはもう共犯関係というささやかな秘密をもってしまったのだ。それがどういうことかわかっているのか。日本中が今夜も善良な市民として喪に服しているのだぞ。こんな共犯関係というささやかな犯罪を犯し、あすも学校が休みだといって喜ぶ小学生にも劣るぞ。なんといって言い訳するのだ。考えるだけで夜も眠れないじゃないか。わたしを不眠症にでもするきか。そんなことは許されることじゃない、いいか、わたしと君は、すでに人には言えぬ、二人だけの秘密をもってしまったんだよ。この電話はすでに盗聴されている、ここで電話を切ればこの犯罪は完結してしまうのだ。しかし切るな、そうすれば進行中の犯罪は、万が一に孤独な一人暮らしの弱者救済にならぬと誰がいえる。……じゃこうしよう。この厳粛な夜の、善良な市民に許されるささやかな嫉楽にしよう。いいか、きみがこういうんだ。「もしもし。こちらはNTTです。受話器の受信状況を調査しております。ご面倒ですが、遠くで『今日も快便、快食、煙草がうまい。わたしは日本人』といって下さい」というんだ。するとわたしは……

      男、走る。

男  今日も快便、快食、煙草がうまい。わたしは日本人!

      受話器へ。

男  どうでした、聞こえました。そうですよ、大きな声でいいましたよ。可笑しいなあ(また走る。大きな声で)俺の女房は死んだ。俺はしがない一人暮らし。帰ってきても一杯ひっかけ寝るだけよ。

      何度かやる。その行為はついに痛ましい。世界拡がる。

[ 十一 パロディー(電話◆法 

      この孤独な痛ましさは『王将』へと向かう。
      さてパロディーを辞書で引くと「他人の作品の形式・文体をまねて、風刺・滑稽化したもの。もじり」とある。ここでは自己切開をともなった自己批評を成立させる、と読みたい。

男  ああ……モシモシ……そうです、そうです!
   玉江! わいや。うン、うン、そうか、そうか、よッしやッ! お父ッあんがいうワ。電話の紐引っ張ッてお母あはんに聞こえるように……ああ? 構わん、構わん、いう通りしぃ!小春! わいはなァ、東京へ来とるンや、東京へ。関根名人はんにお祝い云いに行くンやちうたら、お前の気ィ悪るして、病気にも障るやろかと、それで黙って出て来たんや。堪忍してや!
   ……ええ? 判ったら何ンぞいわんかいなァ!
男・玉江 お父ッあん、お母あんなァ、物いわはるどころやあらへンねェ。お母あん……危篤状態なんだッせえ!
男  ええ? キトクーて何ンや、キトクーて? あ、モシモシ……モシモシ
男・玉江 お父ッあん、お母あんはなァ、もゥ死にかけてはるんだッせえ!
男  死にやせん、死にやあせん、わいが帰るまで死にやあせん! 関根はんに挨拶すんだら直にかえるよって、それまで生きとらなあかん!
   関根名人はん! 本日は、まことに……まことにお目出度うさんでござりまする。
男・関根 有難うございます。心からお礼を申しあげます。この度は、事情があって、私が先に名人を名乗ることに成りましたが……
男  ちょ、ちょッと待つとくんなはれ。まだ有りますねン云わんならんことが! わてはなァ、名人はん! 永い事……あの十六年前、始めて手合わせして貰ろうてから此の方、ずーッとあンたを一生の敵や、敵やと、憎んで憎んで……堪忍しておくンなはれ!
   そやけど、若し、'その憎い憎いあンたちゅう敵がなかったら、わてはとっても是れだの将棋指しには成ってしません。ほンまに有り難いこっちや、済まんこっちゃ思てます。それを一遍云いとうて云いとうて……
男・関根 恐れ人ります。その気持ちは私も御同様です。十年間、私もあなた一人を目標にして……
男  あ、あ!(激しく手を振り、遮り)も一ッ! まだもウ一ッ……
   あのなァ、名人はん、名人はん。今日のお祝に何ンぞと思もて、一生懸命考えたんですが、んせェ、わてに出来る事ッたら将棋、指す事と、子供時分からの草履作りと、その外には何一ッ知りません。それで、坂田が十三代名人はんのお祝いに差し上げられる物ッちゅうたら……(下駄をとる)えろう不出来ですけど、これでも十同年振りに手ェに豆一杯でかして一所懸命作りましてン。坂田が精一杯の気持ちだす。笑わんと、穿いたッとくなはれ!
男・関根 坂田さん! あなたという人は……

      座布団から下り、手を突いて。

男・関根 恐れいりました、坂田さん、貴方こそ名実ともに名人の位に就くべきお方です。
男  叶わんなァ、そないむつかしせられると……(笑い)小春ーッ! 死んだらあかヘンで!玉江ッッ、電話、電話、お母あんの方へ向け! わいが、良う良ういい聞かしたる! 
   小春ーッ! 死んだらあかヘンで! なァ、お前がおらんようになったらわい、一人でどないするんンや。ええ、わい一人、わい、一人で……
   死になやッ、死んだらあかんでェ! わいがなァ、わいが今なァ、わいがお題目いうたるから、一緒に妙見はんを念じてなァ……死んだらあかんぞウ………ええか、聞きや、いうでェ! なんみょうほうれんげきょう! なんみょうほうれんげきょ! なんみょうほうれんげきょう……

      と受話器を持った念仏はつづく。

男  そのように念仏ばかりとなえたければ、尼寺へ行け。尼寺ヘッ!
   このバムレットという男は、これで自分ではけっこう誠実な人間のつもりいるが、それでも母がうんでくれねばよかったと思うほど、いろんな欠点を数えたてることはできる。うぬぼれが強い、執念ぶかい、野心満々だ、そのほかどんな罪をも犯しかねぬ。自分でもはっきり意識しない罪、そういうもので一杯だ。このような男が天地のあいだを這いずりまわって、いったい何をしようというのだか?
   生か、死か、それが問題だとするなら、どちらが男らしい生きかたか、じっと身を伏せ、不法な運命の矢弾を耐え忍ぶのと、それとも剣をとって、押し寄せる苦難に立ち向い、とどめを剌すまではあとには引かぬのと、一体どちらが。いっそ死んでしまったほうが。死は眠りにすぎぬ……それだけのことではないか。眠りに落ちれば、その瞬間、一切が消えてなくなる、胸を痛める憂いも、肉体につきまとう数々の苦しみも。願ってもないさいわいというもの。死んで、眠って、ただそれだけなら! 眠って、いや、眠れば、夢も見よう。それがいやだ。この生の形骸から脱して、永遠の眠りについて、ああ、それからどんな夢に悩まされるか、誰もそれを思うと……いつまでも執着がのこる、こんなみじめな人生にも、さもなければ、誰が世のとげとげしい非難の鞭に堪え、権力者の横暴や驕れるものの蔑みを、黙って忍んでいるものか。その気になれば、短剣の一突きで、いつでもこの世におさらば出来るではないか。それでも、この辛い人生の坂道を、不平たらたら、汗水たらして登っていくのも、なんのことはない、ただ死後に一抹の不安が残ればこそ。こういう反省というものが、いつも人を臆病にしてしまう。決意の生き生きした血の色が、憂欝の青白い顔料で硬く塗りつぶされてしまうのだ。乾坤一擲の大事業も、その流れに乗りそこない、行動のきっかけを失うのが……しっ、(と再び受話器へ)気をつけろよ。そうして聞き耳を立てているその後ろで、キラリと短剣が光っていないと誰がいえる。
   そこだツ!
   やってしまって、それで事がすむのであれば、早くやってしまったほうがいい。そうだろうッマクベスッ! 恐れるなマクベス、バーナムの森が動きだすまでは。
   暗殺の一網で万事が片付き、引き上げた手元に大きな宝が残るなら、この一撃がすべてで、それだけで終わりになるものなら……あの世の.ことはたのまぬ、ただ時の浅瀬のこちら側で、それで、それですべてが済むものなら、先ゆきのことなど、誰が構っておられるものか。
   だから、いくらでも血を流すがいい、みじめな祖国の運命! 荒れ狂う暴政のあらし、思うぞんぶん国の岩根を揺るがすがいい、善も、もう貴様の力を押さえられぬのだ、さあ、いくらでも非道のふるまいに手を汚したらいい、苦情を言うものはどこにもいないのだぞ!
   違う、おれがやったのではない、よせ、血みどろの髪の毛をふりたててるのは。ええいッ!行ってしまえ、人をおびやかす影法師! ありもしない幻、ええい、行ってしまうのだッ!……(笑い)ならば、バーナムの森を動かしてみろッ!
   ……

      受話器を持った。

男  楽隊がいくわ……
   ああ、わたしのいとしい、なつかしい、美しい庭! ……わたしの生活、わたしの幸福、さようなら……さようなら……
   楽隊は、あんなに楽しそうにあんなに嬉しそうに鳴っている、あれを聞いていると、もう少ししたら、なんのためにわたしたちが生きているのか、なんのために苦しんでいるのか、わかるような気がするわ。……それがわかったら、それがわかったらね!
   ……

      と、なぜかマイクを手にする。

男  モスクワへ! モスクワヘ! モスクワヘ!

[ 十二 歌(電話) ]

      哀愁に似た視線を流す。

男  (急)歌います。

      マイクを使ってふっきれて歌う。

男  (急に)二番いきます。

      コーラス隊出る。
      音楽が終わると電話の切れた「ブー、プー」が大きくなる。
      男、受話器に近づき見つめる。

[ 十三 あしたのジョー(電話ぁ貌体の酷使 ]

      受話器を蹴る。
      コーラス隊は男のマイクを取る。
      男、コーラス隊からマイクを取りかえす。
      コーラス隊は男のマイクを暴力的に再び取る。
      入り乱れる。
      現象はマイクの取りあいだが、なにか悽惨。
      静かに『あしたのジョー』を始める。やがて……ここぞと盛り上がる。
      この『あしたのジョー』は、男がコーラス隊から袋叩きにあいながらということになるのだが、それぞれなにに拘っているのだろうか。

男・力石 立てえジョー! この力石とはっきり決着をつける気があるんなら、立つんだジョー! (と倒れた。そしてまた立つ)
男・力石 た……立った……理論を越えたけんか屋、不可能を可能にする殺し屋、野性の男矢吹丈!おれのすがたが見えるか! おれの声がきこえるかジョー! つぎは……いよいよつぎはおれの番だ!(よと倒れた)
男・矢吹 (殴りながら)なにをぶつくさうめいてやがる。その血鼻をふきながらのわらい顔はいただけないぜッ! おれはでえっきれえなんだ! やせがまんってやつはな!
   それどうした力石ッ!(と殴った)
男・力石 (殴られ)アワ、アワ……
   ふふふ、ジョーよ……いまのうちに心ゆくまで打っておくがいいぜ!
男・矢吹 それどうした力石! もうアッパーを打ってこねえのかっ!
男・力石 ふふ……どうしたねジョー、おまえのスェー・バックを見ていると少年院時代に青山がやったこんにゃく戦法を思い出すぜ。
男・矢吹 わかってるよ、そうでかい声はりあげてわめくなって……
男・力石 どうした。とび込んでこないのか。もぐり込んでくるんじゃないのか。

      アッパー一発、倒れる男。

[ 十四 語り・裏ゴドー ]

      静かに体勢に入る。
      さて、「語り」である。光源は釣燈寵だけであり、その位置と顔への用い方で世界は変化していく。

男  ……それはもぅ、違い違い昔のことでありました。人々の日々が日々の値を持つなかで、人々の生活を潤わせていた、わたしがヤマタイコクの卑弥呼のころでありました。
   ……それは私が、ちょうど十四の春の頃でありました。……ちょうど十四の春の頃でありました。ブ百年に一度咲くのは竹の花、咲けば不吉な世迷い言、わけのわからぬ繰言も、風の流れに咲き乱れ、人の噂も喉元すぎて百日目、あの人が病にみまわれたのは、そんな頃でありました。
   ……ありました。
   病の名は、(最前のヒロヒトの病名。確か腸閉塞)。不治の病で妙薬はなく、その噂は、あの人を人里離れた、山奥へ追いやったのでごぎいます。それは、ちょうど、こんな竹藪でごさいました。
   なぜ、そんな山奥の竹藪を知っているのかと、お申しでしょうか。それは、あの人と私は親が取り認めた許嫁、人目忍んで、日々の糧を届けたのは私だったのでごぎいます。それにしましても(最前のヒロヒトノ病名)は恐ろしい病でございました。眉毛は抜け、頭髪は次第に少なくなり、顔の原形はとめどなく朽ちてゆくのです。一二日と空けず通う私はなす術もなく、その変化を記憶に刻むしかございませんでした。
   そんなある日、山奥の竹藪にも竹の花が咲いたのでございます。花が咲き実が稔りました。ところが何ということでございましよう、野ネズミがその竹の実を食べ、またたくまに異常な繁殖を示し飴めたのでごぎいます 蓄生のあさましさか、その増えること限りを知らず、やがて樹木の幹ははがれバ葉はかしらね、はてはシダやコケもたべつくされ、それはまるで一夜にして竹藪一帯の山が丸裸になってしまったと言えばよろしいのでごぎいましょぅか。だが、野ネズミの増殖は止まりませぬ。節理は野ネズミたちを飢えさせます。飢えれば食を求めて動き始めます。だが、その野ネズミたちの行く手には、わがヤマタイコクがあったのです。わたしは踵を返し、その模様をわが民に告げ知らせたのではございますが、わが鬼遣は事ならず、能く衆を惑わさず、無念の数日が過ぎ去りました。
   だが節理は節理、日ごと人々の目につく野ネズミの数が増して来たのでございます、やがて民は、わが鬼遣を求め、その道を知ら・しむるべく侍り始めたのでございます、だが、あろうことか他の民は、野ネズミの来襲を山奥深く隠れ棲むあの人の、いや(最前のヒロヒトノ病名)のなせる業と語り始めたのでございます.確かに禍は、あの人の隠れ棲む方角からやってまいります。このままでは村が滅びるを前にして、藁にもすがる気持ちが、(最前のヒロヒトノ病名)を取り付くよすがとしたのでごぎいます。私が何もせずば、すぐにあの人はわが民に討たれ無念の死をとげるほかありますまい。私は考えました。しかし野ネズミの来襲を防ぐ道は……やはり……自然に打ち勝つには自然しかございますまい……この節理にたどりつくしかありませんでした。ならば、あの人が徒々殺されるより、闘うものをと考えたのでございます。私はすぐさま宮室へまいり、賢所で手にしたもの、それは南部十四年式拳銃。
   我を忘れ幾時ほど駆け続けたのでしょうか。夜の帳は落ち、日の光が無言の鐘と鳴り渡り、吐く息と踏みしめる足音だけが、後に残ります……
   あの人は無事でありました。野ネズミは避けて通ったのでしょうか。私もまた不思議なことに野ネズミの群れに会わずたどり着いたのでした。私はあのときあの人に何を言えばよかったのでしょうか……何も言えませんでした。南部十四年式拳銃を渡す私の手だけが、かすかに震え、あの人の目が月の光を受けて、物悲しそうに潤んでいたのを憶えております。私はいたたまれず、その場を立ち去りました。夜明けまで帰らねばなりませぬ。そんな振り返る暇などない私が振り返ったのは、もしやあの人は、南部十四年式拳銃を使って自殺をするのではないか、私がその銃を持っていった……私はあの人に自殺をすすめに行ってしまったのだ、という想いが脳裏をよぎったときでした。
   だが、振り返った私が見、開いたものは、南部十四年式の銃声ではありません。それは、月光をとうとう湛える谷あいの湖に、先を争って入水する野ネズミの群、集団自殺の叫びだったのです。
   私はそのとき、そのあり様を前に何を考えていたのでしょうか。何を想っていたのでしょうか、何一つ定かならず、野ネズミの集団自殺を見ていたのでしょうか。
   そんな私が、次に想い起こせることは、民を前にし、鬼道にたち向かう私自身の姿です。私は祭壇を見上げる幾多の民に向かって告げたのです。
   わが守護神はいま、その御心を開き、私に示しあそばした。野ネズミは神の使い、何者にも、その行く道を防ぐことあたわず、防ぐ心に邪は忍び入り、民を滅ぼす。邪をくらいさらいつくして行くわが使い、座して見届けよ、さらば、民の明日の豊熟危うからず。
   じゃがヒミコ、わが守護神に問う。わが民邪を持たず。守護神こたえていわく。ならば(戦前のヒロヒトノ病名)の者救え。救う道ただ一つ、(最前のヒロヒトノ病名)の者、その母と交い、その後、その母の血をすすれ.さすればその者、たちどころに元の若者とならん。さすればわが使い、村に現れず。

      女、奥の袖から「戯」と記した傘をさして登場。静かに歩く。

男  私の体力はそこまででございました。わが民が、何に向かって動き始めたのか、確かめる気力はすでにありませんでした。気を失ってしまったのでごぎいます。そんな私が幾日か後、目ざめたとき、私はそれまでのただのヒミコではなく、いいえ、ただのヒミコはもう死に、世界界は一夜にして変わったごとく、私はヤマタイコクのヒミコだったのです。何が破産し、何か成就したのか確かめる術もなく、竹の花が突如咲き誇ったように、私はすでにヤマタイコクのヒミコだったのです。
   ……ひさしぶりに二人で、お話できましたわね……何も窓わずに聞いてくださるだけであたしは嬉しい。さあ、まいりましょうか。

[ 十五 関係 ・物語論としての天皇制 ]

      女、前に進む。女は純白のウエディングドレスを着ている。白袋。

女  おじさん、ゴドーさん来れないんだって。
男  ……さあ、まいりましょうか。

      と、男はズボンをはく。

女  忙しいんだって。
男  いいんだよ。行けばわかるんだから、気を使わなくったって。
女  はいこれ手紙。
男  ありがとう。でもねそいつにはきっと、今夜はだめだから明日にしてくれって書いてんだ。だが今夜じゃないと、今夜じやないとだめなんだよ。それはわかっているはずなんだ。そんな手紙だけですませられることじゃないんだ。だって、昨日の今夜じやないか。それは誰だってわかっていることなんだ。それなのに……ヤッパリ行こうか(と傘をさす)
女  じゃ、置いとくよ(と置く)
男  行くんだろ。
女  ええ。
男  じゃ、俺も行くよ。
女  どこへ?
男  どこへって、だって行くんだろ。
女  ええ。
男  だったら一緒に行ったっていいじゃないか。
女  一緒に?
男  そうさ。一億総玉砕だったんだから。
女  イチオクソウギョクサイ?
男  そうさ、昨日のこと、いや一昨日のことじゃないか。だから、仮にわたしたちがそうしたって、なにが可笑しいもんか。
女  ふーんそうか。
男  そうさ、忘れるほどの暇は過ぎちゃいない。
女  ……だって、もう死んじゃったんだよ。
男  しゃべった。初めてしゃべったじゃないか。自分の意見。だろ?
女  えっ?
男  つまり、死んじゃったからああだとか、こうだとか、なにか本論をいいたかった、大事なことをだ。だが遠慮して口寵もった。そこでついわたしは我慢できず、しゃべった。そうだろ。そうに決まっている(と笑う)。
女  可笑しかった。
男  別に。
女  じゃ、悪かったかな。
男  別に。
女  じゃなんなの。
男  いいんだよ、気にすることはない。死んじゃったんだろ。何したっていいんだから、君だって例外じゃないんだから。
女  そういうもんなのか、
男  そういうもんだ。みんなそう思っていなくても、そうじゃなく、つまりやはりそうなんだけれども、動かし難くそうじゃないんだ。だからそういうもんなんだ。
女  それで?
男  それでって……つまり死んじゃったから。そうだろ。昨日と違うんだ。ということは今日と昨日は、いいかい、今までの今日と昨日とは違うってことなんだよ。たから、行こうっていってんだろ。行ったっていいんだよ。わかるだろ、ここに居なくったっていいんだ。
    ……なに考えてんだよ。
女  なにか考えているみたいでしようかあたし?
男  どうしてそうわたしの問いかけに対して、いつも自分の問いをこのわたしに向けるんだよ。そういう対話に疑問はないのか。
女  だから疑問だらけなのです。
男  もういい、行こう。
女  えっ?
男  行こうっていってんだよ。
女  どこへ?
男  どこへって……これじゃ話もなにもあったもんじゃない。
女  えっ?
男  ほらまたそれだ。そのことを話もなにもあったもんじゃない、といってんだよ。
女  それじゃ……
男  ウンなんだい?
女  それじゃ……
男  はい。

      音楽入る。

女  ……わたしは話もなにもあったもんじゃなかったら、きっとわたしはなにも話さなかったんだと思うんです。だから、わたしはこの時間を無為のうちにすごしたんですね、おじさんのあたしは。でも、わたしも花を観ては美しいと思い、そんなわかしをみるあなたは幸ぞですか、などとたあいもなく聞いてみたい乙女ころを忘れたわけではありません、ひとなみに、小比類巻かおるちゃんのソウフルなヴォーカルをいいなと思う、ストレートなハート、これがそのハートなのであります(とハートのチョコレートをだす)。ちょっと気恥ずかしいような夢、憧れ、希望、未来そんなこんなを忘れたわけではありません。そんな忘れなかったこころがこれなのです(と、またチョコレートをだす)。それでも、そんなわたしでも、わたしが話もなにもあったもんじゃなかったわたしであったのなら、それはきっとおじさんに、そんなわたしが見えなかったのかも知れません。だからおじさん、……だからっておじさん、心配なんていりません。きっと、おじさんとわたしの対話は、行間を読み込まれるものであったのでしょう。そこに秘められたものは、きっと通じあったのだと思うのです。だから、おじさんとわたしの対話は、それはもう文学なのです。
男  文学ッ? てめえなにをいってんだッ!
女  ご不満でしょうか。
男  ああ不満だ。
女  それでいいのです、すべての人が満足する文学なんてあったためしが在りません。
男  訳のわからんことをいうんじゃない。
女  それは傲慢です。つまり、理解不能な事態を拒否するのはその歳のなせるわざ。
男  ばかにするんじゃない。
女  口自分を卑下しなくてもいいのです。すべてのものは常にわかりません。それが宇宙です。でもきっと、あらゆるものが和解し、すべてのものが氷解し融和するあの一点は、きっと訪れます。それは、自然が自然的に滅びる日、その概念矛盾をこの世界の言葉を使っていえばこの世界が滅びる日、すべては解脱するのです。
男  貴様はッ、いったいなに様のつもりだッ!
女  いたいけない少女としたら……
男  ……君は錯乱しているのでしょうか?
女  おじさん地球という世界は円いのでしょうか。
男  もう(もういい、というつもりか)……はい、わかりませんと笞えましょう。
女  混乱しているおじさん、正確にいいましょう。かつて世界は錯乱したのでありました。そして今、世界は錯乱しながら錯乱したふりをしているのです。なぜですって、それは支離滅裂の錯乱では救いがないからに他なりません。ほら、あのおじさだってそうしなければ、あそこに一時たりとも、あのように立っていることはできないのですよ。そのようにして、世界は丸く収まっているのでありました。
男  おまえはッ、なんの話をしているんだッ!
女  それはあたかも、このデコボコの地球という世界を、あの月から見れば、もうそんなことはどうでもいいほど円く見えるほどに。だからかぐや姫は月にかえったのです。だから乙女は、金欄どんすの帯絞めて、お嫁にいったのです。
男  なんの話をしているとわたしは聴いているのだッ!
女  物語です!

      取って付けたような壮大で華麗な音楽強くCI。

女  (笑い)

      テーブルの上の女は大きく片足を踏み出す。この体勢で世界が滅んだように脱力。ゆっくり腰から上の関節を組み立てていく。腕、首、手首、肩と組織。踏み出した上体が決まると肋骨を組み立てながら、残した足を踏み出した足に近づけ徐々に起つ。立ち腰が決まったかと思うと、ヨロヨロと一二歩前にでる。踏みとどまって安定しようと大きく腹胸式の呼吸。この聞、呼吸がいかになされるのか、なされないのか定かではない。なにか喋りたいのだろうか口をパクパク。

女  そ、れ、は、も、う、モ、ノ、が、ダ、リ、なのです。

      もうすでに取って付けたような壮大で華麗な音楽はない。

男  ……
女  おじさん、わたしは物語の話しをしているのです。行間に隠され、読みとる物語の話しをしているのです。そんな愛のメッセージを届けにきたのですよ。
男  わたしは、そんなものを頼んだおぼえはないんだけどな。
女  いいえ、先ほどの電話でわたしは受けたのです。
男  それは電話が混線していたんじゃないのか。
女  世界は錯乱したふりをしているんですもの、電話の混線など、大した意味があるとは思われません。
男  わたしが今、それを問題にしているんだ。
女  そんなことはどうでもいいことではありませんか。
男  良くない.わたしはどうなるんだ。えッ、このわたしは誰になるんだ? 誰なんだ?このわたしはッ!
女  ……
男  なぜ黙っている。さあいってみろ、このわたしは誰なんだ。確かにわたしは君に、メッセージを届けてくれるように頼んだ。それもとびっぎりのメッセージをだ。しがない四畳半の一人暮らしの男が、今夜かぎりの、それはもう今夜かぎりのメッセージをだ。それが君の仕事だろうが。そんな単なるメッセージ屋が、純白のウエデイングドレスに身をつつみ、いたいけない少女を装う愛のメッセージをたれながすのなら、このわたしが、誰なのか、どんな誰なのかぐらい言いえるだろう。そんな愛のメッセージを、この昔若かったおじさんにたれながしてみるといい。
女  いってもいいのですか。
男  わたしに恐れるなにがあるというのだ。今日は昨日と違う、新たなる一目なのだ。さあいってみろ。
女  簡単なんですよ。昨日のおじさんは今日のおじさんであり、そのおじさんは明日のおじさんでありまし。
男  おたしは、誰なんだッ!
女  (笑い)……ついにいいましたね、おじさん、そんな自分さがしの物語は、昔昔のその昔、そう、世界が錯乱を装ったとき終わりをつげたのですよ。だって、あの人は死んでしまったんですもの。ですから、おじさんは誰でもないのです。ほら、そこに転がっている、リンゴのように……リンゴはリンゴなのです。
男  それでも、わたしは行くんだよ。
女  どこへ?
男  だから……だって、わたしはもうホラ、こうしてズボンもはいたしネクタイだって絞めてしまったんだ。
女  おじさん、ゴトーさんは来れないんだって。
男  それはだから、今夜はだめだから明日にしてくれっていったって、こっちから出向いていけば少しの時間ぐらいなんとかしてくれるよ。そうだろ、わたしとはもう六十数年のつきあいなんだから。それが入情ってもんじやないかッ! 世間ってのはまだまだ捨てたものじゃないってすぐわかるよ。
女  おじさん、ゴトーさんなぜ来れないのかって、どうしてきかないの。聴くのが、怖いのでありますか。
男  それがメッセージとでもいうつらりか。
女  それもとびっきりのメッセージ。しがない四畳半の一人暮らしの男に贈る、今夜かぎりの、それはもう今夜かぎりのメツセージ。
男  いってみろッが
女  あのかたは、みんなのことを心配しながら、この六十年間になんの後悔もなく、すこやかな寝顔で、あの世に旅立ったのでありました。
男  なんのことだッ!
女  腸閉塞。
男  (形容しがたい怒りで)それでッ!
女  ホ・ワ・ギ・ョ……
男  (笑い)だからッ!
女  ゴトーさんは死んだのです。
男  ……(笑い。ズボンとネクタイを取る)
女  物語が死んだように。
男  死んだ……(笑い)
女  息の根とめるまえに、世界が錯乱を装ったとき、なす術もなく、物語の死にみずをとったのでした。
男  出刃包丁は、鈍く光ってはいだ。窓ガラスかち刺し入る月明かり、夜鳴きソバ屋の笛の音が、遠くで聞こえて行き過ぎる。(出刃包丁をとる)さて、春の、夜の電柱に身を寄せて思う、人を殺した入のまごころ……
女  おじさん、いま物語は、死線をさ迷い宙ぶらりんなのであります、昨日だれが死んだって、世界はいまだ錯乱を装ったままなのでありますから。
男  わたしに、誰を殺せというのだ。
女  ひとつしかない物語をです。世界が錯乱を装ったとき、装ったままで自分を探す物語は、迷宮の門を開き、その迷路の中で飢え死にしのでした。残ったものは……
男  残ったものは……
女  終末へ向かう、数かぎりなく姿を換えて繰り返される、たった一つの物語。
男  ここはわたしの四畳半であったし、これかららわたしの四畳半でありづけるだけだ。
女  この四畳半は、やっぱりこの四畳半は、いいえこの四畳半は、それでもやっぱりこの四畳半は、だからそれはおじさん、世界が錯乱を装ったようにでしょうか。
男  ……(笑い。とその場にへたりこむ)
女  おじさん、最後のメッセージです(と傘をさす)。おじさん、その手紙は、迷路のなかで物語の死にみずとって死んだ、ゴトーさんの、おじさんあての遺書、読んで下さい。
男  (同時に、大きな奇声)……

      同時にカセットラジオから音楽が流れていたように急に音楽大きくなる。音楽は『ヘイ・ジュード』。
      同時に照明はラジオと男に絞られる。この時すでにカセットラジオの音量は、スピー力ーに乗っ取られている。音楽大きくなるなか、音楽にのって女退場。
      女は昭和という時間を歩くようにゆっくり歩く。

[ 十六 ラジオから手紙 ]

      男はラジオに近づき、ヘッドホーンをする。マイクをとる。スイッチボタンを押す.音楽『ヘイ・ジュード』C0。

男  ハーイ、ヤッピー,一週間のごぶたさ。今夜も元気に四畳半私設放送局の深夜放送を開始、、用意いいかな、ダイヤル合わせたかな、いっちゃうぜ。まず、今夜の記念すべき第一曲は、このお手紙くれたマーク・チャプマンに贈るあのなつかしのビートルズ、『イエスタデイ』、それじゃよろしく。

      『イエスタデイ』流れる。
      感慨ともため息ともつかず、男はいっふく。くゆる煙。

男  マーク、聴いてるかな。感慨もひとしおといったところだろう。それじゃマークの手紙だ。いま彼は、ニューヨークの刑務所、刑期二十年の判決をうけて服役中だ。なにしたんだって、それはマークに対して失礼ときたもんだ。それじゃ手紙を読む前に教えとこう。ほら、ニューヨークのジョンーレノンの自宅の前で、レノンを拳銃で射殺しだのが、なにを隠そうマーク・チャッップマンさ。昨日の今日だから、特赦期待しとこう。じゃお手紙拝見(と、女が置いていった手紙をひらく)。

男  「ジョン・レノンは偽物だ。おれはそれが頭にきた。殺すしかないと思った」おっと、どうだい聞いたかい。のっけから乗っちゃって、最後までもってくれなくっちゃ、困っちゃうよ。それで「おれはな、小説の『ライ麦畑で捕まえ'て』の土人公。だから人間的に偽物だと思ったジョン・レノンに聖戦を挑んだというわけよ」どうだい、聖戦ときたもんだ。つづきいこう「だだ失敗は、ポリ公が来るまでそこにいたことさ。『ライ麦畑で捕まえて』もっていたんだからライ麦畑で捕まったら上出来だったんだが」おっと、どこまでシャレてんのかはごラジオのまえのあんたにおまかせして、先行こう。
   拝啓、このような手紙を書くとは思っていませんでした。おや、急に改まったじゃないか。どうしたんだい(『イエスタデー』はすでに消えている)。あなたと別れてもう何年になるのでしょうか。季節のかわりめになると、いまでもやはり、あなたの体のことが気掛かりとなってきましたが、それも、今日限りと思い、ペンを走らせています。このような身勝手なこちらからのご無礼をまず申し上げ、お詫びしておきます。いまになって考えてみるといろいろなことがあったように思われます。また、なにもなかったようにも思われます。あなたと別れても、それは寝起きをただ別にしているだけのようでもあり、かといって神代の昔から、なにも存じ上げていない人のようにも思われます。この世の不思議な縁で結ばれ、来世までもと誓いつつも、いわくいいがたく別離を迎えたわたくしたちは、出会わなかった偶然より、もうすでに遠く隔たってしまったことはまちがいないでしょう。と、申しましても、これからも折りにふれ、思い起こすことは無くなりはしないと思われます。でももうそれはきっと、あたくしの中から出ていった、あなたとは別のあるなにかである、といえるものでしょう。誤解を恐れず申し上げれば、まだあの長いテーブルは使っていますでしょうか、あのテーブルに、開けるといつも当たるドアーをあけて、わたしが最後に出ていくとき、あなたはわたしに出刃包丁を差し出し、このように申しました。
   出ていくのなら、この俺を刺せッ、皮をそぐだけでもいいッ! それだけだっていいんだ。そのひと振りが、本当に出ていくことになるんだ。後悔したくなかったら、ただ握るだけでもいいッ!
   誤解を恐れず申し上げます。今日、わたしはこのようにペンを握り、あなたを殺しました。れがわたしのラストシーン……
   最後になりましたが、たびたびの復縁の心やさしいお誘い、お礼もうしあげ失礼いたします。ご自愛下さい。
   (長い笑い)……
   (大きい声で)今日、わたしはこのようにペンを握り、あなたを殺しました。それがわたしのラストンーン……
   (笑い……)

[ 十七 ラストシーン ]

      男は笑い続けている。
      さて、映画の有名なラストシーンを二三、盛り上げて展開することになる。自身のラストシーンを求めての立ち振る舞い。

男  ……お前ッ!(笑うが、毅然となり)わたしの、わたしのラストシーンはッ!

      同時に音楽。ヒートルズ『アイ・ウォンチュー』。
      同時にチャップリンの『独裁者』の以下の部分から英語で流れる。

男  私は皇帝なんかになりたくない。征服の柄むゃない。ただ皆を助けたいだけだ。人開け互いの幸せを支え合って生きている。憎んでは心めだ。大地は必ず皆に恵みを与える。だが私達は方向を見失った。欲望に毒され他人を貧困や死に追込んでる。乗物は早くなったが人は孤独になった。知識は増えたが豊かな感情をなくした。機械より人、知識より心が大切だ。でなければ………………人に戒めを求めているのだ。今も私の声は全世界の人々に届いて………………いる女や子供、組織の犠牲者に、そんな人々に言おう。絶望してはならないと、欲望はやがて………………独裁者は滅び民衆の力が芽吹くだろう。人は死ぬが自由は残る。兵上達よ独裁者に耳を傾けてはならない。君達は感情までも統制され操られている。独裁者の心は冷たい機械で出来ている。君達は機械じゃない人間なんだ。愛をもて、憎しみは捨てよう。諸君「神の国は汝らの中にあり」というが……特定の人でなく皆の中にあるんだ。誰でも、人生を楽しくする力を持っている。その力を結集し社会のために役立てよう。働く意欲がわく社会のためと独裁者も始めはそう言って人心をつかんだ。だが、それはウゾだった.,独裁者は自分の欲望だけを満足させたのだ。国家間の障害を取り除こう。偏見をやめて理性を守るんだ。そうすれば科学も幸福を高める。諸君、持てる力を隼めよう(大喚声)
   ハンナ、僕がわかるかね。元気をお出し。どこに居ても……雲が割れ始めたよ。暗やみを抜け、僕たちは生まれかわる。もう獣のように憎しみあうこともない。……元気をお出しハンナ、人は、また歩き始めた。行く手には、希望の光が満ちている。未来は誰のものでもない僕たち全員のものだ。だから元気を……

      音楽大きくなる。

男  ハンナ、あの声は……
男  あの人だわ……

      音楽さらに大きくなる。チャッブリンの演説のテンションも最高潮。

男  遣う。わたしのラストシーンだッ!

      すべてはCO。出刃包丁を取る。

男  こうして目をつむると、スクリーンのなかの心の旅路をふりかえるように、この数十年間はやるぜない長い一瞬だ……
男  通り雨だ。
男  この雨は、もうどこへもやらすの雨よ。
男  お待ちなすって……花田秀次郎さんとおみうけいたしやす。
男  さようでございます、、
男  道中、仁義略さしていただきます,てまえ……
男  このけりは、俺につけさしておくんない。堅気のおめえさんを連れていくわけにはいかねえ。みておくんない、あれから四十三年、心に誓って収めてきたこのドスを……おさっし願います。渡世上、あんさんにはなんの恨みもごぎんせん。勝負はこの場かぎり、どちらが勝っても恨みっこなしだぜ、さらば、さらば、一回かぎりの人生よ。死んで貰いますッ。

      音楽・高倉健『唐獅牡丹』が大きくCI。

男  遣う、わたしのラストシーンだッ!

      音楽CO。
      音楽静かに入る。

男  わたしは、近所のわたしに、お前は患い、実家に帰り、病死したといってきた。そんなふうにして、お前を殺した、そんなわたしのラストシーンは、どうやら通用しないということらしい。(笑う、男で)ふしぎね。あのひと、信じぎっていたものね。この世と、あの世のあいだには、深い川がながれているって、一度渡ったら、最後、二度と引き返せない川。それが境。ほら、こうしてって……ここの包丁、手に持って、のど首の前ににあててさ……この手を、ちょっと動かしたら、その川が現れるのよ。こうしてのどにあてると、もう水音が聞こえてくるって……真顔で、あのひと言うんだもの。そのたんびに、わたし、ひっつかんでその包丁もぎとったけど、生きた心地がしなかったわ……(すでに出刃包丁はのど首へ)その出刃包丁、こうして引いたのは(間)このわたしだッ!

      同時に暗転。同時に強烈な雷音。同時に雨がふる、静かに光り入る。男の首筋は血に染まっている。ロスコ。
      雨にまみれて、首筋の血が、身体を紅く染める。

男  (笑う)……しまいには、わたしもね、ほんとに、どこか、身近をさ……見えない川が、流れているような気がしてさ、どきっとすることあったわ。水道の蛇口の水音にだって、下水の水が雨で流れる音にだって、つい耳澄ましたりしてるのよ。ほら、聞こえるでしょ。……でもこれは雨よ、見えない川じゃない、ましてゃ、水道の蛇口の水音なんかじゃなく、雨:…こんなわたしの、べっとりした血を、すべてを洗い流すように、雨が降ってんのよッ!
   ……だがなッ若造ッ(と傘をさす)! 咬みしめる人生探すようじゃ一人前にスルメ咬んじゃねえ、(笑う)そうだろう若造ッ、だがだッ、おじさんはな、ちょっとだけつまみ残しておくんだ。最後の一ロ一気にあおる。フーッと一息ついて、コップをタンとカウンターに置く。……本当はな若造ッ、人生咬みしめてるんじゃねえ、咬みしめる人生が在るわけでもねえ。この歳になると、忘れちゃいけない世迷いごとの一つや二つはあるもんだ。そいつを今夜も忘れまいと、こうして今夜もスルメを咬むんだ。そうだろーッ! だお前エーッ!

      音楽CO。
      一つの静寂。

男  (静かに)明日なんてわかりゃしねえ、今夜のために……(笑う)今夜のためにだ、明日なんてわかりゃしねえ。.

男  (このうえなく優しく)お前エーッ……

      同時に音楽・小柳ルミぞ『お久しぶりね』が静かに大きくCI。

[ 十八 フィナーレ ]

      雨はやんでいる。
      小柳ルミ子の『お久しぶりね』で光は解放される..
      最後の身体の展開、足を踏む。踏むことでの身体の開放。
      幕

[ 十九 後記 ]

   物語論あら書き

 この『大日本演劇大系・番外』は前作『大日本演劇大系 序の章・明月記』との関係において語るしかない、というところにわたしはある。
 『番外』との関係で『明月記』を概略すれば、それは一人の女を二人の女優が舞台で力場するということであった。演技の本質を関係性の問題以外にはないとして展開したのであった。演技という交通の可能性を関係論として閉じ込めてよしとしたのである。極論すれば、人のまえで何かを見せつける地平において、演技の成立は関係としてしか登場しないのである。
 一人で何事かを、見せつけることにおいては、演技はついに登場しないであろう。つまり客は、ついに第三者であることをやめてはいない。
 なぜか。物語が死滅しているからにほかならない。生活から物語は駆逐されていると言い換えてもいい。
 この場の脈絡で綴れば、関係の可能性め展開は幾分かは物語への距離感の確定ということもできる。
 さて、物語りは常に、時の権力の用いる支配構造という権力関係をその中心ファクターとしてきたが、現代とい様式においては、物語はロマンという様相を帯ないほどに物化しているといっていい。つまり、支配構造という権力関係が、かつての支配構造という権力関係の全体性を脱皮し、新たなる支配構造という権力関係を捏造することによって高次化した距離、その距離は逆説でもなく、関係をなしくずしにする無関係化という支配構造という権力関係の定着さほどに物語は物化しているのであろう。敵が見えないなどということではない。敵などどうでもいいのである。そのようにして錯乱を装っているのである。前後するが、この物化のほどに観客は第三者を装うのである。
 物語は今、自分探し、イメージ、構造、天皇制、奪われた時間、近未来とその姿を換えてきたものの、瀕死の宙ぶらりんなのである。
 幾多うまれてきた物語は、より多くその歴史を紐とけば、民衆が求めてきたといってもいい。物語を活性化してきたのは民衆の力であった。その力が、人前でなにかをやってみせるという行為を、第三者としてではなく支えてきた。このエネルキーが結実しようとする場が、芝居であった。
 このあたりの展開は「十五・物語論」に置換するとして、さて登場人物は一人なのである。
 ひとの前で何かをしてみせる必要十分条件を二人の俳優関係としたとき、この文の脈絡を踏まえて綴れば、それはすべてを相対化する物語の捏造であった。物語を生きて見せようということであった。二人の俳優の『明月記』にそっていえば、関係を生きてみせようということであった。
 さて、登場人物は一人なのである。多言を要しまい。そこにうごめくのは物語なのである。瀕死の、宙ぶらりんの……。あえていえば、この『独戯』は物語論として成立させようとした。老婆心ながら、瀕死の、宙ぶらりんの物語は、支配構造という権力関係を補完する上部構造としてのロマンという物語を、観客が拒否し、正しく物語の死に水をとろうとした結果であるとは位置吋けてはいない。単純に綴れば、もろ刃の剣としてある物語が片刃になり、他の刃も、刃である必要がなくなったなにがなにかわからへん、といえばいいのだろうか。飛躍する気はまったくないが、それは天皇制の今日的状況と添い寝してきたのであった。
 ついに『独裁』ではこのような物語がのたうつのであるが、さて、役者たらんとする身体はいかに蘇生し、自己権力としての身体たるかは、やはり演技にかかわっているのである。
 やはり最後に「すべてを演技諭で突破せよ!」と。

明月記

[ 登場人物 ]

     女1  打上花火
     女2  曼珠沙華
    ゲスト
     群集
    挨拶者

[ 目次 ]

  [ 挨拶 ] ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  119
  [ さだめ川 ] ・・・・・・・・・・・・・・・・・・  119
  [ 殺意の舟歌 ] ・・・・・・・・・・・・・・・・  120
  [ 身体と民謡との距離 ] ・・・・・・・・  125
  [ 漫才 ] ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  125
  [ 楽器演奏 ] ・・・・・・・・・・・・・・・・・・  129
  [ ゲスト・即興 ] ・・・・・・・・・・・・・・  130
  [ 受け・打上花火 ] ・・・・・・・・・・・・  130
  [ 受け・曼珠沙華 ] ・・・・・・・・・・・・  132
  [ 関係 ] ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  134
  [ 異化 ] ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  140
  [ 雨上がりの紫陽花 ] ・・・・・・・・・・  146
  [ フィナーレ ] ・・・・・・・・・・・・・・・・  147

[ 挨拶  意味論からの舞台への接近 ]

      挨拶。
      挨拶はこれから始まることに無責任に期待を抱かせ、なりふりかまわず煽る
      内容。
      意味についての本質論を演技として展開

挨拶 (即興)…
挨拶 (中略)隅から隅までー(ツテがチョンと一発)おん願いあげます。

      ツテがチョンチョンチョン……おおきくチョン。

[ さだめ川 あるいははだか舞台と物と身体 ]

      同時に幕が振り落とされる。女Bが傘をさし背をむけている。 ]

      同時に音楽。ちあきなおみの『さだめ川』大きく流れる。
      同時に女A傘をさして袖幕から登場。女Aは女Bのライフマスクの仮面をし
      ている。
      女Bゆっくり振り向く。女Bは女Aのライフマスクの仮面をしている。
      これから舞台で使うものを女A、女Bが運び出す。
      呼吸と腰(重心)を動く。袖から袖へ呼吸と腰(重心)を動く。この間に
      身体を晒す。
      その短時間に見られる身体を獲得し、その身体を生きる。
      動く身体からの、感情の一瞬の激変とその復帰。
      運び込む物自体の世界をひろげる。物は人に使われその物の個性を主張し
      はじめる。物の世界を広げるとは、どのような使い方をするのか、どのよ
      うな関係を成就するのかに関わる、極めて人間的な行為である。だが舞台
      には、労働という生活がない。物は生活の場で、人と関係を結び、その有
      用性を獲得していくにもかかわらず、しかし生活を支える身体はある。
      その身体による物の発見は、新たなる物の世界である。役者たらんとする
      身体の獲得である。
      曲の最後、舞台中央で向き合う。

[ 殺意の舟歌 ]

      殺意が因果関係のなかで自足するとき、そこに出現するのは、古典的な殺人、いやそれはたんなる人殺しと見ることができる。しかし人類史などというものは、この因果関係の磁場からどこまで出ていけるのかを、試そうとする、さしずめラスコーリニコフであれば「神の意志」とでも呼べるものであるだろう。
      だから、次のように最初の台詞が吐かれても、なんら驚くにあたらない。
      とまれ、この場は、殺意の因果に割り入ろうとする、ひとつの黒の舟歌である。
      ポトリと女A、女Bの顔から仮面が落ちる。 

女B ねえあなた、人間がいつから駄目になったか知ってる?
女A えっ?
女B 人間がよ…
女A ええ…

      間。

女B …行こうか。
女A どこへ?
女B あっちの方へ。
女A だめよ。
女B なぜ?
女A 待つんでしょ。
女B あっ、そうだった。
女A なにを、しようか?
女B 待つんでしょ。
女A そうだった。
女B ねえ。
女A えっ?
女B あなた、わたしたち老人のありがたい三こと健康法ってしっている?
女A えっ?
女B だめねえ、なんにも知らないんだから。いい、カゼをひかないこと、ころばないこと、そしてこれが大切で、でも考え過ぎちゃダメよ。いい、義理を欠くこと。というのはね心をくだいて、誰に義理を欠こうかなんて、思い詰めて、心臓悪くしちゃったおばあちゃんもあるくらいだから、いくら三こと健康法っていったって、程ほどってもんなのよ。それにちょっと聞いていただける。わたしがね、昨日、暑かったじゃない、スーパーに行ったのよ。わたしだってスーパーぐらいにはいきますよ、入るなりいやーな顔するのよ店員が。クラーク・ケントと待ち合わせにスーパーに来たんじゃないって言ってやったのよ。あなたもこんど行ったとき言ってやって、まったく、その女店員なんてのたまったと思う。おばあちゃんここはスーパーなんです、いくら暑いたって涼みに来るところじゃないんですよ、ですって。なんなんでしょね。礼儀を知らないのにも程がありますよ。わたしがスーパーが買い物するところというのを知らないとでも思ったんでしょうかねえ。そりゃ、鮮魚売り場の前には、少しだけ長くいましたよ。でも、人に後ろ指さされるほどじゃありませんでしたよ。そのくらいの礼儀をわきまえなくっちゃ世間の皆さん、に隣のかわいいおばあちゃんなんて顔はできません。
女B (笑う)……
女A ねえあなた、人間がいつから駄目になったかしっている?
女B えっ?
女A 人間がよ……
女B ええ…
女AB それはね人間が人を、心底憎んで殺さなくなってからよ。
女A 人間がよ……
女B 心底憎んで、人を殺さなくなってからよね。
女AB こうして……

      と、二人は首を絞めた。

女A 今日も、暑いわねえ。
女B (手を放している)ええ。
女A 氷をほうばってカリッ
女B ほんとうに。
女A 昼寝もこう暑くっちゃ… 
女B 打ち水するのもおっくうね、一雨くれば気も晴れるんだけど。
女A 苦しいんでしょ。
女B どうして。
女A 首を絞めてるんですもの。
女B どうして、そんなこと聴くのって聞いてるの。
女A 苦しいだけなんだろうかって…
女B 聞いてみたら?
女A だから聞いてんじゃない。
女B だれに?
女A あなたによ。
女B あたしがあたしに聞いてもだめよ。
女A だって、首よ、息できないのよ。しゃべれないじゃないの。どうやって聞けっていうの。答えてくれるとでも、あなたは思ったの。
女B だから判らないっていってるじゃない。判らなかったのよ。だからあなたにきいてるんじゃない。
女A 聞いているのは、わたしでしょ。
女B どっちだって同じじゃない。あたししかいないんだから。
女A あたししかいないんでしょ。
女B あたししかでしょ。
女A 思い出すのが、こわいんでしょ。
女B そういう、あたしがでしょ。
女A そういう、あたしがでしょ。
女B もう、消えたら。
女A あなたこそ消えたら。
女B お昼のお弁当、今日も一つなのよ。
女A それは、あたしの台詞。
女B 暑いわね…
女A いくらいったって、こんがらがったりしやしないんだから。
女B もう消えて!
女A 怖くなったのね。
女B あれ以上怖いものなんてなかったわ。
女A よくいったわねえ。
女B いまさらなにが怖いもんですか。
女A ようゆうた。
女B いいますわよお。
女A ようゆうた。
女B いいますわよ。
女A ようゆうた。
女B いいますわよ
女A おお、ようゆうた。
女B ええい、ゆわいでか。
女A ほんなら与兵衛さん、早うきてや。
女B すぐ行くで!南無阿弥陀仏!
女A 嬉しい!今度こそわたしから離れぬと約束しなはるか。
女B するとも、死ねばええのやな。
女A わたしはあんたの来てくれはるのを、今日か明日かと待っているのえ。もう寂しう
      て切のうて、待切れんさかい迎えにきたのや。そんな汚い坊さんしてはらんと、わ
      たしのそばで暮らしなはれ、あんた寂しうはないのんか。
女B お亀、済まなんだ。わしは人に助けられ、役人にえろうどやされたが、坊主になれば命は助けてやると言われて、この通り、乞食坊主になったんや。お前を騙したわけやない。わしが臆病者で、よう死ねんかったんじゃ。どうか許してくれ。mou
女A いつまでわたしを、こないにひとりぼっちしておきなはるのや。あの蜆川で言うたことは、みな嘘かえ。
女B 嘘やない。
女A ほんなら与兵衛さん、早うきてや。
女B 死なれへんかった。よう死ねんかったんや!わしは、よくよく、だめな人間や。だけどな、あんときは、おまえの後追って、ほんまに死ぬ気やったんや。それだけは信じてや。そして済まんけど、寿命のくるまでいかしといてや。お亀ッ!…
女A もうええやないか、もうええやないか、もうええやないか。いくらゆうてもせんないこと。お初、死場所はここに決めよう。この曾根崎の森を抜けるともう淀川や、二人の足ではそこまでもつまい。追手に捕まるぐらいなら、いっそここで二人して…
女B 徳兵衛さま…もし途中で追手に捕われ、別々になっても、二人の浮名は捨てまいと用意してきましたが、初めの望み通り、一所で死ねるこの嬉しさ。
女A おおよくいうた、いさぎよう死のうやないか、のちの世の死様の手本になってみしょうやないか。
女B ええ徳兵衛さま、そうと決まれば、さあこの帯を裂いてくださいまし。この身体乱れぬようにゆわえます。
女A うん。

      と、赤い帯を二つに裂き、長い赤い線となる。

女A 此の世のなごり、夜もなごり。死に行くこの身をたとふれば、あだしが原の道の露。
女B 一足づつに消えて行く。夢の夢こそあはれなれ。あれ数うれば曉の。七つの時が六つ鳴りて残る一つが今生の。鐘のひびきの聞きをさめ。
女A お初ッ!

      帯が裂ける。

女B 帯は裂けましたが、主様とわたしの仲は、あの世でますます強く…
女A よく締まったか。
女B はい、よく締まりました。
女A お前と、この世でおうたが二人の因果。あの世では晴れて夫婦になって…
女B はい…
女A 不憫はないか…
女B 徳兵衛さま…
女A 恨むやないで。
女B いつまで悲しんでもしかたありません。お経を念じる間に、ひと思いにッ…

      と、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」

女A 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…

      と、ヘリコプターの飛行音きこえる。

女A (刺す)…

      ヘリコプターの飛行音大きくなり行き過ぎる。その後を追うように格子窓から指を差し視線を走らせる女A。それに女Bも加わる。しばらく視線を送り続ける。
      女Aの指と視線は、なしくずしに夕日を遮るようになった。

女A きれいな夕日やあ。
女B ヘリコプター…
女A どこに飛んでくんやろか。
女B あんた、毎日毎日他に聞くことないんか。
女A あの子もよう眺めとった。
女B ヘリコプターのオモチャが一番好きやった。
女A どこに飛んでくんやろか。
女B あのなあ…
女A …もう行こうか。
女B どこへ?
女A あっちの方へ。
女B だめよ。
女A なぜ?
女B 待つんでしょ。
女A あっ、そうだった。
女B …なにを、しようか?
女A 待つんでしょ。
女B あっそうだった。

[ 身体と民謡との距離 ]

      急に大きく「民謡」CI.
      宇崎竜童『八木節ロックンロール』
      動くのか、踊るのか、このような解釈が在りうるのか、身体もまた二人の創出する世界も劇的である。
      「民謡」は「民謡」でありうるのか。
      民謡という日本的なるものと、いまこうある身体との距離。

[ 漫才 ]

      いわゆる「漫才」。「漫才」を感じさせずの導入。
      そして漫才ではなくなっていく。漫才はどこまで、どのように漫才でなくなっていけるのか。
      すべての意味でおもしろい事。
      「漫才」にいわゆる「ドラマ」を挿入、つまり時間をどのように劇的に私有するのか。
      演技における時間の問題。

女A あんた、どうしてそうなのダメでしょうが。
女B アラ、なにかいけないテーマに触れたかしら。
女A お砂糖ッ、理由あるの?
女B 理由?
女A そうよッ、お湯をそそぐ前に、砂糖2杯もの幸福をいれたでしょ。
女B 分相応じゃなかったかしら。
女A そんなことでいいの、世間のみなさまに言い訳たつの、あなたの残り少ない生活、ひょっとしたらそのお砂糖きっかけに乱れてしまうかも知れないじゃない。若者に見せつけてやる誠意とか謙虚さなんて微塵もなかったじゃない。
女B だって、いくばくもない人生、こころゆくまで、おいしくコーヒーなんて言わないわ、せめてインスタントコーヒー味わって飲めればって…このお腰にしみついた生活の重みに賭けて誓ってもいいわあたし…
女A そりゃあなたは公務員生活◯年満期を勤めあげてこういう生活なんですもの、年金ありますもの、だれはばかることなくインスタントコーヒー飲むのにゴールドブレンドの赤ラベル、いーえプレジデントだっていいでしょうよ、ええ判ってますよ。それはしっかり、きっかり肝に命じております。判ってます。今入れたクリープ、森永ッ!
女B まだ、森永不買やってんの。
女A 誰がッ?
女B あんたがよ。
女A 関係ないでしょ。
女B ニドおいしくないでしょ。おいしいものに拐かされるもの、それは大衆。大衆論はこのあたりから構築しなくっちゃ。
女A 知らないわよ。
女B アラ、あたし大衆よ。
女A ああそうよ、判ってますよ。あんたはピンからキリまで、大三元の役満で、誰が見たっ
      て親のトリプル役満海底ツモノ大衆あがり。
女B どういうことよ。
女A まいりました、ということですよ。
女B 判りゃいいのよ。
女A 判ってないでしょ、どうしてお湯を入れる前に砂糖を入れるのよ。2杯もよ、カップの
      中によ、取りかえしがつかないじゃないですか。
女B えッ
女A 悲しいワ、あなたからそんな「えッ」なんて聞くのは、場つなぎじゃない、根拠がないわ、たんなる台詞割りだわ。意味ないんだったら大衆らしくやったらどうなのよ。
女B あなた…

      見つめあう瞳と瞳。

女A あなた、判ってくれたのね。
女B (大衆らしくやる)
女A (泣き落しだ)お願いだから、もうこれを最後にしてちょうだいよ。インスタントコーヒー飲むときは、カップを両手で思い入れたっぷりに人肌に暖っためて、スプーン一杯のコーヒー、その後スプーンを変えて。
女B えッ?
女A あなたッ!
女B ごめんなさい。思い出した。王将のギョーザライスだった。
女A 王将だけじゃなかったでしょうが。
女B そうよ、鶴橋のホルモン屋でキムチとライスと焼き肉、一つのハシで食べんの?あたしそんなの信じられない。あたしにはそんな勇気のいることできないわ。いい、キムチのしるよ。焼き肉のタレよ、ライスがまかり間違ってササニシキだってごらんなさい、どんな顔して、そんなハシをササニシキにつきさしたらいいんでしょう。ああ鳥肌だつ。そういうのってメチャメチャすぎるんじゃない。ギョーザのタレのついたハシでご飯食べるなんて大衆のやることじゃない。味はどうすんの味は…
女A でも、日本では明治になって一つの箸でたべるようになったのよ…。
女B でも、江戸時代ではそういうことはなかったのよね…日本の近代化間違ってたのかしらね。
女A 判るゥ?そうなのスプーン変えるのも、ハシ変えるのも、これ近代に対する批評性なのです。ごらんなさい、未だかつて外食産業として資本の最先端を走る「ほっかほっか弁当」。あたしはあすこが最先端であるゆえ要求したいのです。しかし、あすこの持ちかえりの弁当にはハシは一つしかついていない。近代主義批判の微塵もないんだ。どうやって一つのハシでオカズとご飯を食べろというの。
女B ウラバシしたらいいんじゃない。
女A あなた、どうして、そういう場当たり的な、テクニックの問題ですり抜けようとするのウラバシのどこに近代に対する批評性があるとおっしゃるのですか。あんたそれでも満期あけの元公務員さんッ!
女B 公務員ってそんなものよ。
女A (間)だから私は「ほっかほっか弁当」はハシを二本付けるべきだと思います。このハシ一本の近代主義批判がないかぎり、「ほっかほっか弁当」は今度こそつぶれます。
女B スプーン取っかえたらいいんでしょ。
女A そうなの、それだけなの。そうすればおいしくインスタントコーヒーがいただけるの。
女B いつもおいしくいただいていますよ、あたしは…
女A どうして、そんな自信に満ちあぶれた顔をして言い切ってしまうの。スプーン変えなくっちゃ、インスタントコーヒーがこびりついたままでしょうが、お湯と砂糖と混ぜる前にスプーンの上で、インスタントコーヒーと砂糖が淫乱に妥協してしまうじゃない。そんなインスタントコーヒーがおいしいわけないでしょうが、誰が責任取んだよ。
女B あたしが取るわ… 突然聞くけど、あんた何にこだわってんの。
女A こだわることにこだわってんです。
女B そんなにこだわることないのよ。このインスタントコーヒー、お中元なんだから。
女A だからお中元だとか、年金で買ったとかそんなことが問題じゃないっていってんでしょうが、いいですか、じゃあ、お聞きしますけど、あなたチーズ好きですか
女B だーい嫌いです。
女A じゃあ、ピザトーストは?
女B 好き。
女A どうして、何故?あまりにもいいかげんすぎるんじゃなくってそういうのは、だからあたしはあなたに言ったのよ。インスタントコーヒーを飲むときにはコーヒーカップを両手で思い入れたっぷりに人肌に暖めてスプーン一杯のコーヒーを入れ、そしてお湯を注ぎなさいって。コーヒーをほどよくかきまわす。次にスプーンを換えて、お砂糖を…
女B 二杯ほど、ちょっとぜいたくかな。
女A 糖尿にならないようにと願いを込めて二杯入れ、ゆっくりかきまわす。
女B ねえあなた、あたしは砂糖を先に入れてもいいと思うけど。
女A どうして?それじゃこだわりなさすぎるじゃない。いい、お湯にとけたインスタント
      コーヒーに砂糖を入れてあまくしていくの。これがこつでしょ。
女B あたしどっちでもいいと思うけどな。
女A だめでしょ。こだわるの。そこんとこしっかり押さえとかなくっちゃ。こういう生活だからこそインスタントコーヒー、お湯、お砂糖にこだわりぬいて生活支えんのよ。あんたそれ以外にこの生活支えられると思ってんの。
女B 責任と主体性をもってやりぬいて生活の根拠にすんのね。
女A そうよ、あなた。そうなのよ。
女B でも、でもよ、インスタントコーヒーにお湯入れて砂糖入れるのとやっぱり同じじゃない。
女A 違うじゃない、決定的に違うじゃない。インスタントコーヒーとお湯に砂糖入れるのはこう糖分の甘さを増していくことなの。
女B そうよ、そうでしょ。
女B 湯ましじゃないの?
女A 言葉のアヤで水ましっていうの。甘さをうすめていってしまうのよ。あんた水増しの生活なんかたえられて、あたしはたえられません。
女B 住めば都ってこともあるし、体質にあったらいいんじゃない。いやだったらさ出て行けばいいんだしね、元々ここあたしらの家じゃないんだから。
女A 体質にあう訳ないでしょう、出て行きたくても出れないでしょう、こんなとこ好きでいるんじゃないんだからッ!

[ 楽器演奏 ]

      大正琴とハーモニカの合奏。
      舞台での俳優がする楽器の可能性。いずれ楽器は変わっていくことになるだろう。

[ ゲスト・即興 ]

      ゲストの登場。看守である。

ゲスト いい加減にしろ、ここがうるさいと周りから苦情がでてるんだ。何時だと思っている。

      ゲストが繰り広げるものを即興で支える。

ゲスト 就寝時間はとっくにすぎている。早く寝るように。
女AB おやすみなさい。

      ゲスト退場。

[ 受け・打上花火 ]

      相手をめだたせる。
      女Aが女Bを支える。

女B ねえ、あんた。こうやっていると二人は幸せな姉妹みたい。
女A 何もかも瓜二つだものね。(観客の頭上を指して)あらッ、流れ星。
女B (見上げて)見える見える。きれいだねえ…。あッ、消えちゃった。
女A 消えちゃった。
女B 本当に見えた?
女A うん。西の空を…。
女B 東の空じゃなかった?
女A 西の空よ。
女B 東の空よ。あたしは右目でみたのよ。
女A あたしは左目。

      二人、ニッと笑う。

女B あたしの右目の視力は9.2よ。
女A あたしの左目も9.2よ。
女AB にてるわねえ。
女B あんた、ちくわ好き?
女A 大好き。あたし直径1cmの穴のあいたちくわが好きよ。
女B それそれ、あたしもよ。直径1cmの穴のやつ。
女AB 似てるわねえ。
女B (突然自分の乳房をつかむ)どう?あんた気持ちいい?
女A (自分の乳房をつかんで)あんたは?どう?
女B あたい、夢みてるみたい。
女A あたいもよ。奥の方がドキドキいってるわ。
女B それはあんたの心臓が鳴ってるんだよ。
女A 心臓が?
女B うん。
女A ねえ。あんた。あたしの心臓もあんたの心臓と似てるかしら?
女B きっとそっくりさ。切りさいて調べてみようか。
女A 痛いよ。そりゃ。
女B 痛いね。ごめんごめん、もうそんなこといわない。
女A いわないでね。
女B いうもんですか。
女B (自分のホホを軽くぶって)痛いあんた?
女A (自分のホホを軽くぶって)あんたは痛い?
女B 本当に痛いのかしら?(軽くぶつ)
女A 本当に痛いのかしらねえ?(軽くぶつ)
女B 痛いと言うから痛いんだわ、きっと。
女A じゃ、ぶたれて「痛くない」といっても痛いかしら?
女B (強く自分のホホをぶつ)ほら!
女A うッ!痛くないっ。
女B どうなすって?
女A …わからない。あんたは?ほらっ(自分をぶつ)
女B 痛くない!

      二人ホホをさする。

女B やっぱり痛いわ。
女A やっぱり痛いよ。

[ 受け・曼珠沙華 ]

      相手をめだたせる。
      女Bが女Aを支える。
      温泉につかっていました。さしずめ仙台では「一の蔵温泉」につかって身体が「一の蔵」に、札幌では「いくら丼温泉」につかって身体が「ウニ」になっているそんな様子で…。

女A (笑い)ああ〜ええ湯や?辰拭弔△蠅?肇??
女B 何処いってたん?
女A 「一の蔵温泉」気持ちよかったワ、もお身体が「一の蔵」や、ほんまに。
女B ギクッ。
女A 美味し〜いつまみがあったら自分の身体飲んでもええでえ〜ほんまに。
女B ギクッ、ほっ、ほんまのほんま?
女A あかんアンパンマンよりきつい、やめとこ。それより、一杯やりまひょ。(一升瓶をあけてぐいっと一杯飲む)うひょ〜おいしい〜シ・ア・ワ・セ。さあ、どうぞ(とつごうとするが)その前にクイズです。答えは簡単です1+1は?
女B ギクッ、(恐る恐る)2やっ。
女A ブウッ〜〜〜〜〜
女B ギクッ。な、なんで?
女A 答えは簡単です。うひょひょひょひょ〜。さあ、風呂上がりの一杯、宴会しましょ。どうぞ(やっとつぐ)今日のテーマは演技についてや。
女B ギクッ。何やそれ、演技について?聞いたことあるな。
女A 演技とは何か?
女B 演技とは、技を演じると書くから技を演じることや。
女A 技って何や?
女B しらんわ。
女A えっ!技も知らんの?
女B 私プロレスラーちゃうもん。
女A 役者やもんな?役者じゃの〜
女B ふるウ〜…
女A 演劇ってなに?
女B 色々あるがな、面白い演劇、面白くない演劇、静かな演劇、うるさい演劇、つまらない演劇、どうしようもない演劇(何やかんや並べる)…
女A ちょと待てっエ、それみんな演劇の仲間か?誰が決めたんや?
女B 誰でもない、感想や。
女A 法律で取り締まったらええのになあ〜。
女B 今、私ら何やってるとおもてんの?
女A 芝居の本番中や。
女B ギクッ、こんなんでええの?こんなことで。罰せられへん?
女A 法律は単なる提案や。ギクッ、やけどお客さんにおこられるかもしれへんな。
女B ギクッ、一升、無くなってしもうた。
女A 誰の一生や?
女B 私ら二人の女のイッショウや。
女A エンギでもないこと云わんといて。
女B 何云うてんの、これは演技や。技を演じなさい。
女A ギクッ。…踊ります(女Bの歌に合わせ女A「割り箸踊り」ひと振り)
女A ありがとう。ちょっとは芝居に戻ったかな?
女B 全然、まったく。
女A ギクッ(カバンの中から聖書を2冊取り出し1冊を女Bへ)はじめます。
女A 今から、私卵をうみます。
女B 今から、私卵をうみます。

      「神の名遊び」

女A 既に国生みをへて、さらに神を生みき故、生める神の名は?
女B オホコトヲシヲの神 次に
女A イハツチビコの神 次に
女B イハスヒメの神 次に
女A アメノフキヲの神 次に
女B オホヤビコの神 次に
女A カザモツワケノオシヲの神 次に
女B アワナギの神
女A アワナミの神
女B ツラナギの神
女A ツラナミの神
女B アメノミクマリの神
女A クニノミクマリの神
女B アメノクヒザモチの神
女A クニノクヒザモチの神
女B アメノサヅチの神
女A クニノサヅチの神
女B クニノサギリの神
女A アメノクラドの神
女B クニノクラドの神
女A オホトマトヒコの神
女B オホトマトイメの神
女AB この子をうみしによりてみほとやかえてやみこやせり

      「神の名遊び」で時空が歪む。カバン屋へ移行。

      ※「神の名遊び」は千賀ゆう子さんの「古事記をめくる2」より抜粋、引用させていただきました。

[ 関係 ]

      女A、カバンを開ける。中を覗きながら…

女A メタセコイア、って知ってる?
女B (小さい声で)チャック下ろすぞ、チャック下ろすぞ…
女A メタセコイア。生きた化石。新生代針葉樹。種子植物スギ科。葉は対生。中生代の第三紀にかけて世界中に繁茂した。─九四五年、中国四川省で発見された化石のメタセコイアから奇跡的に採取された種子は、フラスコの中で芽をだし、数千万年の時を越えて、この現代に蘇ったのだった。

      と、なにやら様子が違う。

女A この巨大な落葉高木は、その化石から類推すると、時に三十メートルにも及んだであろうといわれたのだった…フラスコの中で発芽し、無菌室で育った苗はまもなく中国四川省に返された。順調に成長しその雄姿を再びこの現代にみせるかに思われたが、─九五〇年、忽然とその姿を消したのだった。
女B 数千万年の時がその蘇生を受け付けなかったのか、その存在に興味を持つ何者かによって奪い去られたのか、いまだ謎のままである。
女A ─九六〇年、巷にまことしやかな噂が流れた。
女B (予期せぬ言葉に「えっ!」と振り向く)…
女A 球果からはじけた、メタセコイアの胞子は偏西風に乗ってゴビ砂漠に、蒙古平原をかけぬけ、この地上を席捲したと、まことしやかに語られた。
女B …
女A (笑い)…
女B 誰なんだいお前は…
女A まことしやかな噂は伝説を生んだ。メタセコイアの胞子は、中国から舞い上がる黄砂に乗って、この日本にも辿り着いたんだと。
女B なんの話しだい、それが伝説とはとんだ話しだね。
女A この続きを聞きたかったら、このカバンを買って下さい。
女B そのなかには何が入っているの?
女A えっ?
女B だから、そのカバンの中には何がはいっているんだよ。
女A 運です。
女B えっ?
女A (笑い)たかがカバン屋に、そんな唐突な質問投げかけて、立場が逆転するとでもお思いでしょうか。
女B そうだとしたら…
女A たかがカバン屋は、ただ切り返すだけです。
女B 相撲じゃないんだから、土俵に俵はないよ。そう簡単には切り返されはしないと思うんだがどうでしょうか。
女A 話の続きは聞きたくないのでしょうか。
女B たかがカバン屋は俵のない土俵で、話しを売ってカバンを渡すのかい。
女A いっときますが、カバン屋はいつだって、カバンを売ったことはないのです。だから、カバン屋にカバンを買いにくるカバンを買う人はカバンを買ったことはないのです。それでも不思議なことにカバン屋はカバンを買って下さいというのです。
女B それじゃカバン屋はお前の喋ったセンテンスと同じで文法がないじゃないか。
女A 文法で小説は書けません。ただ自由・文法なだけなのです。
女B それをいうなら自由奔放だよ。
女A ガキのよく読む小説に出てくるダジャレを真似てみました。
女B なに企んでる。
女A 不安になりましたか。
女B 思いすぎだ。
女A カバン屋はいつもそんな不安にさいなまれていました。
女B 思いすぎだっていってるだろうが、ただ、お前のふらちなお喋りについて行く隠れ蓑なんだよ。初対面なんで気を使ってるんだ。解るだろ、商売やってんだったら。
女A はい、その気の使い方好きです、綺麗です。
女B えッ?
女A その気の使い方です。
女B いや、その後。
女A 好きです。
女B その後だよ。
女A 綺麗です。
女B てれるぜッ…
女A えッ。
女B はっきりいわなくていいだろ。
女A いえっていったから。
女B いいよ。立場逆転した。
女A 単純ですね。
女B 単純で悪いか。
女A 綺麗です。
女B 二度目は効果うすれんだ。唐突に出た一度目は、お愛想でも納得するが、ダメ押しされると理不尽な疑問形が断定形を押しのけて、女の五段活用をはじめてごらん。否定形はもしかしたら、すぐそこに…
女A 複雑なおんな心の文法ですね。
女B …なんの用なんだい。
女A 二つ目の唐突な質問。その手は桑名の焼き蛤。わたしはただのカバン屋です。
女B なに企んでる。
女A 不安になりましたか。
女B 思いすぎだ。
女A カバン屋はいつもそんな不安にさいなまれていました。
女B もういいッ。
女A いっときますが、カバン屋はいつだって、カバンを売ったことはないのです。
女B じゃ、何を売ってんだよ。
女A カバン屋の前の商売を知っていますか?
女B えっ?
女A カバン屋の前の商売です。
女B カバン屋の店先で、あたしがいちいち聞いたことがあるとでも思っているのかい。
女A この国の多くのカバン屋の前の商売です。
女B おまえ、ただのカバン屋じゃないね。
女A 唐突な質問の連発ですが、立場は逆転しっぱなしで、わたしの手の平、いえ、もうここはカバン屋のカバンの中なのかも知れません。
女B カバン屋のまえの商売は?
女A そう直にでればすぐ教えてあげたのに。
女B ゴチャゴチャはもういいんだよ。
女A カバン屋の前の商売は、カンバン屋でした。
女B (爆笑)何かと思えば、またダジャレかい。
女A いいえ、マジです。マジほど怖いダジャレはないと思いませんか。
女B …
女A カンバン屋はある日、高い所で仕事をしておりました。ところが突風、その突風に煽られた拍子に梯子を踏み外し、地面に叩きつけられたのです。そのときンを落としてしまい、カバンになったのです。カンバン屋はそれ以来、一つの運を無くしていつも不安にさいなまれてきました。こうなればもうカバンは、も一つの運を落とすわけにはいきません。そうではありませんか。それでは世の中真っ暗闇じゃございませんか。考えてもみてください、なにせ二つ運を落としてしまえばタダのカバなのですから。そこまでいくわけにはまいりません。…故なく消し飛んでしまった運。カンバン屋は考えたのですもしかするともう一つの運も、いつどんな拍子にと思ったのです。ついに考えつきました。カバンの中に運を詰めよう、と。そのときからカンバン屋ははれてカバン屋になったのです。
女B よかったね。
女A カバン屋のバイブル、カバン屋の日本書紀、あるいはカバン屋独立宣言とでもいっていいこの逸話に対して、あなたは他にいうべき言葉はないのですか。
女B おめでとう。
女A …これが、ことの顛末です。
女B よかった。ようッポストカンバン屋。ようッ新たなるカバン屋パラダイムっ、ペッペッ ペッペッ。
女A その唾、自分の頭の上に落ちないといいですね。
女B この脈絡の行間を読めッ!
女A やっぱりバカにしてるんだな。
女B カバじゃなかったのか。
女A そうです。運はここに入っています。
女B 涙でる。もういい。本当によかった。お疲れ。…それ以外いうことない。期待に応えられなくてメンゴ。
女A 納得します。ついにあなたは、感涙にむせびました。それで十分です。
女B 涙なんか出てない。
女A いいえ出ました。わたし行間を読みますから。
女B かってに解釈するな。
女A 幾多のカンバン屋さんはきっと浮かばれます。
女B 琵琶湖の水面にでも浮きやがれ。
女A えっ?
女B お付き合いするが、それじゃ日本中のカバン屋は運詰め込んで、商いに励んでいるというわけだ。まったく臭い商売じゃないか。
女A 残念ながら、閉じ込めてしまった運を売るわけにはいきません。
女B それじゃ、カバン屋はカバンも売らず、運も売らず、何を商っているんだ。
女A カバン屋は気心を商っています。
女B ピュアーだね、いいかげんにしろッ。
女A そう、気心はいつだっていいかげんで、うつろいやすい。
女B カバンの中に運を詰め込んでカバンを売らないカバン屋さん、一つ、その気心とやらをこのあたしにも分けて貰えませんか。
女A まいどいらっしゃい。どんなカバンにいたしましょうか。
女B 気心の入ったやつ。
女A そうです。そうしてお客はカバン屋の店先をくぐり、カバンを買っていくのです。そうじゃなかったらカバン屋なんてとうい昔につぶれているんです。考えてみてください。あなたは生まれてこのかた、いくつのカバンを買いましたか。押し入れを開けて数えてみて下さい。そこにはきっと、用済みのカバンがゴロゴロと転がっているはずです。なぜでしょうか。カバンが単なるカバンならたった一つでよかったはずなのです。
女B 押し入れには、忘れようにも忘れられない記憶が詰まってんだよ。そんな押し入れの中にファッションに添い寝した使い古しのカバンが山ほどあるなら、それは一つ一つの思い出なのかもしれないね。そっと手を差しのべて、ふとわれに還るための…
女A それは気心の残骸です。あなた、カバン屋になれます。いえもうとっくにカバン屋なのかもしれません。
女B あたしには、商う気心なんてないよ。
女A でもなれます。
女B かってに解釈するな。
女A 行間をよんでるわけじゃありません。
女B あたしのことはほっときなよ。
女A カバンを売らないこのカバン屋だって、商う気心なんてあるわけありません。カバンを売らないカバン屋は、お客の持ってくる気心を色分けし、カバンに入るようにして持って帰ってもらうだけなのです。
女B カバンを買うためにカバン屋にいって何が悪いッ。
女A 悪くありません。だってそれが人生なのですから。でもほんとうに、あなたはカバンを買うためにカバン屋に行ったことがありますか。だれもないのです。だれもが、何を詰めようかという思いを込めてカバン屋に行くのです。そこでわたしはこのカバンに詰めた運を、少しばかり働かせて、色分けし、お客の持ってきた気心が運がつくようにするだけです。企業秘密をここまでばらしました。カバン一つ買ってください。カバンを売らないカバン屋は、あなたの気心詰めてさしあげますが。
女B 詭弁だ、こじつけだよ。このペテン師。
女A じゃお伺いしますが、あなたはこのように舞台にたって、いったい何を商っているのですかッ。
女B …
女A 人の気心じゃなかったのですか。するとあなたもペテン師ですか。
女B 人の気心勝手にあつかうな。おまけに色までつけやがって、何様のつもりだい。
女A カバン屋のまえの商売をお忘れですか。カンバン屋です。カンバン屋に色はつきものです。いまさら何をおっしゃるのですか。昔とった杵柄忘れるようじゃ、カバン屋のお里もしれたもの。
女B ああいやあ、こういいやがって。お前はやっぱりペテン師だ。だがな、お前のペテンはソフトばっかりだ。とろけてまうぜ。中途半端じゃないか。悔しかったらチェーンでも巻いてヘビメタやってみろ。
女A ここでとぐろを巻くつもりはありません。
女B ハードだよ。ばかやろう。ハードで気心揺すってみろってんだ。
女A 演歌じゃなかったのですか。
女B こじつけはもういい。もういいよ。
女A そう、もうわたしの用は終わりです。だって、ここまで鎖で引っ張り回したのですからきっと気心は動きはじめ、その風に乗ってメタセコイアの種子は、飛び立ったといっていいのですから。
女B なんだってッ!
女A だってここは、一丁目一番地なのです。
女B ここが一丁目一番地ッ!どういうことよ。
女A 謎のカバン屋の新・日本書紀第一項ッ!
女B …風が吹いている…本当に。風が吹いている。そんな馬鹿な、風なんて吹くわけないじゃない。だってここは…
女A 一丁目一番地ッ!
女B 水の音…流れてるんだッ!(笑い)おーい?叩△澆鵑福???瓩い討い襯叩⊃紊硫擦??るッ!
女A それじゃまた。
女B 行くのかい。
女A ええッ。
女B いつかまた会えるんだろうか。
女A いつかまた気心のしれたころに。
女B 最後に一つ、もうなにも聞かないから、一つ教えておくれ。
女A カバンを売らないこの謎のカバン屋にですか。
女B そう。よかったら、カバンを売らないカバン屋は、いつカンバン屋からカバン屋になったのか。それがいつの話か聞かせてもらうと、嬉しいのですがッ!
女A とき、暗雲たなびく乱世、平安の世はちょうど八百年前、一一八九年、文治五年四月、陸奥の国平和泉、衣川にいだかれた高館の戦場であった。まもなくその持仏堂では一人の若武者が自刃の露としてはてるはずであった。その若武者とは、歳幼く七歳にして、鞍馬の山の奥深く、禅林坊阿闍梨覚日の弟子となった稚児の成長した姿であった。その名は源久郎義経ッ!
女B やっぱりそれは、子供騙しのこじつけだッ。
女A こじつけだとしたらッ?
女B おつきあいする身にもなってもらいたい。
女A そうすると、このわたしたちの歴史が、あなたの人生が、そしてこのわたしの生活が、こじつけの積み重ねではない、と、ついにいい切っていいのですね。
女B できるなら…
女A どう、できるならそのこじつけを、メタセコイアが数千万年の時を越えて蘇ったようにとっぱらって見たいと、カバン屋は思うのですッ!

      照明激変。

[ 異化 ]

女B もうやめてッ!(と怒って魚を投げ付ける)

      魚がある。
      この魚が二人の想像力を武器に二人のかつての子供になる。
      観客にとっては魚は物理的に人である。

女A 痛いじゃないの、かわいそうに。
女B 何が。
女A 魚が。
女B 魚が?

      女A魚を取る。

女A かわいそうに。なによその目、そんなにいやなの。
女B べつに…
女A おかしいとおもってるんでしょ。
女B なにをいっているのよ。
女A おかしくっておかしくってしかたがないんでしょ。
女B あたしはただ…
女A おかしかったら笑いなさいよ。
女B おかしくなんかないわ。
女A 笑いなさいって!
女B (えへへと笑う)…
女A もっと笑いなさいッ!
女B (笑う)…
女A だめよッ、もっと、もっと笑うのよッ!
女B (ばか笑い。ひきつり悲惨になってくる)…
女A もう笑えないっていうのッ!
女B あなたが笑ってみたらッ!どうなの笑ってみなさいよ。笑いなさいってッ!
女A (笑う)…
女B そんなんじゃわからないッ!
女A (笑う)…
女B 泣いているのか、もっと笑えッ!
女A (笑う)…
女B 笑えッ!
女A 笑えッ!

      「笑えッ!」と笑いが混乱。ついに寂莫は飛躍しない。錯乱は静寂へ。
      二人は魚を目にする。身体の一部が痒くなってくる。除々に痒さは増す。
      互いに相手が早く寝ないことを責める。

女A 魚、私、駄目なのジンマシン…
女B 魚、私、駄目なのジンマシン…

      痒さが激しくなってくる。

女A あんたが早く寝ないから。
女B あんたが早く寝ないから。
女A …
女B …
女B あんたが早く寝ないから。
女A あんたが早く寝ないから。
女A お前が殺ったんだろ!
女B それは何も知らない、がんぜない、僕は五尺之童でした。僕は夜空を飛んでおりましたこの黒髪は来る風に、千切れんばかりのフラフリフラのフラッター、学生服はそんな風を背にはらみ、上へ上へと押し上げます。順風満帆の空中飛行…何処で殺したんだッ。
女A それはまるで夢を見ているようでもありました。それは荒野をかけめぐる夢がかけこんで行った月の砂漠だったのかも知れません。砂に隠れた幻の地平線を求めてすべてのものはめくるめくひるがえり…ホラ、幻の地平線から銀板の月が登ります…その日は雨だったか?
女B そのゆらめきはあるはずがない。けれどそれは見えているのです。頭上にまとわりついて、そして離れようとしない、この大地に染みてそこにあるのだと思います。光となって滲み出ている。それはきっと少年達の想いが行き場を失い、袋小路の迷路に苛立ち、苛立つほどに発光している、そんな栄光の光の具合なのです…泣いていたのか?
女A 風が吹き始めました。この風はきっと俺が学校に行ってたとき、昼休みの体育館の裏を吹いていたやつだ。みなさんのホホやうなじをそよいでゆきます。一時間目の授業に遅刻して、取り残されたプラットホームを通り過ぎた風、体育の時間を休んだ、昼下がりの一人きりの教室に吹いていたのがこの風だ。ほら、風が吹き始めました…どんな気がしたんだッ!
女B 風はいま、風鈴に化身しています。風はこの空気を振るわせ、音波となってチリン、リンリンとその身を振るわせ、僕をとりまきます…ずっと考えていたのか?
女A 御破算で願いましては…美しい言葉…一言つぶやき、そのように、おもいやる程に、願う程に、叶うなら…はかなく美しい言葉だと思います。だからこそきっと、この世にあまたあり、月あかりに照らされた、成就せざるほのかな思いが、そうつぶやくのでしょう…正直に言ってみろッ!
女B ねえ君、君はこうして、未練が梯子に乗っていた。ぬけがらが土蔵の中で、解き放たれたみまごうばかりの時間の中に、いつはてるともない迷宮の物語へと旅立てば、君はいつも格子の外で僕といた。いや、そのとき、君は僕だったのだ…歳はッ!
女A 子を生んだことのない身は子持ちより幸せと申せましょう、なぜなら子を持たぬ身は子というものが良いものか困ったものか、それがわからず色々な苦労から免れているので す…だが、もう遅い、何がなされようとも、すべては遅すぎるッ…誕生日の前の日だろッ?
女B ある日のことでございますッ!お釈迦様は…極楽の蓮池のふちにたって…この、一部始終をじっと見ていらっしゃいました…やがてお釈迦様は、光一を地獄から助けようとお考えになったのでございます。そして、光一が慈悲をかけ、その命を慈しんだクモのその糸を、お釈迦様は蓮池の底深くたらし、光一の前に差しだしたのでございます。光一はそのクモの糸を登り始めました。まもなく蓮池の縁に手が届かんとするそのとき、ふと下を見ますと、多くの餓鬼どもがクモの糸を登ってきているではありませんか。そのためクモの糸は、光一の手元で、今にも切れそうになっています。光一はあわてて、自分の足元のクモの糸に手を伸ばしッ!…何故一緒に死ななかった?
女A 黙りゃれッ!わらわはヒミコ…ヒミコであったそのゆえに、わらわの命は助けられ、わらわに生きて苦しみを、国を失った悔しさを味わえ、という…あの人はそういった。あの人がヤマトだったのか…ヤマトがあの人だったのか…いずれにしろ、このうらみ、ヤマトに返さねばならぬなあ…千年を生き延びて、生き延びたがゆえにナメてきた。そのノシに、国を滅ぼされ、財を奪われたうらみをつけて返してくれよう。それこそヒミコとヤマトの無理心中、わらわの道行じゃ!…毎晩毎晩、夢にうなされているんじゃないのかい?

      二人、大きく踏み出す。

女B 親を殺した小雀が恋し恋しと鳴きまする。恋し恋し飛びまする。なにが恋しと聞いたらば、チュンチュンチュンチュン鳴くばかり。鳴いたお口のなかからは舌だす舌さえ見えません。あたしゃ舌きり雀です。あたしの恋しさ知りたけりゃ、あたしの舌に聞いとくれ。あたしもそれを知りたくて、今日もお空を飛びまする。明日もお空を飛びまする…悔やんではいないのか?
女A …だが人は人に出会い、親は子に出会い、子は親に出会う。女は男に出会い、男は女に出会う。この出会いの中で様々な想いは漠として生まれ、やがて血を滴らせついえさる…げに恐ろしきは、げに恐ろしきは…お前を見て、笑ったんだよな?
女B 苦しいよう=、苦しいよう=…暑いよう、苦しいよう、焼け死んじゃうよう。水、水をくれ…母ちゃん逃げよう、母ちゃん逃げよう…母ちゃん、母ちゃーん…その子は何をしてたんだッ?
女A 母さん好きなんでしょ。父さん嫌いでも、母さんは好きでしょ。じゃ抱いてあげるいらっしゃい(と、喪服の片肌ぬいで卓袱台の上へ、大股開きですわる)さあいらっしゃいこわいことなんてないのよ。お乳すわしてあげる。やさしく抱いてあげるからいらっしゃい…その後、お前は何をしたんだ?
女B …記憶が蘇る。…あなたの中で僕の記憶を蘇らせてくれませんか。夢をみたいというのではありません。こんな僕がただいやだと言うのでもありません。あなたの中で僕の記憶が蘇るなら、僕はそれをかっさらい、きっと在るだろう僕のもう一つの可能性を生きてみたいと思うのです…お前の見上げた空は何色だった?
女A (星空を見上げて)人が死ぬ時は何時だって、視線は地面すれすれにあるとは思わないかい。きっとそれはこの人の一生で一番低い視線なんだ。その視線はその人の最後の風景としてその脳裏に深く刻まれるだろう。すべての人の最後の風景がきれいだったらいいのにねえ。それで十分だと思わないかい、それでいいんだよね。…君が水中から見上げた視線は水面を突き抜けて星空にとどいていたはずだ。星からの光線は水中ではきっと…
女AB …こんなふうにきらめいていたはずだッ!
女AB (むきあって)オイもういいんだよ。もうすこし寝ていろよ。こっからがいいとこだ。ここまではいつだってこれたんだからな。
女B それは私のいうこと。
女A それは私のいうこと。
女B ここから先は私一人でいく。
女A ここから先は私一人でいく。
女B 一人にしてよ。
女A 一人にしてよ。
女B もういいから寝なさい。
女A もういいから寝なさい。
女AB …
女A あなたこそ寝なさいってッ。
女B あなたこそ寝なさいってッ。
女A あなたが寝ないとあたしは眠れないのよ。
女B あなたが寝ないとあたしは眠れないのよ。
女A 一人にしてよッ。
女B 一人にしてよッ。
女AB …
女B 寝なさいってッ!
女A 寝なさいってッ!
女B 寝なさいってッ!
女AB …
女A お願いだからもうほっといてッ。
女B お願いだからもうほっといてッ。
女A お願いだからもうほっといてッ。
女B お願いだから一人にしてッ!
女A お願いだから一人にしてッ!
女B お願いだから一人にしてッ!
女A お願いッ!

      二人、大きく踏み出す。

女B お願いッ!
女A お願いッ!
女AB お願いだから寝てちょうだい。

      女Aは出刃包丁を持つ。女Bは魚を持つ。

女AB そんなに泣くと、お父さんが起きるでしょ。
女B そんなに泣くと、お婆さんが起きるでしょ。
女A そんなに泣くと、近所の人が起きるでしょ。
女AB お願いだから寝てッ!

      女Bはさかなを子供の首を絞める。
      女Aは女Bから魚を狂ったようにとる。女Bの対象は招き猫に変わる。女Bは傘をさし雨降る外へでたようだ。

女AB 泣かないで。
女B 寝て。
女A 泣かないで。
女B 寝て。
女A 泣かないで。
女B 寝て。
女A 泣かないで。
女B 寝て。
女A 泣かないで。
女AB お願いッ!

      女Aは出刃包丁で魚を刺した。女Bは招き猫を絞め殺した。音楽CO。
      女A・女Bの号泣が続く。そして続く。

女A そんなふうに子供の首を絞めたんじゃないんだろッ。
女B いいえ、私はこうして子供を刺し殺したんです…そんなふうに子供を刺し殺したんじゃないんだろうッ?
女A いいえ、わたしはこうして子供の首を絞めたんです……そんなふうに子供の首を絞めたんじゃないんだろうッ?
女B いいえ、私はこうして子供を刺し殺したんです……そんなふうに子供を刺し殺したんじじゃないんだろうッ?
女A いいえ、わたしはこうして子供の首を絞めたんです…そんなふうに子供を殺したんじゃないんだろうッ?
女AB はい、私がこの手で、この母の手で、我が子の首を絞めたんですッ!
女A そして、あたしも死のうとおもったんです。
女B でも、怖くなったのです。いいやそんなことはない…でもこうして生きている。
女A わからない…
女B その目はあたしを信じていました。すべてを許すように…でも、死を受け入れる目の輝きなどがあるでしょうか。
女A 微笑んでさえいました。
女B そうよ、手をこのわたしに差しのべさえしたのよ。
女A なぜなのッ!
女B 微笑んでいたからッ?
女A 邪魔だったんでしょッ?
女B 包丁があったからッ?
女A お酒のんでたからッ?
女B テレビがうるさかったからッ?
女A 男が憎かったからッ?
女B お客が来たからッ?
女A お隣が気にくわなかったからッ?
女B 暑苦しかったからッ!
女A 電車が通り過ぎたからッ?
女B 人が歩いていたからッ!
女A 話し声が聞こえたからッ!
女B 外がうるさかったんでしょッ!
女A ビルが高すぎたからッ!
女B 人が多すぎたからッ!
女A 街があったからッ!
女B 政治が気にくわなかったからッ!
女AB 天皇ヒロヒトが死んでしまったからッ!
女AB ちがう…
女B すべては違うわッ!
女A そしてすべてはそうよッ!
女AB だからわたしを殺してッ!

[ 雨上がりの紫陽花 ]

      空間が歪む。
      二人はこの劇的なるものを実証する。
      中島みゆきの『世情』流れる。
      女Aと女Bは互いに首を絞めはじめる。数分の女Aと女Bの、したがって女の自死へ至ろうとする場。
      音楽CO。同時に女B倒れる。女A立ったまま絶命か?
      女A泣き崩れる。
      女B静かに起き上がり、女Aに傘をさしかける。

女B 傘ささないと身体に毒よ。

      女A傘をさす。

女A 綺麗なお星さまね。
女B 月なんてでてないわ。
女A あじさい、きっと綺麗だわ。
女B えッ?
女A 雨上がりの朝の紫陽花。
女B そうね。
女AB (間)…
女A あしたが…
女B あしたが…
女AB あしたがあれば!…

[ フィナーレ ]

      静に音楽入る。
      小柳ルミコ『おひさしぶりね』
      最後の身体の展開。足を踏む。踏むことでの身体の開放。
      フィナーレ
      幕 

演技について

[ 目次 ]

 書かなければならなかった事 ・・・・・・・・・・・・・・  125
 大阪演劇情報センターからのお知らせ ・・・・・・  125
 無観客試合と演劇〜 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  150
 『大阪物語』とカンディンスキーの三日〜 ・・  160

 演技について 〜無観客試合と演劇〜 

   1 「{ルビ しあい}観客試合{/ルビ}」と「{ルビ むしあい}無観客試合{/ルビ}」

 演劇公演の舞台を、テレビ録画などで観ることがある。多くは『劇場への招待』とかいった番組なのだが、そこでは舞台を観るという感覚を捨て去ることを思う。これらの番組の多くは、当然のことではあるが、ある企画と意図によって、任意の部分が選択され、切り取られて、編集されたものである。この無観客試合は、それはそれである。
 今ひとつの無観客試合を、テレビで観戦。タイで行われたW杯アジア予選、日本×北朝鮮戦のテレビ中継なのだが、この私の観戦という位置は、国際サッカー連盟(FIFA)によるのだろけども、無観客試合なので、いくらテレビで観戦していても、やはり私は観客ではないことになる。この事態からすると、観客とは試合会場にいる観衆のことになる。語の意味を予断すると、試合を衆目にさらさないことが、無観客試合と思われるが、背に腹は変えられず、あるいは、中継契約を解約できなかったのかも知れない。北朝鮮での試合チケットを予約していた人たちは、キャンセルの憂き目を見たのか。ともあれ、テレビの前で、ライブ中継がフレームで切り取られた全体であったとしても、私は観衆であった。
 私は、といいながらもこの事態の経緯を、何もわかっていない。そして知らない。第三国で行うのは、ホームでやるはずだった、北朝鮮への制裁なのか。同時に、試合終了後の選手たちが危害が加えられるかもしれない事態を、それは「北朝鮮での観客暴徒化を理由に、ワールドカップ(W杯)アジア最終予選の日本×北朝鮮戦を第三国、無観客で開催するとした処分」であるなら、北朝鮮の観客に対するペナルティのツケを北朝鮮サッカー側が被ったのか。さらに、であるなら日本サッカー協会と、当日、サッカー場で観戦しようと予定していた人々が、割をくったということになる。ではこのような事態を招聘したFIFAは、どのような自己責任処分を自身に課したのか? 処分を断行することがそうなのか。
 まあ、いってしまえば、これらのことはどうでもいいことだ。私が引っかかったことは、無観客試合という言葉の形容矛盾だ。この言葉の成立する前提は、試合という概念に、観客が含まれているからにほかならない。それは「観客試合」という言葉がないほどにである。にもかかわらず、無観客という形態で、試合を形容する。つまり試合でないものを試合といってしまう、自己矛盾がこの形容矛盾の本質だ。語の正意から行けば、無観客試合という言葉は成立しないのであり、仮にそのような形態があったとしても、すでにそれは試合ではない、ということである。多分、試合という言葉か、観客という言葉が曖昧であるのか、概念そのものをずらさざるをえない状況にわれわれはいるのだろう。

   2 観客と試合と

 さてお断りしたいが、私はここで観客論を開陳しようとしているのではない。観客という言葉を整理しようとしているに過ぎない。したがって、次のように「無観客試合」を整理したとしても、ここで綴ろうとすることは残る。
 国際サッカー連盟(FIFA)の規律委員会の決定は、再びの事態を避けることであり、それは日本人選手と日本から訪れるであろう観客らへの安全性の配慮、つまりはW杯アジア予選での不慮の事故に対する配慮等なのだろうが、結果、これをなぜ「無観客試合」と表現するのか、ということになる。
 閑話休題。どうも持ち場が違うところに迷い込みそうである。私は、スポーツ選手でも、スポーツイベント屋でもない。ましてや、武道を志すものでもない。舞台表現を志すものであり、その思想性が、抜き差しならぬものであるなら、それを由とするものです。いわば、単なる門外漢である。そこで「観客」という言葉を手がかりに、見えないものを、この際見ておこうとするには、徒手空拳で進みすぎるように思われる。
 実は、この私の発言には経過がある。
 かつてJリーグが発足間もないころ、あるクラブチームが破綻するなどし、観客動員が落ち込んだ時期があった。このとき当時のチェアマンであった川淵某が、正確ではないが「選手はがんばってもっといい試合をしないとだめだ……」とのインタビューコメントがテレビニュースで流れていたのを記憶する。この発言を舞台に置き換えてみよう。

  「面白い舞台であれば客は入る」

 これは間違いではなく、正解だ。だが、何もいっていないに等しい。「面白い舞台であれば客は入る」とは、それはそれで当たり前のことであり、だからといって無制限に観客数が増加するのではないからだ。「いい」や「面白い」は、ある価値観の表出である。ついには個的な嗜好だ。個的な嗜好が情報として力を持つには、生活圏を離れてはない。私が言うまでもないが、この個的な嗜好が生活圏を離れ、つまり幻影化するには、マスという媒体や、メディアが必要だろう。したがって「面白い舞台であれば客は入る」という物言いは、生活圏での話しであり、ここにマスコミュニケーションの浸透度により、その生活圏は広がるのであろうが、やはり、口コミという交通形態を逸脱しない。
 だからこうも言うことができる。個的な嗜好が生活圏を離れ、つまり幻影化することによって、個的な嗜好が操作可能となるなら、

  「面白くない舞台でも客は入る」

 これは論理的帰結となる。また、それが継続するかどうかは別問題で、本質論とは別に、イベント屋の力量と、ビジネスモデルに帰結するだろう。
 すでにお分かりのように「選手はがんばってもっといい試合をしないとだめだ……」とは、川淵某の無責任な、責任放棄の発言に他ならない。それが、現場への叱咤激励の発言だったとしても、事態の起因を選手たちに求め、責任回避を図ったとなるほかない。百歩譲ったとして、ではチェアーマンとは何者なのだ。
 現場経験もないので、選手という言葉を持ち出すのはやめよう。つまり俳優は舞台で、いい舞台をしよう、面白い演技をしよう、あるいはダメにしようなどという、そのような即時性を展開するのみの余裕はありません。やらなければいけないことは、そんなことをうっちゃり、通り抜けて山ほどある。
 さて、この論理破綻を回避したものを日韓共催W杯だということができるのだろうか。定かではないが、私にはそのように見える。これをだれが支えたのか私にはわからない。また位置づける立場にない。それでもこうして今、私は「無観客試合」という言葉に向き合っている。
 出発は「観客」と「試合」という言葉が並列する違和から、無観客試合という言葉は形容矛盾だだとする想いから出発している。私の力量で、ここでスポーツの何たるか、試合の語源等を紐解き、この私の違和に迫ることはできない。舞台とうい作業場に足を置き、生活感覚を押し開くことだけだ。
 さて、スポーツと試合はいつのころから手を取り合ったのだろうか。近代日本の国威高揚として西洋式肉体強化術云々となると、稿数がいくらあっても足らない。違う語り口をしよう。
 私は試合という言葉を、どこまでたどることができるのか。果し合い状。宮本武蔵。決闘。どうやらこのあたりだ。死合い、間合いを試す、死を合わせる。こういうイメージが成立してくる。仮に、何の根拠もなく、武道の世界では命のやり取りを試合という、と言えば、私の語感に重なる。そうであるのかどうかは別として、つまり試合という語含意は個的なのだ。決闘は1対多でもイメージできる。これが集団的になると合戦となる。さてあたかも、試合が死合いに重なるとしているが、そうではない。天覧試合、御前試合などとなるとすべては死合いに重ならない。ここで一貫しているのは勝負ということである。それは死合いを含んで、生き死にの問題であったのだろうということだ。これが私の位置づけである。
 さて、命をやり取りする試合に、われわれはどのように加担することができるのだろうか。多分、その事態に立ちすくむしかないだろう。これは野次馬ということだ。野次馬以外には立会人がありえる。また、助太刀人もありえる。こうなると、観客の出自は、試合に対した立会人なのだろうか、助太刀人、野次馬なのか?
 たしか、黒澤明の姿三四郎と試合をした月形龍之介たちは、吹きすさぶ未明の荒野で絵になっていたように……記憶の彼方です。
 命のやり取りを語り継ぐようにあった立会人は、審判になったように思われる。助太刀人が観客だ。野次馬はついに野次馬で、第三者で責任の埒外だ。もうほとんど私の悪意はaudienceはaudaciousやaudioに通じる。
 ここで、やっとサポータという言葉にたどり着いたことになるが、この言葉はいまだになじめない。私の直訳ではサポータは助太刀人だ。ましてやサポータは十二人目の選手といわれると、観客たろうとしている私は困ってしまわざるをえない。
 甲子園球場には観客もサポータもいない。阪神ファンがいるだけだ。
 ともあれ、日本式の命のやり取りの試合から、死合を抜き去った、仕合をスポーツに重ねることで試合はゲームになった。そこでやり取りされるのは勝負だ。これがとりあえず整理して差し出すことのできる私の独断と偏見だ。
 さてもう一つ、古代ローマの円形劇場には剣闘士がいた。これは娯楽性の高い見世物だが、元は葬儀であったとものの本にはある。そこには市民という観客がいる。儀式だ。
 勧進角力も神社や仏閣で行われた儀式だ。大衆という観客がいる。
 最後にギリシャ悲劇にはコロスが登場する。コロスは「舞台と観客との間の媒介者」としている。
 試合という言葉にこだわりながら、観客というイメージをすくい上げようとすると、このように多義にわたる。ここで言う野次馬からコロスまでに共通する立場は、当事者ではないということである。
 さてさて、ここまでの無理に無理を重ねた、論拠も示さない独断と偏見は当然のように行き詰るわけで、次のように命題らしきものを掲げ、文意を運ぶことにしよう。
 サポータはどこに行ったのか?
 日本×北朝鮮戦のテレビ中継画面から、こぼれ聞こえる太鼓と応援コールの中にいたのか。いや、あれこそ感動的にも、任意の第三者たらんことを選択したにもかかわらず、拒絶された観客と呼ばれたはずの一群ではなかったのか。どう考えてみても、FIFAが無観客試合ということで、ゲートの外に押しやったのは、あの一群であったと思われる。だが、テレビ中継中のアナウンサーや、解説者、あるいはサッカー関係者の発言を総合すると、彼らはサポーターに変身したり、また観客になったりしてしまうのだ。ついには「日本全国のテレビで応援していただいたサポーターのみなさん」まで登場する。
 ここまでくるとわけがわからず、納得するにはサポーター=観客と理解するしかない。しかしこれは「無観客試合」ではなかったのか。
 するとFIFAは「無観客試合」ということで、押しやったものとは、何なのか? ほとんどもう、何かを押しやるように装うことで保障したのは、FIFAの権威だけだ、などと与太を飛ばしたくなる。
 もちろんこんなことを綴るために、文意を運んでいるわけではない。しかし一つだけ言っておきたい事は「サポーター=観客は十二人目の選手だ」という、あたかも本質に迫るかのようなメッセージは、なんら内実を持っていなかったということである。つまり日本サッカー協会は「十二人目の選手」がいない試合などありえない、とはしなかった。選手のいない試合などありえないにもかかわらず、である。あたかも本質に迫るかのようなメッセージを保障するためのポーズすらしなかったのではないか。その証左に、重ねて不思議であったのは、誰もが「無観客試合」など試合ではないという意思が組織された、と思わないではないか。ここまでくると、FIFAの「無観客試合」を素直に受け入れたというのではなく、サポータと呼ばれる側にサポータはいなかったといわざるを得ない。するとサポータとはクラブチームを、無償で真摯に支えようとする、ファンたちのことだと、これまた言わざるを得なくなる。
 この事態を、語彙や形態を含めて混乱しているというのは容易い。そのようにあるなら、やがて整理されるだろうとなるからだ。リアリストを装えば、整理されるなら、とっくの昔に整理されているはずだ、となる。つまり、このあたかも一見混乱と見える現状こそ、整理されているのだ。この仮設が私の違和と結びつく。違和であるから合理的ではないとならないから、ややこしい。
 つまり、そもそもは「無観客試合」という言葉を発したとたん、観客という概念を含意しなかった「試合」という言葉に、観客がへばりついてしまうのだ。「無観客試合」という言葉がそれほどの力を持っているというのではない。むしろ「試合」という概念が、そのとき捻じ曲げられたことによるのだ。それは「試合」という文化が照らし出されたというほうが正解であろう。つまり、本来的には「試合」という概念に、「観客」という概念が含意されなかったのにもかかわらず、現代の私たちの想いが、「試合」という言葉に「観客」を預けてしまわざるを得ないねじれからくる、歪みの磁場が、一瞬、見通しのいい荒野に連れ出されたのである。もちろん、語源としてここで言う意味で「試合」があったのかどうかではなく、現代のわたしたちにとっての「試合」の語源がそう捏造されているということである。

 さて、ここまで「試合」という言葉への思い入れを持つと、FIFAはこれにどのような言葉を使ったのかが、気になってきた。The Japan Times OnlineのThe Associated Press(AP通信)によると「with no spectators」という文字が見える。ここでは「観客」に「audience」ではなく「spectators」を使っていることがわかる。 この状態をFIFAは「behind closed doors」(非公開ということだろう)という言葉を用いている。これらはインターネット上の検索サイトで調べたもので、FIFAのオフィシャルサイトを覗いたりもしたが、規約委員会の公式文章に直接あたったのではないことをお断りしておきたい。ちなみに、ニュース記事では「試合」という語に「match」や「game」が当てられている。さらにお断りしたいがFIFAの公用語が英語かどうかも調べてはいない。これは余談になるが「spectators」の近似値として「specter」に目がいくこととなった。

  3 真剣勝負

 ようやく表現の鳥羽口に立つことができた、といえるが、やはり次に移る前に「試合」に対して決めうちを綴っておくしかないようである。
 私たちは現在生活の中で「真剣勝負」という言葉を持っている。気軽に使ったりもする。私の個的な言語観から行くと、いつのころ捏造されたのであろうか、と考えてしまう。このトートロジーは何を意味するのか。この拙文の脈絡から行くなら、勝負とは元来真剣で行うのであり、この勝ち負けを死合いに重ねるものを試合とした。そう位置づけることで、ここで言う「無観客試合」を理解しようとしたのだ。繰り返すことになるが、試合でやり取りする勝負は真剣でこそ決着する、とするなら、なぜその試合を、駄目押しするように「真剣」と念押しせざるを得ないのか。それは「試合」が「試合」でなくなり、かつての「試合」に対する追憶と記憶が忘却の彼方から「真剣」という言葉を呼び寄せるのだ。不謹慎にもソシュール風に言えばランガージュの再配列が行われたのである。関係構造からいえば交通形態の変容なのだが、さてこれはわれわれ精神の、自然成長過程として変容したのであろうか? 別稿を起こさねばならぬ領域に突入することは避け、誤解を恐れず言い放つが、これでは『龍馬はいかない』であろう。私たちのが引き受けてある近代は、いくつかの世界大戦を持ってきたではないか。同時に連合赤軍「事件」はある。つまり、先日の、三年一組の教室に投げ込まれた、火薬入りの瓶を、どう演劇的に解決できるのかということである。残念ながら、われわれの演技論は、その爆発の前で佇んでいる。そして明確にいえるのは、火薬入りの瓶の対極にあるものが「無観客試合」という概念である。
 「試合」から「無観客試合」への推移は、「勝負」から「真剣勝負」への変容性に重なる。この、「勝負」から「真剣勝負」への変容性の中にあるのは、われわれが引き受けてある近代、これらを上記のようにイデオロギー(=ドクサ)としてマニフェストするのはそう意味あることとは思わない。それはまた、換言して「勝負」から「真剣勝負」への推移が、文化成長過程として、われわれの持つ攻撃性や、テロリズムの非生産性を官許の元に去勢するという経済性のみで置き換えられたものだ、と言い放っても同時に意味がない。つまり「勝負」から「真剣勝負」への推移を歴史成長過程と位置づけしまう仮設は、「投げ込まれた、火薬入りの瓶」としてあるこの今を、無批判に追認するだけのこと以外ではないからである。
 さて、これらはそうあるという前提である。話しを進めるには、これらのカテゴリーに対し身体を置くという作業である。当然それは演技論である。この表現行為という視座で「無観客試合」の「観客」を見ていくことにしよう。
 まずは「観客」という言葉が、スポーツと呼ばれる現代的な語彙の中に、どのように閉じ込めれれているのかを、炙り出す事になるだろう。かといって、スポーツ原論があると仮設して舞台表現という物事を進めてきたわけではないので、そうせず、むしろ、表現における観客という観点から接近して荒書きすることが、ここでの道筋である。つまりまっとうにそうせざるを得ないのだ。
 たとえば、あるテレビを見ているとき、スポーツ中継アナウンサーの「高橋尚子選手が、沿道の観客に向かって、手を振り声援にこたえています。まもなく四〇キロを過ぎます」という発声をしたとしよう。ここでの、このスポーツ中継アナウンサーは状況を、スポーツ、一人のマラソン選手、観客という絡みで紡いでいるわけだ。一人のマラソン選手が観客に対し、状況をマラソンしている。では、観客は誰に対しているのか、といった細部に踏み込む勇気はないが、スポーツ中継アナウンサーは、一人のマラソン選手がマラソン競技を行っている状況に、もう一つの何かを付加したのだ。スポーツ中継アナウンサーが沿道の観衆を観客と呼んだとき、一人のマラソン選手は、表現という属性を背負ったことになる。スポーツが表現に成り下がった瞬間である。つまりスポーツは何かに成り上がることもできないし、成り下がることもできないという意味でである。このマラソン競技がイベントとしてあったのかどうかということは関係ない。スポーツはスポーツであり、表現は表現である。
 ここでの意図を明確にするために「スポーツは表現か? 」と問うことにしよう。それは表現であると同時に表現でない。トートロジと逆説のオンパレードだが、それはこうだ。スポーツとは対他性においては競技であり、対自性においては表現である。では表現とは何か?

      ;【 注記 ・編集】ここまでの「1」から「3」は、闇黒光の文責で、2005年06月10日に『Blog 大阪演劇情報センター/更新記録・編集後記 ODIC』に発表された。参照URLは「http://info.odic.ne.jp/yam i/b_log/P_BLOG/」である。

  4 情報としての観客=演技論の地平

 行きがかりとはいえ、思わず「表現とは何か? 」などと問いかけてしまったことに後悔しきりである。当然、これに真っ当に答え切る力量はない。
 ならばこの拙文の出発と、自問の意図に還り、思いを絡みとるしかない。幸いなことにかどうかわからないが、右記の「3」から、この「4」へは意図的に、ほぼ一ヵ月の時間があった。書きなぐった思いは頓挫したことになってしまったので、その後思いも動く。これを整理することから始めよう。
 所期の思いは、そう複雑なものではなかかった。仮に「無観客試合」という言葉が実体化してあったとして、そこで屹立するイメージへの違和とは何か? これを整理することで、よしとする魂胆であった。だがさて、ことはそういうことだけではないようである。つまり「無観客試合」とは、様々な語り口はあるだろうが、この拙文でした、試合の形式を規定する用語ではなく、観客に纏わる概念の問題であるとせざるをえないのではないか、となる。ここに、思わず「表現とは何か? 」などと問いかけてしまう脈絡があった。これが整理の大枠である。
 できれば、サッカーには「無観客試合」というゲネプロ(オペラなどでは、初日の前に、本番どおりに行う稽古のことをいう、とものの本にあります。演劇業界でもそうかもしれません。アリアリの稽古です。バックツアーなどで、見学の方は居るかもしれませんが、観客はいません。Generalprobe=ドイツ語)のような試合があるんだ、ということで通り過ぎたいのであった。しかし、これはFIFAの国際試合である。そこで「無観客試合」と宣言するのである。世界規模のイベントのなせる業であろうが、うがっていえば「ゲネプロは本番です」というのである。
 このとき「はいそうですか」といえないのは、ここで問題をこう仮設するからに他ならない。ことはサッカーの問題ではない。「無観客試合」という言葉がありえたという、私たちの状況の問題であるだろうからだ。それが「無観客試合」という概念でもなく、またイメージでもなく、である。この言葉が状況として成立しえたということは、そのバックボーンがすでにあり、それが「無観客試合」という価値で成立することにより、物事の関係は変容したということを意味する。それはまた、表現行為が見定めることを余儀なくされる観客の在り処が、これまでとはずれてある、ということになるからである。
 換言するなら、無名性のなかに観客がいるであろうと想定したゲネプロと、あらかじめ観客を拒否して、観客を想定することは、決定的に異なる行為である。
 多分、演劇営為が、見る観られるという相対性の磁場から抜け出し、可能性としての関係性を行為する作業であるならば、必ずや見るという行為は、体験から経験に登りあがる作業として、舞台に上がり役者たらんとする俳優の前に、俳優の対自性を含んで起ち現れずにはおかない。これが無名性の中に観客を想起するということであり、結果、演劇営為は可能性の実態を私権化して、行為するという役者たらんとする身体のうえで、演技を捏造する方法へ至ろうとするものであるのなら、この観客の在り処のずれは、何をもたらすのであろうか。
 私はいま、注釈をことさら加えず、未知座小劇場の演技論をマニフェストめいて語っているのは、その演技論を情報論として語るしかない逡巡からくる。端的にいえば、ここでいう「見る観られるという相対性の磁場」は、もう遠い昔の《昭和》という時代にあった物語としてではなく、あらためていうまでもないが、それは今日でいう情報としてあるからに他ならない。情報=物語についての何ほどかを語らねばならないのだろうが、このあたりの「情報と演技」に対する位置付けは、別途拙文として『情報と演技について』や『演技について』(http://info.odic.ne.jp/yam i/engekiron/ronsyu.php)があるので参照願えれば幸いである。文脈上概括するなら、行きはぐれてしまった「観客」や「物語」への望郷の眼差しを、別名としての「もう一つの物語」あるいは「ありえてしまった未来」に送るのではなく、あるいはまた「すべてを概括するかのようにあった、物言わぬように物言う日常」を嘯くように、凝視するのではなく、百花繚乱の情報論の海へ竿さし、それに耐えうる演技論を行為するを良とした。だが、いま演技論は情報論を装いわれわれの前にあるのだ、と揚言したのであった。 さて、この「4 情報としての観客」は前節の『表現行為という視座で「無観客試合」の「観客」を見ていく』ということから始めたが、思いの丈で強引に纏めているという感を免れ得ない。それは、素直に文章化することが出来ず、こう「纏める」ということでしか文意を運べない、私の現状を示してあるといえる。そうはならじとするなら、素描しようとしてきたイメージを提出し、この纏めに繋げておくことで、この拙文を終わることにしよう。

  5 卑弥呼の踵

 舞台という形式をどこから想起するのか、ということにもなる。それは、どこまで時間のネジを巻き戻しておくのか、ということである。またそれは、削ぎ落とすことの出来るものはすべて削ぎ落とすという仮設である。この社会性を帯びた表現という鏡に「無観客試合」はどう映るのか。
 もちろんこれはイメージの話しであり、その原初形態から前述した「無観客試合」を見ようとしてきた。ここでいうイメージというのは、ロマン・ロランの「花で飾った一本の杭」のようなものである。このロマン・ロランの「杭」は祭りの原初形態と読むのだが、さて舞台の原初形態は。
 原始共産制。雨乞いが行われている。それは共同体の意思である。「薪くべ」が行われて炎が舞う。祭壇がある。その前で巫女は御託宣を求める。それらを前に人々は祈る。ここにいる巫女は、私の場合は「事鬼道 能惑衆」の卑弥呼である。やがて御託宣がおりる、それは御託宣がおりたと装うことかもしれない。ともあれ卑弥呼は踵をかえす。
 踵がかえったこの瞬間こそ、世界史のなかで舞台が成立した瞬間である。これらはすべて儀式の一環であるかもしれないが、そのとき卑弥呼は、人々と萬神の間に割り入り、自身を物語ろうとしたのだ。祈る人々は、一瞬に観客に転換した。余談になるが、舞台にあがり役者足らんとする俳優の、この踵をかえすという様態は、何ものかを一瞬に異態に転換する行為のことである。人々はこれを演技というが、技とするにはおこがましい。ということで、できるなら、あらかじめ役者である能役者と言われる方々にお任せしたいのが、偽らざるところである。だからといって、舞台にあがり役者たらんとする俳優はアンドロマックよろしく「天におわす我らが大神様よ」というわけにはいかないのである。つまり、ここでの構図は、卑弥呼の前に観客はなく「無観客試合」がある。また観客の前には卑弥呼はおらず「無観客試合」がある。
 この拙文で出発してあった「違和」は、卑弥呼の側からする「演技論」であると括ることができるだろう。また、観客の側からするそれは「情報論」であるしかないのだ。この二つは、ゆきはぐれてある。唐突に聞こえるかもしれないが、この拙文に隠された、舞台で行為することのリアリティーのなさや、物語の不可能性は、ここでも論証できるはずである。これらを前にして、逃げを撃つのは容易い。この「演技論」と「情報論」をまとめて情況論として語ればいいのである。もちろん逃げであっても、それが現代的な課題や思想的課題、あるいは演劇的課題に対し何らかの仮設を提示したものであれば、それは一つの営為であり、一つの可能性である。当たりをつけていえば、それでは現象学としての論にならないのである。このジレンマこそ『演技について  〜無観客試合と演劇〜』という拙文であるということは言をまたない。
 繰り言になるまえに「無観客試合」にかえろう。であるが、これまたあるイメージになる。これを提出して終わりにしたい。
 前述で、舞台の基点を卑弥呼の踵にもとめた。そこからの「無観客試合」のままでは、ついにそれは単なる総括に過ぎない。すでにお分かりのように「無観客試合」は総括の対象ではないのだ。それは課題であり、可能性である。そうであるなら、もう一つの視点が必要であった。仮に卑弥呼の踵が千年の向こうなら、千年のあちらが必要となる。来年のテント公演でも汲々しているのに、なんのホラだというのは請け合いだが、これは大向こう受けを狙った法螺なのでご勘弁願いたい。ここに「虚体」をおきたい。「虚体」といえば埴谷雄高の自同律の不快としての「虚体」であるが、自同律の和解としての「虚体」を本歌取りするのである。たとえば「わたしが蝶であるとするとき、わたしは蝶である」と
 しての、自同律の和解としての「虚体」である。向こうとあちらの幅のなかで、こちらの「無観客試合」を、自同律の和解としての「虚体」から見定めることを試行する。もうことは「無観客試合」でなくなるのはいたしかたない。
 やはり最後にお詫びするしかないようである。論拠や出典を示さないままの軽業師めいた展開は、当然蕣蹙をかう他ない。ただ、ここで綴ったのは論文でも演劇論でもない。それは、未知座小劇場がする現場からの報告である。この一点は、最後まで手放さなかったつもりである。この意味で黙許願えれば幸いである。

 さてさてこのような中での、今回の公演『大阪物語』は、来年のテント公演を射程した、このいまの行為となっている。それは行きはぐれてしまった、テントという最も古典的な領域に視線を贈り、百花繚乱の情報論の海から、自殺行為にもにた綱渡りをしようという図であるから、もうこれは「あつは、ぷふい」というしかないのであった。
 こうしてついに、この拙文も『大阪物語』で何らかの具体性を差し出すしかないというところにたどり着いたようである。一つの糧にと台本執筆中にもかかわらず「無観客試合」へ絡みとられてあるであろう情報論を見定めることを望み、この『演技について 〜無観客試合と演劇〜』を綴りはじめたのだが、その思いもまた、日々の稽古の中に切り刻むしかないようである。 (2005.09.02 記)

      ;【 注記・編集】『 演技について 〜無観客試合と演劇〜 』の「添付資料」への掲載にあたり、編集責任で全体を各章に分け小見出しをつけた。初期、発表時の文にはこの小見出しはない。

 演技について

    〜『大阪物語』とカンディンスキーの三日〜

 本日は、ご来場いただきありがとうございます。

 この一行で、本文を閉じたい思いに偽りはない。『大阪物語』に触れるにはあまりにも、生々しい時点にいる。かといって『大阪物語』のパンフレットを余文で汚すわけにはいかない。何ヵ月かの立ち稽古によって積み重ねられてきたものに、その現場で向かい合って来た者として、やはりそれは心が痛む。俳優たちの練習でする身体の軋みの道程に見合う、何を、わたしは発酵させたのか。
 ままよ。

 本公演のサブタイトルは「コンポジション16」である。いわずもがなカンディンスキーである。
 抽象絵画の祖といわれるカンディンスキー(1866〜1944年)にコンポジション7(1913年)という作品がある。この圧倒的な迫力で迫りくる絵画(2000弌3000)には一つの逸話がある。出典は忘れたが、それは「構想三年の後、三日で仕上げた」というものだ。さて、この逸話をどう読むのか?
 コンポジション7の前に立つと、この「三日」ということがコケオドシだということがわかるのはわたしだけではないであろう。その上でも、この「三日」を受け入れてみるには「構想三年」をどうイメージすればいいのか。
 まずこの「構想三年」を論理構築の日々だったと憶測しよう。もちろん根拠はない。そのように仮設することで「三日」は究極可能となる、と台本執筆の経験上いえる。論理性を言霊に預けることで可能だ。しかしここで繰り広げられているのは「抽象」である。一般論からすれば具体の対極にあるものにほかならない。いわば、具体こそ論理であろう。さらにいうなら、構想という論理を、抽象化し全体とするのだ。しかし、台本の場合、一概にいっても仕方がないが、構想という論理を、具体化し全体とする。こうなると、単に「論理構築の日々」といったところでその内実がまったく違うのであろうと仮説するしかない。だが実はわたしは、このカンディンスキーの「構想という論理を、抽象化し全体とする」作業は、カンディンスキーの具体であると予断している。
 さて、この仮説はわたしがカンディンスキーに接近する場合の、かろうじて手に入れている出発としての命題でしかない。具体性はなんら模索されていない。しかし一つの可能性を、現時点でする一つの可能性を『大阪物語』に預けることにするとどうなるのか。その夢想の結果は、やがて『大阪物語』が上演され、舞台上で行為されるか、あるいは行為されないか、ということになるのであろうが、いま初日を前に言及することはできない。ここでは、「構想という論理を、抽象化し全体する」ことはどういうことなのか、という整理を『大阪物語』を踏まえ、それにそって試みようとするだけである。あるいは、自身にその賭場口を指し示すことができるか。
 素人がするカンディンスキーへの思いから離れるために、コンポジション7の製作年である一九一三年にふれよう。この年はフェルディナン・ド・ソシュール(1857〜1913年)が亡くなった年として記憶する。カンディンスキーのコンポジション7の構想が三年と受け売るなら、このカンディンスキーの構想の期間に、ソシュールはスイスのジュネーヴ大学で数人の聴講生を前に、あの「一般言語学講義・第三講」を行っていたことになる。この符号になんら歴史的な事柄が絡むものではないが、妄想が広がるのも事実だ。これは得意な分野である。そしてもうすでにお分かりのように、カンディンスキーの「抽象」とソシュールの「記号」とを対置させたいのである。
 ソシュールの弟子たちによって編まれた『一般言語学講義』やその手稿で彼は、まだ存在しないが、言語学を包み込む記号学を予見し、次のようにいっている。

 「人々は、言語学が自然科学の次元に属するのか歴史科学の次元に属するのかをを知ろうとして議論を重ねた。言語学はその二つのいずれにも属さず、未だ存在しないとはいえ、記号学という名のもとに存在すべき科学の一部門に属している。」

 カンディンスキーの「抽象」を「記号」としてイメージし、その想いを、稚拙な理解で素描して差し出すには、どうしても無理があるのは承知だが、それでもなお試みるなら、信号の「赤」や「黄」はさておき、ソシュールのいう「言語記号」とは、「馬」などという指し示す言葉は、その「意味される内容」とで表裏一体=記号として成り立っている、と。たぶんこの関係こそ文化であるのだろうが、この「馬」は恣意的である、と。さらに、これらの記号は独立しているのではなく、システムとして、「馬」は「猫」や「犬」等との差異によって成立する、と。社会科学などに親しんできたものとしては、これを「真理」などないと論証した一例、と驚愕しながら読まざるえなかったのですが……。
 ともあれ、カンディンスキーのコンポジション7だ。文意の脈絡をふまえるなら、その全体はシステムである、ということになる。パーツ(記号)が全体の中で相互に軋みあっている。この運動を成立させる手立てこそ論理である。コンポジション7のカンディンスキーはそのために三年を要した事になる。という独断が、ソシュールの「記号」を援用することによって成立する。そしてついに、コンポジション7という全体は、情報=物語であるか?またそのように呼ぶことに意味はあるか?老婆心ながらお断りしておきたいが、またこの様な場で好みを持ち出す非礼を詫びながらではあるが、これらの思いは、あの喧しかったテクスト論とは最も遠いゐところにある。
 さて、とおこがましくも続けよう。
 これから御覧いただく『大阪物語』には、二人の女優が登場する。彼女たちは、舞台に上り役者たらんとし、相互に意味するものであるのか、あるいは指し示すものとなるのか。はたまた、相互に記号として軋み合うことになるのか。そうして役者となるのか。それらはすべて観てのお楽しみとなる。

 最後までお楽しみ頂ければ幸いであり、望外の喜びです。(05 .11.23)

      ;【 注記・編集】この『 演技について 〜『大阪物語』とカンディンスキーの三日 』〜は、二〇〇五年十一、十二月に未知座小劇場で行われた公演当日のパンフレットに掲載されたものを、ここに転載した。

; 表 題・未知座小劇場第39回テント興業上演台本
;
; 著 者・{ルビ やみくろみつ}闇黒光{/ルビ}
; 編 集・未知座小劇場
; 編責任・河野明
; 発 行・大阪演劇情報センター出版
; 発行所・(有)オフィスゼット
; 発行日・二〇〇六年二月二日・初 版
; 頒 価・三〇〇〇円
; 連絡先・〒581-0816 大阪府八尾市佐堂町2-2-17
; TEL  ・0729-96-5078
; URL  ・http://未知座小劇場.jp/
;
;落乱丁本の取替えは出来ませんので、ご了承ください。


  top   home:top   server library:top   PHP PostgreSQL MySQL サンプルスクリプトへ