大日本演劇大系・番外『独戯』

[ 登場人物 ]

     男   
     女   
 コーラス隊

[ 目次 ]

  [ 序  力場      ] ・・・・・・ 
  [ 一  口調と逸脱   ] ・・・・・・ 
  [ 二  歩行      ] ・・・・・・ 
  [ 三  晒す      ] ・・・・・・ 
  [ 四  飲む      ] ・・・・・・ 
  [ 五  位置     ] ・・・・・・ 
  [ 六  笑い      ] ・・・・・・ 
  [ 七  位置◆    ] ・・・・・・ 
  [ 八  道行き    ] ・・・・・・ 
  [ 九  出刃包丁    ] ・・・・・・ 
  [ 十  電話     ] ・・・・・・ 
  [ 十一 電話◆    ] ・・・・・・ 
  [ 十二 電話     ] ・・・・・・ 
  [ 十三 電話ぁ    ] ・・・・・・ 
  [ 十四 語り      ] ・・・・・・ 
  [ 十五 関係      ] ・・・・・・ 
  [ 十六 ラジオから手紙 ] ・・・・・・ 
  [ 十七 ラストシーン  ] ・・・・・・ 
  [ 十八 フィナーレ   ] ・・・・・・ 
  [ 十九 後記      ] ・・・・・・

[ 序 力場 ]

      大日本演劇大系とは何か。まずこれは冗談ではなく、多くの問題を抱えながらも、ある意思を内包させた位置と意味を持つものとしてある。もうー度いうが、これは冗談ではない。

      イメージプランとして語るしかないというのが、現在の位置というしかないのであるが、それはさておきまずは発想を、演劇という一つの文化の範喘から放つが、その演劇を相対化する。相対化する者の力量にその作業は規定されつつも、演劇という一つの文化を相対化する位置を獲得する。換言すれば、発想は自然展開として演劇を射程しない。この位置から演劇を、われわれが展開してきた芝居を総括する。
      この総括の指針と仮設は、自身の身体である。
      この内実の展開こそ大日本演劇大系の舞台である。
      つまりは、その軌跡はあまたある演劇の、あるいは演刺史の総括である。それを称して、われわれは大日本演劇大系と揚言することにする。
      さて、そのとき、われわれは演劇が演劇である磁場に留まっているかどうかは、いまは何も語れない。ただいえることは、先は長いということだけである。
      上記は、意思を諭として成立させようとするマニフェストといっていいが、今回の舞台を射程し、それをドラマツルギーとして概略することで、力場を閉じよう。
      四畳半とはなにか。それは日本そのものである。思想的にも、場としての成立のしかたとしても、四畳半の拡大再生産こそ、日本という概念である、なにかに大きく譲って戦後と言い換えてもいい.ここで論証する暇はないが、われわれの身体がその結果であるとしてもいいであろう、
      極論すれば、四畳半の概念の本質とは天皇制であるのだが、その天皇制とはまったく関係のない今上天皇の崩御が昨日であった。
      さて四畳半は宙にうくであろうか。あるいはどのように宙にうかないであろうか。そこに割り入って、何かを仮設しようとする身体が、役者たらんとする身体である。
      論としてではなく、生きてみようというのである、
      ・・・・・・・
      客入れである。
      音楽が流れている。あの懐かしのビートルズ。三十分程の特集。
      下手のテレビからはビートルズ主演の映画がながれる。
      そこは四畳半。しかしデホルメされていて客にそのようには感じられはしない。ただ圧
      倒的に長いテーブル。番傘二つ。独、戯とそれぞれ艶やかに描かれている。
      袖幕が奥行をだして一二袖まである。
      袖幕各中央よりには竹が立っている。
      さて、テーブルにはアップルが一つ二つ。勿論これは物理的にリンゴであると同時に、
      レコード会社のアップルでもある,.あたかもビートルズのLPジャケットの’ように、それは置かれている。
      ズボンとシャツそれなりにある。
      酒の瓶転がっている。
      電話器がある。
      マイクとヘッドホンの着いたラジオカセットある。
      出刃包丁がある。

[ 一 口調と逸脱 ]

      音楽ビートルズの『レボルーション』にかわる。
      音楽フルボリュームヘ。光りはつれて溶暗。
      暗転のなかテレビから臨時ニュースを告げる音。音楽CO。
      アナウンサーの声(男の声)割り入る。音楽の画面電源が入ったまま真っ白になる。
      台詞入るとゆっくりと男にスポッドが入る。
      テープからそれなりに流れていた男の声を、生の声で乗っ取り、ある方向への逸脱。
      逸脱のエネルギーと力の展開。

男  臨時ニュースをお知らせします。臨時ニュースをお知らせします。謹んで臨時ニュースを中し上げます。昨年から引き続いて、各方面からの心配を集め、成り行きが見守られてまいりました御容体は、一時は小康状態を取り戻したものの、昨夜未明容体は、虎ノ門病院で危篤状態ヘと急変し、直ちに面会謝絶が宮内丁から発表さるなか、医師団の手厚い看護の甲斐もなく、昨夜未明、お已くなりになりました。謹んで発表いたします。昨夜未明、今上天皇ヒロヒト老衰のため崩御!
   これに伴い直ちに内閣から政令布告、何人たりとも遊戯、遊行、遊芸、嗜好、享楽、快楽の類はつとに慎み、みだりに外出せず。すみやかに喪に服すべし。汝臣民は耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍べよ。
   これより番組は追悼番組となります。

      うずくまっていた男、すでにヌックと立ちあがっている。

男  謹んで臨時こユースを申し上げます。昨夜未明、昭和はその落日を告げたッ!

      同時に、下駄と竹の杖で大きく踏み肘す。下駄と杖の踏む音一発。
      同時に、水前寺清子の『涙を抱いた渡り鳥』が大きくCI。
      照明は激変。

[ 二 歩行 〕

      竹の杖、下駄、白無垢は動く。
      独自の腰の移動。それによる休勢。重心移動の発見。
      男は長いチーブルの上を歩き始める。
      音楽に乗って、歩くという行為を展開する。

[ 三 晒す ]

      風呂帰り。
      男のいでたちは、赤い六尺褌。白無垢を羽織る。竹の杖。高下駄。手には風呂道具。頭はは入道。その順に日本手拭で鉢巻き。休は白塗り。

[ 四 飲む ]

      テーブルに腰を下ろす。洗面器から力ツプ酒を三つ。一つ開けて一気。もひとつ開けて三口で飲む。「ああーっ」と絵もいえぬ飲みっぶりとその音。三つ目のアルミの蓋に手をかけるが、そっと置く。二つの空いたコップをすすり、指で拭き舐める。

[ 五 位置  

男  (笑い)ごちそうさまでした、風呂上がりにかけつけ三杯いくまえのこの二杯目の幸せを咬みしめる優しさに拘るとき、腹八分、過ぎたぎるは及ばざる、及ばざるは過ぎたるにあらず、覆水盆に返らず、考えるは三文の徳、考えざるは三文の損、どうでもいいけど布団敷く前に便所へ行け、もひとつおまけで見かけた美人は三歩下がってツバ付けろ、それでもやっぱり金だけは落ちたものでも挨拶励行……人生そんなこんなの格言が、歴史を越えて遠い嘘のように思えるのは、このわたしだけでしょうか。いえいえ、言いわけはご無用。なんたって一飲みした後のこのスルメを咬みしめるおじさんの思考回路は、それはもう新潟の冬でありました。落ちを自分でいうのも、耐えられる年ごろですので、一筆啓上、辺り一面雪で真っ白、汚れを知らぬ、純白の乙女のようなすがすがしい朝なのです。拝啓、いささか回りくどい落ちでしたが、少ししだけ可笑しかったらにこりとか、そよよとか、くすくすとか笑っていただくと、いささかこのわたくしも、話す張り合いというものが出てまいります。

      笑い。
      と、竹の杖を物干しサオにし白無垢をかける。

[ 六 笑い ]

      悲哀と共に情感のごもった笑顔と笑い。
      快活な笑いが何かを思い出したような笑いになる。決まる。
      間。
      快活な笑いが何か悲しい笑いになる。決まる。
      間。
      快活な笑いが何か怒った笑いになる。決まる。
      間。
      笑いながらタオルを絞る。ボタボタと落ちる滴。合わせて深いため息。なしくずしに笑い振り切るようにタオルをバンと鳴らす。クルリと背を向ける。
      「パン」と同時に音楽。すぐさまフルボリューム。光は背中のみ。
      ゆっくりとタオルを物干しにかけた。星空でも見るのだろうか、首をゆっくり上げた。
      男の自己への没入の過激さの展開。四畳半そのものがそこにある。
      哀愁に満ちた背中。

[ 七 位置◆ 

男  考えるんじゃありません(音楽小さくなる)……、考えるなョ、思いをめぐらすんじゃない、考えるなというのに。そんな人生がどこにある。たかがスルメじゃないか。思うな、考えるんじゃない!……こうしてしていると、フト考えてしまう。考える程のことじゃない。なのに考えてしまう。そうするめえと思うのに。だから君の名前はす・る・め、なんちゃって(音楽は消えている)……咬みしめているのは、わたしの爪に火をともすように、つつがなくすごしたこの人生でしょうか。それとも、成就されることなく、あの失意のうちで、出て行きどころなく苦渋を砥めてしまった、青春の輝きとでもいうものでしょうか。グツグツと発酵し、ついに飽和点に達し、追憶に化けてしまった、青春の、もう一度繰り返せといわれれば、金輪際御免被りたいあの、栄光と、不安。若さゆえ輝くあの可能性と残酷の日々。ああ若さゆえ悩み、若さゆえ苦しみ、初めての口づけに、マイベイビイウォンチュ、ウォンチュシイユアゲイン。ああなんてスッパかったカルピス。それは青春の味。だがなあ、なめるんじゃねえ若造ォ。この俺はなあ、スルメー枚ありゃ、ニ升はお茶のこさいさい、女のけつだ。軽いっていってんだよ、それをなんだ、なんでスルメばっかしあてにするんですか、だと.ざけるんじゃねえ、こうして……咬みしめる人生、斜すに預けたカウンター、ゆらめくコップの酒に尋ねてみれば、まるでおでんに染みこんでしまった、ダシの味ににて奥深い話が聞こえてくるじゃねえか。そうだろ、それが立ち飲みの、赤いちょうちんに思い入れたコッブ酒の美学だろうが。咬みしめる人生捜すようじゃ、酒の味なんてわかりゃしねえんだ。人生なんてのはな、いいか、耳の六かっぽじいて良く聞けッ、恥ずかしさに耐えられねえから、一度しかいわねえッ。人生なんてのは八百八橋をけつから渡るようなもんだ。ああ恥ずかしい。顔から火がでる雨が降る。こんな自責の念にかられるのは、このわたしが若かりし頃、初めてラブレターを出した次の日の朝、鞄片手に息咳きって駆けていく、角のコーヒイ屋曲がった三歩目に、君が泣きそな顔でいたっけな。吹き抜けていくの.は朝のそよ吹く風でありました。君のうなじをそよそよふーっと吹き抜けてフエミニンシャンプーの香りがそよそよぱーっと、このわたしを包んだ時の恥ずかしさににて、ああ振り向かないで天下茶屋の人。若かったおじさんは歩道の敷き石はがして、手が血まみれになるまで穴を掘ったものさ。すると君がホホをリンゴの(リンゴを持つ)ように真っ赤にして、蝶蝶が豆腐にとまるような声で、若かったおじさんにだけに聞こえるように「おはよう」といったのさ。すると世界は「おはよう」でいうぱいになってしまい、穴に入りながら、心にポッカリおいた穴に、また若かったおじさんは入るしかなかったんだ。穴に入りながら、そんな少年の穴に入ってしまった若かったおじさんは、恥ずかしさと嬉しさを追い越してやってきたガキの処世術。誰から教えてもちったんでもないのだけれど、死んだふりをしてしまったのさ。いや、あのとき青春のまっただなかで、不安と恍惚に溺れながら死んだんだ。そのとき、若かったおじさんはリンゴでありました。そして幼心は発見した。火を吹くような、雨の降るような恥ずかしさで人は死ねるんだと。二重底の穴から這い出すのに、何年かかると思ってるんだ。人目に晒されるより恥ずかしいんだ。一度しかいわねえッ! なんだよその顔は、パンダがイカに墨ふっかけられてような顔しやがって、可愛くねえんだよ。八百八橋をけつからわたるに意味があると思ってんのか、意味なんて所詮ねえんだ。リンゴはリンゴだ。ほらこうして、酒のなくなったコップの上にこのリンゴを置きましょう。このフォルムを何と名付けましょうか。それは決まっています,これが人生です。コップは台ではありません。リンゴは花ではありません。二つの無意味が手をつなぎ、己の悲哀を咬みしめます。見つめるわたしはなんでしょか。慰めなんかはいりません,美しいとでもいいましょか。声をあらげて笑いましょうか。(と笑う。と同時にリンゴにかぶりつく)……(笑って、食べながら)そんな人生でも咬みしめてみると、これがやっぱり一つ一つ味があるから人生、涙流したって止められねえよな。だが若造、咬みしめる人生探すようじゃ一人前にスルメ咬んじゃねえ。そんなときはこダして、最後に残ったカウンターのつまみ、口に押し込んで(最後のワンカップを開ける)人生ふっきるように、一気に飲み干すんだ。そうだろう若造ッ,そうすりゃ人生咬みしめる暇なんてねえんだッ!‥だがおじさんはな、ちょっとだけつまみ残しておくんだ。最後の一ロ一気にあおる。フーッと一息ついて、コップをタンとカウンターに置く。そっと残したスルメを口に入れるんだ。そいつが赤ちょうちんの、    コップ一杯にかけた、立ち飲みの美学といわせていただけますかッ!
   ……本当はな若造ッ、人生咬みしめてるんじゃねえ、咬みしめる人生が在るわけでもねえ。この歳になると、忘れちゃいけない世迷ごとの一つや二つはあるもんだ。そいつを今夜も忘れまいと、こうしてスルメを咬むんだ。今夜のためにだッ!明日なんてわかりゃしねえーツ!(クルリと背をみせる)
   (間)……
   お前エーッ!(すでに正面をむいている)

      同時に音楽・沢田研二・『時の過ぎ行くままに』が大きくCI。雨がふる。

[ 八 道行き 傘と雨と出刃包丁と ]

      音楽・沢田研二『時の過ぎ行くままに』を曽根崎の森とし、傘と出刃包丁を携えた、そして居ない女との道行き。

男  お前エーッ!

      傘に走る。「独」の傘をさす。フラフラと雨のなかに行く。絵になるタメ。

男  お前エーッ

      フラフラと後ずさり。出刃包丁を取る。決意でヌックと構える。しかしまたフラフラと前へ出る。そこは雨のなか。傘さす手はなえ男は雨に濡れる。出刃包丁を握る手に徐々に力が入る。ゆっくりと出刃包丁を頭上にせりあげる。しかしまたフラフラと後ずさり。長いテーブルの一番奥。最後の何かをみての道行き。
      ゆっくりと前へ進む。

男  お前エーッ!

      ネオンやらが瞬き、車のライトが行きすぎるかもしれない。

[ 九 出刃包丁 ]

      傘を閉じる。雨は止んでいる。
      テーブルに座る。

男  (女で)ふしぎね。あのひと、信じきっていたものね。この世と、あの世のあいだには、深い川がながれているって。一度渡ったら、最後。二度と引き返せない川。それが境。ほら、こうしてって……の包丁、手に持って、喉首の前にあててさ……この手を、ちょっと動かしたら、その川が現れるのよ、こうして咽にあてると、もう水の音が聞こえてくるって……真顔で、あのひと言うんだもの。そのたんびに、わたし、ひっつかんでその包丁もぎとったけど、生きた心地がしなかったわ……
   なにかしてるときだって、なにかというと、ちょっと手をとめ、ぼんやりとしてるのよね。気がついて、声かけるでしょ。水の音を聞いていんだって。こうなのよ。そんなことがしょっちゅうだったから……しまいには、わたしもね、ほんとに、どこか、身近をさ……見えない川が、ながれているような気がしてさ、どきっとすることあったわ。水道の蛇口の水音にだって、下水の水が雨でながれる音にだって、つい耳澄ましたりしてるのよ、ほら、冷えるわ。おあけなさいよ。

      電話が鳴る。電話にスポット。
      照明一変する。

[ 十 電話  

      男、受話器を取る。
      受話器を耳につけず、見つめ合う間。

男  (受話器を放して)もしもし、ハイ、モシモシ、よくかけていただきました。二泊三日、あなたがハワイ旅行決定です。一言感想を。もしもし、ハイ、モシモシ、よく聞こえません。(受話器を口元に近づけ、大きな声で)大きな声でしやべって下さい。話がみえず聞こえないのですから、こうしていると、まったくわたし何をしているのか、ほとほと困ってしまいます。もしもし、ハイ、モシモシ、そうです、わたしが受話器を受話器として使っていませんでした。
   (無言の間)待てッ、ラーメンー杯で切るんじゃない(受話器を投げた)もうすでに問題は、ここがラーメン屋かラーメン屋じゃないかなどというのような段階にとどまってはいないのだ。状況を甘くみるんじゃない。ここでこの電話を切れば、わたしはこの日本に電話が登場して以降、あまたあったであろう、すでに無限の領域に達しているであろう聞違い電話のその原因のすべての罰と罪を、わたしの全存在を賭けて、脇目も振らずおまえに(と受話器を指差した)大いなる鉄槌を下すぞッ!だから切るんじゃない。これは天誅だだ。天誅と思い込め。人間やめるのか!? じゃ人間としての余裕と大らかさを持つべきだ。何をいっている。いますでに、問題は君(と受話器を指差した)の人間性が問われるという段階に達したのだ。怖いことじゃないか、たかが間違い電話などと思ってはいけない。こんな戒厳令下ともいっていい夜に間違い電話を発し、受けたという、それはもう共犯関係というささやかな秘密をもってしまったのだ。それがどういうことかわかっているのか。日本中が今夜も善良な市民として喪に服しているのだぞ。こんな共犯関係というささやかな犯罪を犯し、あすも学校が休みだといって喜ぶ小学生にも劣るぞ。なんといって言い訳するのだ。考えるだけで夜も眠れないじゃないか。わたしを不眠症にでもするきか。そんなことは許されることじゃない、いいか、わたしと君は、すでに人には言えぬ、二人だけの秘密をもってしまったんだよ。この電話はすでに盗聴されている、ここで電話を切ればこの犯罪は完結してしまうのだ。しかし切るな、そうすれば進行中の犯罪は、万が一に孤独な一人暮らしの弱者救済にならぬと誰がいえる。……じゃこうしよう。この厳粛な夜の、善良な市民に許されるささやかな嫉楽にしよう。いいか、きみがこういうんだ。「もしもし。こちらはNTTです。受話器の受信状況を調査しております。ご面倒ですが、遠くで『今日も快便、快食、煙草がうまい。わたしは日本人』といって下さい」というんだ。するとわたしは……

      男、走る。

男  今日も快便、快食、煙草がうまい。わたしは日本人!

      受話器へ。

男  どうでした、聞こえました。そうですよ、大きな声でいいましたよ。可笑しいなあ(また走る。大きな声で)俺の女房は死んだ。俺はしがない一人暮らし。帰ってきても一杯ひっかけ寝るだけよ。

      何度かやる。その行為はついに痛ましい。世界拡がる。

[ 十一 パロディー(電話◆法 

      この孤独な痛ましさは『王将』へと向かう。
      さてパロディーを辞書で引くと「他人の作品の形式・文体をまねて、風刺・滑稽化したもの。もじり」とある。ここでは自己切開をともなった自己批評を成立させる、と読みたい。

男  ああ……モシモシ……そうです、そうです!
   玉江! わいや。うン、うン、そうか、そうか、よッしやッ! お父ッあんがいうワ。電話の紐引っ張ッてお母あはんに聞こえるように……ああ? 構わん、構わん、いう通りしぃ!小春! わいはなァ、東京へ来とるンや、東京へ。関根名人はんにお祝い云いに行くンやちうたら、お前の気ィ悪るして、病気にも障るやろかと、それで黙って出て来たんや。堪忍してや!
   ……ええ? 判ったら何ンぞいわんかいなァ!
男・玉江 お父ッあん、お母あんなァ、物いわはるどころやあらへンねェ。お母あん……危篤状態なんだッせえ!
男  ええ? キトクーて何ンや、キトクーて? あ、モシモシ……モシモシ
男・玉江 お父ッあん、お母あんはなァ、もゥ死にかけてはるんだッせえ!
男  死にやせん、死にやあせん、わいが帰るまで死にやあせん! 関根はんに挨拶すんだら直にかえるよって、それまで生きとらなあかん!
   関根名人はん! 本日は、まことに……まことにお目出度うさんでござりまする。
男・関根 有難うございます。心からお礼を申しあげます。この度は、事情があって、私が先に名人を名乗ることに成りましたが……
男  ちょ、ちょッと待つとくんなはれ。まだ有りますねン云わんならんことが! わてはなァ、名人はん! 永い事……あの十六年前、始めて手合わせして貰ろうてから此の方、ずーッとあンたを一生の敵や、敵やと、憎んで憎んで……堪忍しておくンなはれ!
   そやけど、若し、'その憎い憎いあンたちゅう敵がなかったら、わてはとっても是れだの将棋指しには成ってしません。ほンまに有り難いこっちや、済まんこっちゃ思てます。それを一遍云いとうて云いとうて……
男・関根 恐れ人ります。その気持ちは私も御同様です。十年間、私もあなた一人を目標にして……
男  あ、あ!(激しく手を振り、遮り)も一ッ! まだもウ一ッ……
   あのなァ、名人はん、名人はん。今日のお祝に何ンぞと思もて、一生懸命考えたんですが、んせェ、わてに出来る事ッたら将棋、指す事と、子供時分からの草履作りと、その外には何一ッ知りません。それで、坂田が十三代名人はんのお祝いに差し上げられる物ッちゅうたら……(下駄をとる)えろう不出来ですけど、これでも十同年振りに手ェに豆一杯でかして一所懸命作りましてン。坂田が精一杯の気持ちだす。笑わんと、穿いたッとくなはれ!
男・関根 坂田さん! あなたという人は……

      座布団から下り、手を突いて。

男・関根 恐れいりました、坂田さん、貴方こそ名実ともに名人の位に就くべきお方です。
男  叶わんなァ、そないむつかしせられると……(笑い)小春ーッ! 死んだらあかヘンで!玉江ッッ、電話、電話、お母あんの方へ向け! わいが、良う良ういい聞かしたる! 
   小春ーッ! 死んだらあかヘンで! なァ、お前がおらんようになったらわい、一人でどないするんンや。ええ、わい一人、わい、一人で……
   死になやッ、死んだらあかんでェ! わいがなァ、わいが今なァ、わいがお題目いうたるから、一緒に妙見はんを念じてなァ……死んだらあかんぞウ………ええか、聞きや、いうでェ! なんみょうほうれんげきょう! なんみょうほうれんげきょ! なんみょうほうれんげきょう……

      と受話器を持った念仏はつづく。

男  そのように念仏ばかりとなえたければ、尼寺へ行け。尼寺ヘッ!
   このバムレットという男は、これで自分ではけっこう誠実な人間のつもりいるが、それでも母がうんでくれねばよかったと思うほど、いろんな欠点を数えたてることはできる。うぬぼれが強い、執念ぶかい、野心満々だ、そのほかどんな罪をも犯しかねぬ。自分でもはっきり意識しない罪、そういうもので一杯だ。このような男が天地のあいだを這いずりまわって、いったい何をしようというのだか?
   生か、死か、それが問題だとするなら、どちらが男らしい生きかたか、じっと身を伏せ、不法な運命の矢弾を耐え忍ぶのと、それとも剣をとって、押し寄せる苦難に立ち向い、とどめを剌すまではあとには引かぬのと、一体どちらが。いっそ死んでしまったほうが。死は眠りにすぎぬ……それだけのことではないか。眠りに落ちれば、その瞬間、一切が消えてなくなる、胸を痛める憂いも、肉体につきまとう数々の苦しみも。願ってもないさいわいというもの。死んで、眠って、ただそれだけなら! 眠って、いや、眠れば、夢も見よう。それがいやだ。この生の形骸から脱して、永遠の眠りについて、ああ、それからどんな夢に悩まされるか、誰もそれを思うと……いつまでも執着がのこる、こんなみじめな人生にも、さもなければ、誰が世のとげとげしい非難の鞭に堪え、権力者の横暴や驕れるものの蔑みを、黙って忍んでいるものか。その気になれば、短剣の一突きで、いつでもこの世におさらば出来るではないか。それでも、この辛い人生の坂道を、不平たらたら、汗水たらして登っていくのも、なんのことはない、ただ死後に一抹の不安が残ればこそ。こういう反省というものが、いつも人を臆病にしてしまう。決意の生き生きした血の色が、憂欝の青白い顔料で硬く塗りつぶされてしまうのだ。乾坤一擲の大事業も、その流れに乗りそこない、行動のきっかけを失うのが……しっ、(と再び受話器へ)気をつけろよ。そうして聞き耳を立てているその後ろで、キラリと短剣が光っていないと誰がいえる。
   そこだツ!
   やってしまって、それで事がすむのであれば、早くやってしまったほうがいい。そうだろうッマクベスッ! 恐れるなマクベス、バーナムの森が動きだすまでは。
   暗殺の一網で万事が片付き、引き上げた手元に大きな宝が残るなら、この一撃がすべてで、それだけで終わりになるものなら……あの世の.ことはたのまぬ、ただ時の浅瀬のこちら側で、それで、それですべてが済むものなら、先ゆきのことなど、誰が構っておられるものか。
   だから、いくらでも血を流すがいい、みじめな祖国の運命! 荒れ狂う暴政のあらし、思うぞんぶん国の岩根を揺るがすがいい、善も、もう貴様の力を押さえられぬのだ、さあ、いくらでも非道のふるまいに手を汚したらいい、苦情を言うものはどこにもいないのだぞ!
   違う、おれがやったのではない、よせ、血みどろの髪の毛をふりたててるのは。ええいッ!行ってしまえ、人をおびやかす影法師! ありもしない幻、ええい、行ってしまうのだッ!……(笑い)ならば、バーナムの森を動かしてみろッ!
   ……

      受話器を持った。

男  楽隊がいくわ……
   ああ、わたしのいとしい、なつかしい、美しい庭! ……わたしの生活、わたしの幸福、さようなら……さようなら……
   楽隊は、あんなに楽しそうにあんなに嬉しそうに鳴っている、あれを聞いていると、もう少ししたら、なんのためにわたしたちが生きているのか、なんのために苦しんでいるのか、わかるような気がするわ。……それがわかったら、それがわかったらね!
   ……

      と、なぜかマイクを手にする。

男  モスクワへ! モスクワヘ! モスクワヘ!

[ 十二 歌(電話) ]

      哀愁に似た視線を流す。

男  (急)歌います。

      マイクを使ってふっきれて歌う。

男  (急に)二番いきます。

      コーラス隊出る。
      音楽が終わると電話の切れた「ブー、プー」が大きくなる。
      男、受話器に近づき見つめる。

[ 十三 あしたのジョー(電話ぁ貌体の酷使 ]

      受話器を蹴る。
      コーラス隊は男のマイクを取る。
      男、コーラス隊からマイクを取りかえす。
      コーラス隊は男のマイクを暴力的に再び取る。
      入り乱れる。
      現象はマイクの取りあいだが、なにか悽惨。
      静かに『あしたのジョー』を始める。やがて……ここぞと盛り上がる。
      この『あしたのジョー』は、男がコーラス隊から袋叩きにあいながらということになるのだが、それぞれなにに拘っているのだろうか。

男・力石 立てえジョー! この力石とはっきり決着をつける気があるんなら、立つんだジョー! (と倒れた。そしてまた立つ)
男・力石 た……立った……理論を越えたけんか屋、不可能を可能にする殺し屋、野性の男矢吹丈!おれのすがたが見えるか! おれの声がきこえるかジョー! つぎは……いよいよつぎはおれの番だ!(よと倒れた)
男・矢吹 (殴りながら)なにをぶつくさうめいてやがる。その血鼻をふきながらのわらい顔はいただけないぜッ! おれはでえっきれえなんだ! やせがまんってやつはな!
   それどうした力石ッ!(と殴った)
男・力石 (殴られ)アワ、アワ……
   ふふふ、ジョーよ……いまのうちに心ゆくまで打っておくがいいぜ!
男・矢吹 それどうした力石! もうアッパーを打ってこねえのかっ!
男・力石 ふふ……どうしたねジョー、おまえのスェー・バックを見ていると少年院時代に青山がやったこんにゃく戦法を思い出すぜ。
男・矢吹 わかってるよ、そうでかい声はりあげてわめくなって……
男・力石 どうした。とび込んでこないのか。もぐり込んでくるんじゃないのか。

      アッパー一発、倒れる男。

[ 十四 語り・裏ゴドー ]

      静かに体勢に入る。
      さて、「語り」である。光源は釣燈寵だけであり、その位置と顔への用い方で世界は変化していく。

男  ……それはもぅ、違い違い昔のことでありました。人々の日々が日々の値を持つなかで、人々の生活を潤わせていた、わたしがヤマタイコクの卑弥呼のころでありました。
   ……それは私が、ちょうど十四の春の頃でありました。……ちょうど十四の春の頃でありました。ブ百年に一度咲くのは竹の花、咲けば不吉な世迷い言、わけのわからぬ繰言も、風の流れに咲き乱れ、人の噂も喉元すぎて百日目、あの人が病にみまわれたのは、そんな頃でありました。
   ……ありました。
   病の名は、(最前のヒロヒトの病名。確か腸閉塞)。不治の病で妙薬はなく、その噂は、あの人を人里離れた、山奥へ追いやったのでごぎいます。それは、ちょうど、こんな竹藪でごさいました。
   なぜ、そんな山奥の竹藪を知っているのかと、お申しでしょうか。それは、あの人と私は親が取り認めた許嫁、人目忍んで、日々の糧を届けたのは私だったのでごぎいます。それにしましても(最前のヒロヒトノ病名)は恐ろしい病でございました。眉毛は抜け、頭髪は次第に少なくなり、顔の原形はとめどなく朽ちてゆくのです。一二日と空けず通う私はなす術もなく、その変化を記憶に刻むしかございませんでした。
   そんなある日、山奥の竹藪にも竹の花が咲いたのでございます。花が咲き実が稔りました。ところが何ということでございましよう、野ネズミがその竹の実を食べ、またたくまに異常な繁殖を示し飴めたのでごぎいます 蓄生のあさましさか、その増えること限りを知らず、やがて樹木の幹ははがれバ葉はかしらね、はてはシダやコケもたべつくされ、それはまるで一夜にして竹藪一帯の山が丸裸になってしまったと言えばよろしいのでごぎいましょぅか。だが、野ネズミの増殖は止まりませぬ。節理は野ネズミたちを飢えさせます。飢えれば食を求めて動き始めます。だが、その野ネズミたちの行く手には、わがヤマタイコクがあったのです。わたしは踵を返し、その模様をわが民に告げ知らせたのではございますが、わが鬼遣は事ならず、能く衆を惑わさず、無念の数日が過ぎ去りました。
   だが節理は節理、日ごと人々の目につく野ネズミの数が増して来たのでございます、やがて民は、わが鬼遣を求め、その道を知ら・しむるべく侍り始めたのでございます、だが、あろうことか他の民は、野ネズミの来襲を山奥深く隠れ棲むあの人の、いや(最前のヒロヒトノ病名)のなせる業と語り始めたのでございます.確かに禍は、あの人の隠れ棲む方角からやってまいります。このままでは村が滅びるを前にして、藁にもすがる気持ちが、(最前のヒロヒトノ病名)を取り付くよすがとしたのでごぎいます。私が何もせずば、すぐにあの人はわが民に討たれ無念の死をとげるほかありますまい。私は考えました。しかし野ネズミの来襲を防ぐ道は……やはり……自然に打ち勝つには自然しかございますまい……この節理にたどりつくしかありませんでした。ならば、あの人が徒々殺されるより、闘うものをと考えたのでございます。私はすぐさま宮室へまいり、賢所で手にしたもの、それは南部十四年式拳銃。
   我を忘れ幾時ほど駆け続けたのでしょうか。夜の帳は落ち、日の光が無言の鐘と鳴り渡り、吐く息と踏みしめる足音だけが、後に残ります……
   あの人は無事でありました。野ネズミは避けて通ったのでしょうか。私もまた不思議なことに野ネズミの群れに会わずたどり着いたのでした。私はあのときあの人に何を言えばよかったのでしょうか……何も言えませんでした。南部十四年式拳銃を渡す私の手だけが、かすかに震え、あの人の目が月の光を受けて、物悲しそうに潤んでいたのを憶えております。私はいたたまれず、その場を立ち去りました。夜明けまで帰らねばなりませぬ。そんな振り返る暇などない私が振り返ったのは、もしやあの人は、南部十四年式拳銃を使って自殺をするのではないか、私がその銃を持っていった……私はあの人に自殺をすすめに行ってしまったのだ、という想いが脳裏をよぎったときでした。
   だが、振り返った私が見、開いたものは、南部十四年式の銃声ではありません。それは、月光をとうとう湛える谷あいの湖に、先を争って入水する野ネズミの群、集団自殺の叫びだったのです。
   私はそのとき、そのあり様を前に何を考えていたのでしょうか。何を想っていたのでしょうか、何一つ定かならず、野ネズミの集団自殺を見ていたのでしょうか。
   そんな私が、次に想い起こせることは、民を前にし、鬼道にたち向かう私自身の姿です。私は祭壇を見上げる幾多の民に向かって告げたのです。
   わが守護神はいま、その御心を開き、私に示しあそばした。野ネズミは神の使い、何者にも、その行く道を防ぐことあたわず、防ぐ心に邪は忍び入り、民を滅ぼす。邪をくらいさらいつくして行くわが使い、座して見届けよ、さらば、民の明日の豊熟危うからず。
   じゃがヒミコ、わが守護神に問う。わが民邪を持たず。守護神こたえていわく。ならば(戦前のヒロヒトノ病名)の者救え。救う道ただ一つ、(最前のヒロヒトノ病名)の者、その母と交い、その後、その母の血をすすれ.さすればその者、たちどころに元の若者とならん。さすればわが使い、村に現れず。

      女、奥の袖から「戯」と記した傘をさして登場。静かに歩く。

男  私の体力はそこまででございました。わが民が、何に向かって動き始めたのか、確かめる気力はすでにありませんでした。気を失ってしまったのでごぎいます。そんな私が幾日か後、目ざめたとき、私はそれまでのただのヒミコではなく、いいえ、ただのヒミコはもう死に、世界界は一夜にして変わったごとく、私はヤマタイコクのヒミコだったのです。何が破産し、何か成就したのか確かめる術もなく、竹の花が突如咲き誇ったように、私はすでにヤマタイコクのヒミコだったのです。
   ……ひさしぶりに二人で、お話できましたわね……何も窓わずに聞いてくださるだけであたしは嬉しい。さあ、まいりましょうか。

[ 十五 関係 ・物語論としての天皇制 ]

      女、前に進む。女は純白のウエディングドレスを着ている。白袋。

女  おじさん、ゴドーさん来れないんだって。
男  ……さあ、まいりましょうか。

      と、男はズボンをはく。

女  忙しいんだって。
男  いいんだよ。行けばわかるんだから、気を使わなくったって。
女  はいこれ手紙。
男  ありがとう。でもねそいつにはきっと、今夜はだめだから明日にしてくれって書いてんだ。だが今夜じゃないと、今夜じやないとだめなんだよ。それはわかっているはずなんだ。そんな手紙だけですませられることじゃないんだ。だって、昨日の今夜じやないか。それは誰だってわかっていることなんだ。それなのに……ヤッパリ行こうか(と傘をさす)
女  じゃ、置いとくよ(と置く)
男  行くんだろ。
女  ええ。
男  じゃ、俺も行くよ。
女  どこへ?
男  どこへって、だって行くんだろ。
女  ええ。
男  だったら一緒に行ったっていいじゃないか。
女  一緒に?
男  そうさ。一億総玉砕だったんだから。
女  イチオクソウギョクサイ?
男  そうさ、昨日のこと、いや一昨日のことじゃないか。だから、仮にわたしたちがそうしたって、なにが可笑しいもんか。
女  ふーんそうか。
男  そうさ、忘れるほどの暇は過ぎちゃいない。
女  ……だって、もう死んじゃったんだよ。
男  しゃべった。初めてしゃべったじゃないか。自分の意見。だろ?
女  えっ?
男  つまり、死んじゃったからああだとか、こうだとか、なにか本論をいいたかった、大事なことをだ。だが遠慮して口寵もった。そこでついわたしは我慢できず、しゃべった。そうだろ。そうに決まっている(と笑う)。
女  可笑しかった。
男  別に。
女  じゃ、悪かったかな。
男  別に。
女  じゃなんなの。
男  いいんだよ、気にすることはない。死んじゃったんだろ。何したっていいんだから、君だって例外じゃないんだから。
女  そういうもんなのか、
男  そういうもんだ。みんなそう思っていなくても、そうじゃなく、つまりやはりそうなんだけれども、動かし難くそうじゃないんだ。だからそういうもんなんだ。
女  それで?
男  それでって……つまり死んじゃったから。そうだろ。昨日と違うんだ。ということは今日と昨日は、いいかい、今までの今日と昨日とは違うってことなんだよ。たから、行こうっていってんだろ。行ったっていいんだよ。わかるだろ、ここに居なくったっていいんだ。
    ……なに考えてんだよ。
女  なにか考えているみたいでしようかあたし?
男  どうしてそうわたしの問いかけに対して、いつも自分の問いをこのわたしに向けるんだよ。そういう対話に疑問はないのか。
女  だから疑問だらけなのです。
男  もういい、行こう。
女  えっ?
男  行こうっていってんだよ。
女  どこへ?
男  どこへって……これじゃ話もなにもあったもんじゃない。
女  えっ?
男  ほらまたそれだ。そのことを話もなにもあったもんじゃない、といってんだよ。
女  それじゃ……
男  ウンなんだい?
女  それじゃ……
男  はい。

      音楽入る。

女  ……わたしは話もなにもあったもんじゃなかったら、きっとわたしはなにも話さなかったんだと思うんです。だから、わたしはこの時間を無為のうちにすごしたんですね、おじさんのあたしは。でも、わたしも花を観ては美しいと思い、そんなわかしをみるあなたは幸ぞですか、などとたあいもなく聞いてみたい乙女ころを忘れたわけではありません、ひとなみに、小比類巻かおるちゃんのソウフルなヴォーカルをいいなと思う、ストレートなハート、これがそのハートなのであります(とハートのチョコレートをだす)。ちょっと気恥ずかしいような夢、憧れ、希望、未来そんなこんなを忘れたわけではありません。そんな忘れなかったこころがこれなのです(と、またチョコレートをだす)。それでも、そんなわたしでも、わたしが話もなにもあったもんじゃなかったわたしであったのなら、それはきっとおじさんに、そんなわたしが見えなかったのかも知れません。だからおじさん、……だからっておじさん、心配なんていりません。きっと、おじさんとわたしの対話は、行間を読み込まれるものであったのでしょう。そこに秘められたものは、きっと通じあったのだと思うのです。だから、おじさんとわたしの対話は、それはもう文学なのです。
男  文学ッ? てめえなにをいってんだッ!
女  ご不満でしょうか。
男  ああ不満だ。
女  それでいいのです、すべての人が満足する文学なんてあったためしが在りません。
男  訳のわからんことをいうんじゃない。
女  それは傲慢です。つまり、理解不能な事態を拒否するのはその歳のなせるわざ。
男  ばかにするんじゃない。
女  口自分を卑下しなくてもいいのです。すべてのものは常にわかりません。それが宇宙です。でもきっと、あらゆるものが和解し、すべてのものが氷解し融和するあの一点は、きっと訪れます。それは、自然が自然的に滅びる日、その概念矛盾をこの世界の言葉を使っていえばこの世界が滅びる日、すべては解脱するのです。
男  貴様はッ、いったいなに様のつもりだッ!
女  いたいけない少女としたら……
男  ……君は錯乱しているのでしょうか?
女  おじさん地球という世界は円いのでしょうか。
男  もう(もういい、というつもりか)……はい、わかりませんと笞えましょう。
女  混乱しているおじさん、正確にいいましょう。かつて世界は錯乱したのでありました。そして今、世界は錯乱しながら錯乱したふりをしているのです。なぜですって、それは支離滅裂の錯乱では救いがないからに他なりません。ほら、あのおじさだってそうしなければ、あそこに一時たりとも、あのように立っていることはできないのですよ。そのようにして、世界は丸く収まっているのでありました。
男  おまえはッ、なんの話をしているんだッ!
女  それはあたかも、このデコボコの地球という世界を、あの月から見れば、もうそんなことはどうでもいいほど円く見えるほどに。だからかぐや姫は月にかえったのです。だから乙女は、金欄どんすの帯絞めて、お嫁にいったのです。
男  なんの話をしているとわたしは聴いているのだッ!
女  物語です!

      取って付けたような壮大で華麗な音楽強くCI。

女  (笑い)

      テーブルの上の女は大きく片足を踏み出す。この体勢で世界が滅んだように脱力。ゆっくり腰から上の関節を組み立てていく。腕、首、手首、肩と組織。踏み出した上体が決まると肋骨を組み立てながら、残した足を踏み出した足に近づけ徐々に起つ。立ち腰が決まったかと思うと、ヨロヨロと一二歩前にでる。踏みとどまって安定しようと大きく腹胸式の呼吸。この聞、呼吸がいかになされるのか、なされないのか定かではない。なにか喋りたいのだろうか口をパクパク。

女  そ、れ、は、も、う、モ、ノ、ガ、タ、リ、なのです。

      もうすでに取って付けたような壮大で華麗な音楽はない。

男  ……
女  おじさん、わたしは物語の話しをしているのです。行間に隠され、読みとる物語の話しをしているのです。そんな愛のメッセージを届けにきたのですよ。
男  わたしは、そんなものを頼んだおぼえはないんだけどな。
女  いいえ、先ほどの電話でわたしは受けたのです。
男  それは電話が混線していたんじゃないのか。
女  世界は錯乱したふりをしているんですもの、電話の混線など、大した意味があるとは思われません。
男  わたしが今、それを問題にしているんだ。
女  そんなことはどうでもいいことではありませんか。
男  良くない.わたしはどうなるんだ。えッ、このわたしは誰になるんだ? 誰なんだ?このわたしはッ!
女  ……
男  なぜ黙っている。さあいってみろ、このわたしは誰なんだ。確かにわたしは君に、メッセージを届けてくれるように頼んだ。それもとびっぎりのメッセージをだ。しがない四畳半の一人暮らしの男が、今夜かぎりの、それはもう今夜かぎりのメッセージをだ。それが君の仕事だろうが。そんな単なるメッセージ屋が、純白のウエデイングドレスに身をつつみ、いたいけない少女を装う愛のメッセージをたれながすのなら、このわたしが、誰なのか、どんな誰なのかぐらい言いえるだろう。そんな愛のメッセージを、この昔若かったおじさんにたれながしてみるといい。
女  いってもいいのですか。
男  わたしに恐れるなにがあるというのだ。今日は昨日と違う、新たなる一目なのだ。さあいってみろ。
女  簡単なんですよ。昨日のおじさんは今日のおじさんであり、そのおじさんは明日のおじさんでありまし。
男  おたしは、誰なんだッ!
女  (笑い)……ついにいいましたね、おじさん、そんな自分さがしの物語は、昔昔のその昔、そう、世界が錯乱を装ったとき終わりをつげたのですよ。だって、あの人は死んでしまったんですもの。ですから、おじさんは誰でもないのです。ほら、そこに転がっている、リンゴのように……リンゴはリンゴなのです。
男  それでも、わたしは行くんだよ。
女  どこへ?
男  だから……だって、わたしはもうホラ、こうしてズボンもはいたしネクタイだって絞めてしまったんだ。
女  おじさん、ゴトーさんは来れないんだって。
男  それはだから、今夜はだめだから明日にしてくれっていったって、こっちから出向いていけば少しの時間ぐらいなんとかしてくれるよ。そうだろ、わたしとはもう六十数年のつきあいなんだから。それが入情ってもんじやないかッ! 世間ってのはまだまだ捨てたものじゃないってすぐわかるよ。
女  おじさん、ゴトーさんなぜ来れないのかって、どうしてきかないの。聴くのが、怖いのでありますか。
男  それがメッセージとでもいうつらりか。
女  それもとびっきりのメッセージ。しがない四畳半の一人暮らしの男に贈る、今夜かぎりの、それはもう今夜かぎりのメツセージ。
男  いってみろッが
女  あのかたは、みんなのことを心配しながら、この六十年間になんの後悔もなく、すこやかな寝顔で、あの世に旅立ったのでありました。
男  なんのことだッ!
女  腸閉塞。
男  (形容しがたい怒りで)それでッ!
女  ホ・ワ・ギ・ョ……
男  (笑い)だからッ!
女  ゴトーさんは死んだのです。
男  ……(笑い。ズボンとネクタイを取る)
女  物語が死んだように。
男  死んだ……(笑い)
女  息の根とめるまえに、世界が錯乱を装ったとき、なす術もなく、物語の死にみずをとったのでした。
男  出刃包丁は、鈍く光ってはいだ。窓ガラスかち刺し入る月明かり、夜鳴きソバ屋の笛の音が、遠くで聞こえて行き過ぎる。(出刃包丁をとる)さて、春の、夜の電柱に身を寄せて思う、人を殺した入のまごころ……
女  おじさん、いま物語は、死線をさ迷い宙ぶらりんなのであります、昨日だれが死んだって、世界はいまだ錯乱を装ったままなのでありますから。
男  わたしに、誰を殺せというのだ。
女  ひとつしかない物語をです。世界が錯乱を装ったとき、装ったままで自分を探す物語は、迷宮の門を開き、その迷路の中で飢え死にしのでした。残ったものは……
男  残ったものは……
女  終末へ向かう、数かぎりなく姿を換えて繰り返される、たった一つの物語。
男  ここはわたしの四畳半であったし、これかららわたしの四畳半でありづけるだけだ。
女  この四畳半は、やっぱりこの四畳半は、いいえこの四畳半は、それでもやっぱりこの四畳半は、だからそれはおじさん、世界が錯乱を装ったようにでしょうか。
男  ……(笑い。とその場にへたりこむ)
女  おじさん、最後のメッセージです(と傘をさす)。おじさん、その手紙は、迷路のなかで物語の死にみずとって死んだ、ゴトーさんの、おじさんあての遺書、読んで下さい。
男  (同時に、大きな奇声)……

      同時にカセットラジオから音楽が流れていたように急に音楽大きくなる。音楽は『ヘイ・ジュード』。
      同時に照明はラジオと男に絞られる。この時すでにカセットラジオの音量は、スピー力ーに乗っ取られている。音楽大きくなるなか、音楽にのって女退場。
      女は昭和という時間を歩くようにゆっくり歩く。

[ 十六 ラジオから手紙 ]

      男はラジオに近づき、ヘッドホーンをする。マイクをとる。スイッチボタンを押す.音楽『ヘイ・ジュード』C0。

男  ハーイ、ヤッピー,一週間のごぶたさ。今夜も元気に四畳半私設放送局の深夜放送を開始、、用意いいかな、ダイヤル合わせたかな、いっちゃうぜ。まず、今夜の記念すべき第一曲は、このお手紙くれたマーク・チャプマンに贈るあのなつかしのビートルズ、『イエスタデイ』、それじゃよろしく。

      『イエスタデイ』流れる。
      感慨ともため息ともつかず、男はいっふく。くゆる煙。

男  マーク、聴いてるかな。感慨もひとしおといったところだろう。それじゃマークの手紙だ。いま彼は、ニューヨークの刑務所、刑期二十年の判決をうけて服役中だ。なにしたんだって、それはマークに対して失礼ときたもんだ。それじゃ手紙を読む前に教えとこう。ほら、ニューヨークのジョンーレノンの自宅の前で、レノンを拳銃で射殺しだのが、なにを隠そうマーク・チャッップマンさ。昨日の今日だから、特赦期待しとこう。じゃお手紙拝見(と、女が置いていった手紙をひらく)。

男  「ジョン・レノンは偽物だ。おれはそれが頭にきた。殺すしかないと思った」おっと、どうだい聞いたかい。のっけから乗っちゃって、最後までもってくれなくっちゃ、困っちゃうよ。それで「おれはな、小説の『ライ麦畑で捕まえ'て』の土人公。だから人間的に偽物だと思ったジョン・レノンに聖戦を挑んだというわけよ」どうだい、聖戦ときたもんだ。つづきいこう「だだ失敗は、ポリ公が来るまでそこにいたことさ。『ライ麦畑で捕まえて』もっていたんだからライ麦畑で捕まったら上出来だったんだが」おっと、どこまでシャレてんのかはごラジオのまえのあんたにおまかせして、先行こう。
   拝啓、このような手紙を書くとは思っていませんでした。おや、急に改まったじゃないか。どうしたんだい(『イエスタデー』はすでに消えている)。あなたと別れてもう何年になるのでしょうか。季節のかわりめになると、いまでもやはり、あなたの体のことが気掛かりとなってきましたが、それも、今日限りと思い、ペンを走らせています。このような身勝手なこちらからのご無礼をまず申し上げ、お詫びしておきます。いまになって考えてみるといろいろなことがあったように思われます。また、なにもなかったようにも思われます。あなたと別れても、それは寝起きをただ別にしているだけのようでもあり、かといって神代の昔から、なにも存じ上げていない人のようにも思われます。この世の不思議な縁で結ばれ、来世までもと誓いつつも、いわくいいがたく別離を迎えたわたくしたちは、出会わなかった偶然より、もうすでに遠く隔たってしまったことはまちがいないでしょう。と、申しましても、これからも折りにふれ、思い起こすことは無くなりはしないと思われます。でももうそれはきっと、あたくしの中から出ていった、あなたとは別のあるなにかである、といえるものでしょう。誤解を恐れず申し上げれば、まだあの長いテーブルは使っていますでしょうか、あのテーブルに、開けるといつも当たるドアーをあけて、わたしが最後に出ていくとき、あなたはわたしに出刃包丁を差し出し、このように申しました。
   出ていくのなら、この俺を刺せッ、皮をそぐだけでもいいッ! それだけだっていいんだ。そのひと振りが、本当に出ていくことになるんだ。後悔したくなかったら、ただ握るだけでもいいッ!
   誤解を恐れず申し上げます。今日、わたしはこのようにペンを握り、あなたを殺しました。れがわたしのラストシーン……
   最後になりましたが、たびたびの復縁の心やさしいお誘い、お礼もうしあげ失礼いたします。ご自愛下さい。
   (長い笑い)……
   (大きい声で)今日、わたしはこのようにペンを握り、あなたを殺しました。それがわたしのラストンーン……
   (笑い……)

[ 十七 ラストシーン ]

      男は笑い続けている。
      さて、映画の有名なラストシーンを二三、盛り上げて展開することになる。自身のラストシーンを求めての立ち振る舞い。

男  ……お前ッ!(笑うが、毅然となり)わたしの、わたしのラストシーンはッ!

      同時に音楽。ヒートルズ『アイ・ウォンチュー』。
      同時にチャップリンの『独裁者』の以下の部分から英語で流れる。

男  私は皇帝なんかになりたくない。征服の柄むゃない。ただ皆を助けたいだけだ。人開け互いの幸せを支え合って生きている。憎んでは心めだ。大地は必ず皆に恵みを与える。だが私達は方向を見失った。欲望に毒され他人を貧困や死に追込んでる。乗物は早くなったが人は孤独になった。知識は増えたが豊かな感情をなくした。機械より人、知識より心が大切だ。でなければ………………人に戒めを求めているのだ。今も私の声は全世界の人々に届いて………………いる女や子供、組織の犠牲者に、そんな人々に言おう。絶望してはならないと、欲望はやがて………………独裁者は滅び民衆の力が芽吹くだろう。人は死ぬが自由は残る。兵上達よ独裁者に耳を傾けてはならない。君達は感情までも統制され操られている。独裁者の心は冷たい機械で出来ている。君達は機械じゃない人間なんだ。愛をもて、憎しみは捨てよう。諸君「神の国は汝らの中にあり」というが……特定の人でなく皆の中にあるんだ。誰でも、人生を楽しくする力を持っている。その力を結集し社会のために役立てよう。働く意欲がわく社会のためと独裁者も始めはそう言って人心をつかんだ。だが、それはウゾだった.,独裁者は自分の欲望だけを満足させたのだ。国家間の障害を取り除こう。偏見をやめて理性を守るんだ。そうすれば科学も幸福を高める。諸君、持てる力を隼めよう(大喚声)
   ハンナ、僕がわかるかね。元気をお出し。どこに居ても……雲が割れ始めたよ。暗やみを抜け、僕たちは生まれかわる。もう獣のように憎しみあうこともない。……元気をお出しハンナ、人は、また歩き始めた。行く手には、希望の光が満ちている。未来は誰のものでもない僕たち全員のものだ。だから元気を……

      音楽大きくなる。

男  ハンナ、あの声は……
男  あの人だわ……

      音楽さらに大きくなる。チャッブリンの演説のテンションも最高潮。

男  遣う。わたしのラストシーンだッ!

      すべてはCO。出刃包丁を取る。

男  こうして目をつむると、スクリーンのなかの心の旅路をふりかえるように、この数十年間はやるぜない長い一瞬だ……
男  通り雨だ。
男  この雨は、もうどこへもやらすの雨よ。
男  お待ちなすって……花田秀次郎さんとおみうけいたしやす。
男  さようでございます。
男  道中、仁義略さしていただきます,てまえ……
男  このけりは、俺につけさしておくんない。堅気のおめえさんを連れていくわけにはいかねえ。みておくんない、あれから四十三年、心に誓って収めてきたこのドスを……おさっし願います。渡世上、あんさんにはなんの恨みもごぎんせん。勝負はこの場かぎり、どちらが勝っても恨みっこなしだぜ、さらば、さらば、一回かぎりの人生よ。死んで貰いますッ。

      音楽・高倉健『唐獅牡丹』が大きくCI。

男  遣う、わたしのラストシーンだッ!

      音楽CO。
      音楽静かに入る。

男  わたしは、近所のわたしに、お前は患い、実家に帰り、病死したといってきた。そんなふうにして、お前を殺した、そんなわたしのラストシーンは、どうやら通用しないということらしい。(笑う、男で)ふしぎね。あのひと、信じぎっていたものね。この世と、あの世のあいだには、深い川がながれているって、一度渡ったら、最後、二度と引き返せない川。それが境。ほら、こうしてって……ここの包丁、手に持って、のど首の前ににあててさ……この手を、ちょっと動かしたら、その川が現れるのよ。こうしてのどにあてると、もう水音が聞こえてくるって……真顔で、あのひと言うんだもの。そのたんびに、わたし、ひっつかんでその包丁もぎとったけど、生きた心地がしなかったわ……(すでに出刃包丁はのど首へ)その出刃包丁、こうして引いたのは(間)このわたしだッ!

      同時に暗転。同時に強烈な雷音。同時に雨がふる、静かに光り入る。男の首筋は血に染まっている。ロスコ。
      雨にまみれて、首筋の血が、身体を紅く染める。

男  (笑う)……しまいには、わたしもね、ほんとに、どこか、身近をさ……見えない川が、流れているような気がしてさ、どきっとすることあったわ。水道の蛇口の水音にだって、下水の水が雨で流れる音にだって、つい耳澄ましたりしてるのよ。ほら、聞こえるでしょ。……でもこれは雨よ、見えない川じゃない、ましてゃ、水道の蛇口の水音なんかじゃなく、雨:…こんなわたしの、べっとりした血を、すべてを洗い流すように、雨が降ってんのよッ!
   ……だがなッ若造ッ(と傘をさす)! 咬みしめる人生探すようじゃ一人前にスルメ咬んじゃねえ、(笑う)そうだろう若造ッ、だがだッ、おじさんはな、ちょっとだけつまみ残しておくんだ。最後の一ロ一気にあおる。フーッと一息ついて、コップをタンとカウンターに置く。……本当はな若造ッ、人生咬みしめてるんじゃねえ、咬みしめる人生が在るわけでもねえ。この歳になると、忘れちゃいけない世迷いごとの一つや二つはあるもんだ。そいつを今夜も忘れまいと、こうして今夜もスルメを咬むんだ。そうだろーッ! だお前エーッ!

      音楽CO。
      一つの静寂。

男  (静かに)明日なんてわかりゃしねえ、今夜のために……(笑う)今夜のためにだ、明日なんてわかりゃしねえ。.

男  (このうえなく優しく)お前エーッ……

      同時に音楽・小柳ルミぞ『お久しぶりね』が静かに大きくCI。

[ 十八 フィナーレ ]

      雨はやんでいる。
      小柳ルミ子の『お久しぶりね』で光は解放される..
      最後の身体の展開、足を踏む。踏むことでの身体の開放。
      幕

[ 十九 後記 ]

   物語論あら書き

 この『大日本演劇大系・番外』は前作『大日本演劇大系 序の章・明月記』との関係において語るしかない、というところにわたしはある。
 『番外』との関係で『明月記』を概略すれば、それは一人の女を二人の女優が舞台で力場するということであった。演技の本質を関係性の問題以外にはないとして展開したのであった。演技という交通の可能性を関係論として閉じ込めてよしとしたのである。極論すれば、人のまえで何かを見せつける地平において、演技の成立は関係としてしか登場しないのである。
 一人で何事かを、見せつけることにおいては、演技はついに登場しないであろう。つまり客は、ついに第三者であることをやめてはいない。
 なぜか。物語が死滅しているからにほかならない。生活から物語は駆逐されていると言い換えてもいい。
 この場の脈絡で綴れば、関係の可能性め展開は幾分かは物語への距離感の確定ということもできる。
 さて、物語りは常に、時の権力の用いる支配構造という権力関係をその中心ファクターとしてきたが、現代とい様式においては、物語はロマンという様相を帯ないほどに物化しているといっていい。つまり、支配構造という権力関係が、かつての支配構造という権力関係の全体性を脱皮し、新たなる支配構造という権力関係を捏造することによって高次化した距離、その距離は逆説でもなく、関係をなしくずしにする無関係化という支配構造という権力関係の定着さほどに物語は物化しているのであろう。敵が見えないなどということではない。敵などどうでもいいのである。そのようにして錯乱を装っているのである。前後するが、この物化のほどに観客は第三者を装うのである。
 物語は今、自分探し、イメージ、構造、天皇制、奪われた時間、近未来とその姿を換えてきたものの、瀕死の宙ぶらりんなのである。
 幾多うまれてきた物語は、より多くその歴史を紐とけば、民衆が求めてきたといってもいい。物語を活性化してきたのは民衆の力であった。その力が、人前でなにかをやってみせるという行為を、第三者としてではなく支えてきた。このエネルキーが結実しようとする場が、芝居であった。
 このあたりの展開は「十五・物語論」に置換するとして、さて登場人物は一人なのである。
 ひとの前で何かをしてみせる必要十分条件を二人の俳優関係としたとき、この文の脈絡を踏まえて綴れば、それはすべてを相対化する物語の捏造であった。物語を生きて見せようということであった。二人の俳優の『明月記』にそっていえば、関係を生きてみせようということであった。
 さて、登場人物は一人なのである。多言を要しまい。そこにうごめくのは物語なのである。瀕死の、宙ぶらりんの……。あえていえば、この『独戯』は物語論として成立させようとした。老婆心ながら、瀕死の、宙ぶらりんの物語は、支配構造という権力関係を補完する上部構造としてのロマンという物語を、観客が拒否し、正しく物語の死に水をとろうとした結果であるとは位置吋けてはいない。単純に綴れば、もろ刃の剣としてある物語が片刃になり、他の刃も、刃である必要がなくなったなにがなにかわからへん、といえばいいのだろうか。飛躍する気はまったくないが、それは天皇制の今日的状況と添い寝してきたのであった。
 ついに『独裁』ではこのような物語がのたうつのであるが、さて、役者たらんとする身体はいかに蘇生し、自己権力としての身体たるかは、やはり演技にかかわっているのである。
 やはり最後に「すべてを演技諭で突破せよ!」と。


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